可憐な花たちには帰りにもまた出会えるのだと気づくと、ようやく腰を上げてから再び急坂を滑り降りる。
頭上でダイナミックな花を咲かせるヤマボウシのもとを通り抜け、まだ蕾を載せただけのタカネオトギリは踏まないようにして。

やがてダケカンバやモミの林に入るとなだらかに進み、まもなくコルを過ぎて登り坂が始まると韮生越(にろうごえ)である。
ここはかつて「名頃のコル」とも「名頃越(なごろごえ)」とも呼ばれ、左(西)に下れば「ヌル谷の奈呂(さおりが原)」を経て堂床に至るバリエーションルートだったが、現在は長笹谷(ながざさだに)の源流部で西熊林道にエスケープする程度で、踏む人は少ない。
ここには「剣山へ13.8Km、堂床へ3.3Km、三嶺へ3.2km」と記された真新しい指導標が立っている。


カヤハゲまでもうひと息、ササ原を登る。

韮生越を通過すると、カヤハゲは近い。
山頂の手前にある裸岩をめざして一面のササ原を登ってゆく。

カヤハゲまでもうひと息になると辺りにはコメツツジが点在している。よく見ると小さな白花がいくつも咲き残っていたりする。

汗びっしょりになりながら辿り着いたカヤハゲの頂は、カヤ混じりのササやツツジの灌木に囲まれているが眺望は悪くない。
特に目の前に気高く聳える三嶺の偉容は圧巻である。
ここからだと三嶺の頂に立つ人々の姿もはっきりと見える。今日もあの頂は賑やかそうである。


カヤハゲにて、三嶺をバックに。

登山道はここで「さおりが原」からの尾根道と合流し、稜線を更に北へと三嶺に向かって延びているが、今日の私たちはここでザックを下ろした。

カヤハゲは「カヤハゲノ頭」とも呼ばれ、古くからは「東熊山」と呼ばれてきたが、現在ではカヤハゲと呼ぶことの方が多い。
れっきとした山なのだが、あまりにも雄大な三嶺の陰に隠れて、いつの頃からか単に通過点としか見られなくなってしまったようである。
また、東熊の名を冠した「東熊川」が、白髪山の南にあって、その谷の源は東熊山ではないというのもなんともややこしい。
白髪山の好展望台であるみやびの丘に対して、三嶺の好展望台である東熊山にももう少し洒落た異称があっても良さそうなものなのだが。


食後のデザートまでさらえると、少し談笑してから帰り支度を始める。
目の前で三嶺が「おいでおいで」と手招きしているのを、丁寧にお断りして、白髪分岐まで引き返すことにした。


白髪分岐から白髪避難小屋(中央左上に見える赤い屋根)に向けて下る。

きつい登り返しを這うようにして白髪分岐まで引き返すと、分岐から左(東)に折れて、白髪避難小屋に向かう。
なだらかなササ原に避難小屋の臙脂色(えんじいろ)の屋根が輝いて見える。
その先には高ノ瀬、丸石、次郎笈、剣山へと、「四国アルプス屈指」の縦走路が続いている。

いつまでも歩いていたい思いに駆られるが、下山道は避難小屋の手前100mほどから右手に折り返さなければならない。
新しく立て替えられた綺麗な避難小屋の手前からトラバース気味に白髪分岐南東の林に入って行く。
ちなみに、避難小屋の近くでクマザサに埋もれた「明治35年の標石」に気づく人は少ない。そこには「人夫供給植付人幡多郡三原村岡村千代次」の名が刻まれているのだが。


白髪避難小屋の立つなだらかなササ原。

縦走路を外れてから10分足らずで小さな谷を横切ると、すぐに水量豊かな谷に出逢う。
ここは避難小屋で一泊する際の貴重な水場でもある。
冷たい水で喉と顔を潤すと全身がリセットされる。


水場の谷を通過して下山する。

水場の谷を横切ると、まもなく急斜面の尾根をぐんぐん下り始める。
木の根に注意しながらウラジロモミやブナの林を下ってゆく。
緑豊かな林には、あの可愛いヤマネも生息しているという。


案外急な斜面のモミ林を下る。

登山道はやがてザレ場を通過し、最後の直下降で膝が笑い始める頃、林道西熊別府線(峰越林道)に降り立つ。
現在ここには「白髪避難小屋」と大書された指導標が急斜面を訴えるかのように斜め上を向いて立てられている。


峰越林道に下り立つ。

車道に降り立てば、後は緩やかに登りながら、30分もあればみやびの丘登山口を通過し、もとの白髪山登山口まで帰り着くことができる。
行きにもそうだったように、アサギマダラの出迎えを受けながら。



*全行程の私たちの所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【全行程】
白髪山登山口<47分>白髪山山頂<39分>白髪分岐<25分>韮生越<12分>カヤハゲ(東熊山)
=計123分
カヤハゲ<7分>韮生越<25分>白髪分岐<12分>避難小屋<10分>水場<23分>白髪分岐登山口(林道下山口)<30分>白髪山登山口
=計107分

*白髪山だけで下山する場合は登山口まで約25分で帰り着くことができます。
また、カヤハゲに行かないで白髪分岐から峰越林道に下れば約70分の短縮になります。


備考

カヤハゲから更に三嶺に登るには、往復2時間はみておかなければならないでしょう。途中には巨岩(徳島ではジャンダルムとも呼ぶそうです)があり、鎖場があります。

カヤハゲの標高は古い本には1724mと記されているものもあります。

本文中でも触れましたが、白髪山はブロッケン現象によく出会える山域のようです。写真でも数点拝見したことがあります。
参考までに、私の場合は10月中旬、夕方16:00過ぎ、山頂からササのスロープを下る途中で東方向に現れました。


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