林道を横断し山手に駆け上ると、マツやアセビ、リョウブなどの林の中、よく整備された鉄塔巡視路を進む。
かつての峠越えの道はこの右下を駆け上がっているはずである。案の定、林道から5分ほど来たら右手に往還の名残が見えてきて左手に小道が現れた。
なだらかに鉄塔巡視路を行く。
この小道を1分ほどで町村界尾根に立つと、そこにはひっそりと柴折地蔵が待っていた。
地蔵がいつからここにあるのかは定かでないが、尾根には四方に小道が交差しており、往時には重要な峠であったことがうかがわれる。
柴折様(シバオリサマ)は道に迷ったり憑き物に憑かれたりすることがないように道中の安全を守ってくれる路傍の神さまである。
傍らの小枝を手折り、地蔵に供えると手を合わせた。
柴折様は概して気難しいとも言われるが、ここに彫られている地蔵は耳の大きな小僧らしき立姿で、ほんのりと愛嬌すら感じさせる。
通る人こそ久しく絶えた峠だが、いまだにこの地を見守る地蔵に元気を貰い、再び巡視路に引き返した。
尾根の植林にひっそりと鎮座する柴折地蔵。
さて、鉄塔巡視路を更に北に向かうとすぐに送電鉄塔と出会う。ここからは落葉した木々を通して雪光山の左手に土佐山村の工石山(前工石)も見えている。
鉄塔の傍らを通り殺風景なヒノキ林に入ると、間もなく鉄塔巡視路は町村界の尾根に接近する。
ここからは数歩で尾根に乗って真北へと山頂をめざす。
ちなみに、この地点には「社中山頂へ→」と書かれた黄色いプレートがある。
尾根に乗ると町村境を忠実に辿って、植林の中の下草や小枝を払いながら標高差約70mを10分ほどで登りきると、3等三角点のある社中山山頂に着く。
三角点の標石を中心にわずかばかり刈り払われた社中山山頂。
辿り着いた山頂は木々に囲まれ、北にほんの少しだけ吾北のやまなみが覗く以外、まるで展望皆無に等しい。
特に長居をする気分にもなれず早々に山頂を後にした。
帰途は山頂から北東に派生する尾根を鏡村と吾北村の境界に沿って下ることにした。
こちらの尾根は吾北村の地籍調査が行われており非常に歩き易い。
山頂から快適に歩いて5分足らずで送電鉄塔に出た。
この鉄塔のもとからは南に高知市街を遠望することができ、彼方には土佐湾も見えている。
展望皆無な山頂とはうってかわってここでの眺望には胸のすく思いがする。
もし山頂をピストンする場合でも、往路か復路にこの鉄塔を経由するコースを組み込むことをお薦めする。
山頂の北東に立つ鉄塔からの眺望。左端は国見山、右奥に高知市街が見えている。
さて、鉄塔からは巡視路を使ってもとの登山口に引き返す方が無難だが、この日の私は尾根筋を更に北東に向かい、地図に記された破線を下ることにした。しかし、このルートは途中で猛烈なブッシュになるので、これ以降は参考程度にとどめていただき、ヤブこぎの大好きな方以外は真似されないよう注意していただきたい。
送電鉄塔からなだらかに尾根を伝えば、5分も経たないで南側(右手側/鏡村側)の植生が変わる。
植林が終わり、雑木林に変わるところで南を見下ろすと、踏み跡はないが真下に向かって境が刈り払われているのが確認できる。
ここが地図にある破線の道の名残である。植林の縁に沿って下山を始める。
こんな快適な道もこの先でひどい藪になる。
直下降で下って行くと10分後に横道を横断し、やがて涸れ谷に沿って下ると所々に湧き出していた伏流水がやがて小さな流れを作り始める。
大きな岩の下を通過する頃にはまとまった流れになり周囲にはいくつもの炭窯跡が現れ、谷の傾斜が大きくなる頃に取水タンクが見えてくる。
道はここから谷の左岸を水音から遠ざかりながら下ってゆくのだが、標高650m辺りでひどい藪になってくる。
この藪を越えれば坂口の集落までもうわずかなのだが、蔓や棘のあまりのブッシュに阻まれ、ついに引き返えす判断をした。
この時、対岸で聞こえていたハンターの銃声も不用意なヤブ漕ぎを中止させるには充分だった。
結局、もう一度取水タンクまで引き返し、ハウスまで引かれているホースを辿って道無き急斜面をトラバースして林道まで出たのは、尾根から下り始めて1時間も後のことだった。
ハウスからは林道を下り、往路で最初に林道に出た地点から山道を辿ってようやく登山口まで帰り着くことができた。
下山に使用したルートは、かつて馬ひき道として鏡と吾北を結んでいた往還と聞いていたが、今では荒れ果てて寂寥とし、この道を役馬が越えていたとはとうてい思えない箇所が至る所にあった。
こんな筈ではなかったのだがと思う反面、往路に歩いた道もいずれは同じように忘れ去られ草木に覆われてしまうであろうことを思えば、こうして片道だけでも健在なうちに歩けたことは幸運なことだったといえる。
これでも案外運が良かったのかも知れない、そう思いながらヤブこぎで付けた泥と草の実とを払い落とし、固く結んであった靴紐を解いた。
*全行程の私の所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
登山口<13分>林道(第1横断点)<19分>鉄塔巡視路(No.44鉄塔)<2分>林道(第2横断点)<6分>柴折地蔵<17分>社中山山頂
=計57分
【復路】
社中山山頂<4分>送電鉄塔<28分>取水タンク<12分>ハウス<10分>林道(第1横断点)<8分>登山口
=計62分
*往路をそのまま引き返した場合の所要時間はおよそ40分ほどです。
備考
坂口(八代)農道を奥に行くと「焼野森林公園」があります。
ハイキングコースや遊歩道が整備され、四季折々の散策を楽しめます。
雪光山の項でも触れた「平家の滝」は、今回の登山口へ向かう途中にあります。滝までは案内板がよく整備されており、駐車場や休憩所や遊歩道なども整っています。
この滝は「横矢の滝」とも「池河内の滝」とも呼ばれていましたが、現在は「平家の滝」としてその名が通っています。
滝には以下のような平家落人伝説が伝えられています。
平家の合戦で落ち延びた48人の婦女子が、日々、源氏の追っ手に怯えながらこの地に隠棲していたところ、ある月夜に「タカキビ」の葉の夜露を追っ手の刀の光と思い込んでしまい、「もはやこれまで、敵の手にかかるぐらいなら自ら命を絶とう」と、48人は次々とこの滝に入水してしまったといわれます。
現在、滝のそばにはその御霊を祀る貴船大明神(四十八社)があります。
紅葉に彩られた「平家の滝」