辿り着いた峠には大きな杉の木があり、その杉の木の二股の間に峠の地蔵はちょこんと収まっていた。
「見越地蔵」と刻まれたお地蔵さんは、この峠を利用していた寺野の集落から寄進されたものであろう、台座には「寺野惣中、明治十四年」の文字が刻まれてある。
峠は植林に囲まれて展望は皆無だが、広々として窮屈さはない。
寺野に向かう道は地蔵から真っ直ぐ北に向かっており、やがて急な斜面を一気に駆け下りている。
一方南の滝屋に向かう道はこの先で南に派生した尾根を辿り、滝屋の集落の裏手や谷筋に下りて行くのである。
ところで、見越地蔵とは、二股のスギの間から寺野の集落を見越すという意味であろうか。
かつて寺野からお城下に出かける人々は壁のように立ちふさがるこの尾根をよじ登り、地蔵に挨拶して一息ついたことだろう。あるいは帰途にこの地蔵まで帰り着けば、後は一気に寺野の我が家までと安堵の気持ちで地蔵越しに寺野を見越したことであろう。

ひとまず今日の目的をほぼ終えて、ここで昼食をとることにした。あとは食後に大久保山に登るのみである。

  
二股になった杉の間に見越し地蔵が鎮座している。

昼食後、辺りを散策し、ホウチャクソウの群生や戸矢ケ森から西の展望などを撮影して、峠から往路を引き返し、最後の目的地である大久保山に向かうことにした。

去山まで10分余り、樫ケ峠までは更に15分ほどかけて引き返し、往路で出会った尾根の分岐まで戻る。
ここからは尾根沿いに大久保山へ登るのだが明瞭な道は無い。
しかし、植林と雑木林との境を辿れば良い訳で、途中のなだらかなバカ尾根も迷うことはない。しかもブッシュもなく、少しの間の急坂を辛抱すれば後は難なく山頂に至ることができる。
むしろ、急坂を終えてから出会う広葉樹林は素晴らしいの一言につきる。その見事な林には是非とも足を延ばしていただきたい。

ともかく、尾根の分岐から西へ植林と広葉樹林との境を登って行く。
数分登ると平たく大きな岩が現れる。ここからまもなく直登が始まる。これまで平坦な歩きが多かった分だけ身体にはきつく感じられるが、右手に広がる広葉樹林帯の萌える若葉を眺めながらなら少しも苦にはならない。


急坂の右手には美しい広葉樹林が広がっている。

10分近く登ればまたも大岩が現れ、この辺りからは傾斜もなだらかになりますます美しい広葉樹林帯が待ってくれている。
イタヤカエデやヒメシャラなどにアセビなどの照葉樹が混じり、ふかふかとした落ち葉がその林床を覆う。
あちらこちら散策したくなるような林が広がっている。
地図に表記された植生は針葉樹ばかりなのだが、ここでも嬉しい誤算に感謝する。
こんな林は案外どこにでもありそうでいざとなるとなかなかお目にかかれないものである。
そうして林に心を奪われていると、南の尾根から延びてきた山道と出会い、あっという間に大久保山の三角点に到着した。


カエデの多い林は秋の紅葉も楽しみである。

大久保山の山頂は、三角点を中心に半径5mほどの円形に刈り払われて広々としている。辺りを木々が遮り眺望は全くきかないのだが暗い雰囲気は無い。
山頂には3等三角点の標石が静かに立っている。さすがにここにも山名板のひとつもない。


大久保山山頂。植林と広葉樹林とが町境で明確に別れている。三角点の標石は右手の測量用ポールのもとにある。

大久保山は北の上八川大久保の名を冠しているが、南の去山地区ではここを単に三角点、あるいは「ニシヤキノ」と呼んでいる。
ヤキノ(焼野)、つまり焼き畑に由来する名称のように思われる。
ところで大久保山の山頂も南は植林、北は広葉樹林と見事なまでに植生が色分けされているが、良くもここまできっちりと区切られたものだとほとほと関心させられる。

ところで、大久保山でくつろいでいると下り坂の天気に重い雲から一滴の雨が額を濡らした。
大きな崩れはないだろうけれど、当初の目的はすべて達成した訳だし、今日はこれで山を下りることにした。
新緑の山に得をしたような気分になりながら、想い出をいっぱいザックに詰めて登山口をめざした。
くどいようだが、こういう期待はずれなら何度だって良いと、呟きながら。


伐採地をのんびりと下る。右下方に勝賀瀬川、小塩の集落も見える。



*全行程の私たちの所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
登山口<22分>大師の岩清水<6分>尾根の分岐<4分>樫ケ峠<20分>去山山頂<14分>見越地蔵
=計66分

【復路】
見越地蔵<12分>去山山頂<15分>樫ケ峠<3分>尾根の分岐<20分>大久保山<14分>尾根の分岐<6分>大師の岩清水<19分>登山口
=計89分


備考

文中で快適と表現した登山道も夏にはブッシュに覆われる恐れがあり、冬には積雪をみることがあります、充分に注意してください。

小塩にはミニ八十八ケ所(ミニお四国)を集めた岩場があり、北谷には西国三十三番札所を集めた岩屋があります。時間が有れば立ち寄ると良いでしょう。
なお、北谷には興味深い大山信仰の石仏も安置されています。


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