高森山 2003年10月
ザリガニ釣りに興じる子供たちを横目に、桃色や黄色のスイレンが咲き誇る湿地を行くと、私たちの周りにはたくさんのトンボが飛んでいる。
そのうち、ちいさなちいさなグライダーが私の前で止まった。よく見ると、里山に秋を告げるマイコアカネだった。
右腕をぐるぐる回しながらそおっと近づいて、くりっくりっと頭をひねるトンボと戯れていたら、彼女において行かれそうになって、あわてて後を追いかけた。彼女の向こうにはこれから登る高森山がなだらかに裾野をひいている。
それからしばらく並んで歩いていたら、今度は小さな溝でアユカケを見つけた。小石とそっくりな色をして川底にへばりついているアユカケはよく見ないとそれと分からないが、一瞬だけ動いたその姿を私は見逃さなかった。しゃがんでしばらく観察していたら、またもや彼女においてゆかれそうになった。
それにしても、トンボ自然公園は楽しいところである。
中村市の北西に聳える高森山は、登山者の間でもあまり知られてはいないが、近年、登山道が整備され、香山寺や石見寺山とともに中村市の里山三山として親しまれるようになってきた。
その高森山の登山口が高知県西部の観光地として有名な中村市の「トンボ自然公園」にある。
トンボ公園の学遊館と駐車場の間の車道を西に向かって100メートルほど行くと、右手に「高森山遊歩道ハイキングコース」の立派な案内板が見えてくる。ここが登山口で、マイカーは案内板のある広場に駐車する。
ここから登山道はしばらく車道を歩かなければならないが、これより奥は一般車進入禁止であり、狭い私道で駐車場も無いため、通常はここから歩かなければならない。
トンボ自然公園から正面に見える頂をめざす。右手の看板は「高森山遊歩道ハイキングコース」の案内板。
公園を散策する人たちに混じって、しばらくはのんびりとトンボ自然公園の田園を眺めながら、足慣らしがてら舗装された車道を歩く。
車道終点の登山口まで幾つか分岐はあるが道標があるので戸惑うことはない。
そうして道草を食いながら歩いてきたのだが、アユカケを眺めていて離された距離を縮めようと今度は少し早足で歩いてゆく。
ツツジ山の脇を抜け、セイタカアワダチソウの群生が後方になると、水路に沿って穫り入れの終わった水田の縁を歩く。向かいの山裾には大鷺がのどかに飛んでいる。
右手に見えていた作業小屋を通過すると、まもなく車道は終わり「遊歩道入り口」の看板が見えてくる。傍らには杖が数本たてかけてある。ここから登山道はいよいよ山道になる。
車道終点の登山口から山道に入る。入り口には道標が立っている。
火薬貯蔵施設の頑丈な鉄の扉を右手に見ながら山道を登り始めると、いきなり「マムシ多し、足元注意」の看板が目に飛び込んできた。うっかり踏みつけるとやっかいな彼らはもう冬ごもりしたのかもしれないが、用心に越したことはない。少しペースを落として足もとに注意しながら緩やかに登る。
辺りは植林や竹混じりの雑木林だが、よく見ると山中には耕作放棄された水田やかつての石垣がところどころに認められる。そのせいか日中でも薄暗くじめじめとしているのは、なるほど彼らが好んで生息していそうな場所に違いない。
幸い彼らと出くわすこともなくしばらく歩いていると、足もとばかり眺めていたおかげで大きな栗のイガを見つけた。先ほど見つけたイガは小さなシバグリのものだったが、今度のは栽培種のように大きい。とたんに破顔一笑した彼女だった、が、しかし、自然の恵みはひとあし先に小さな虫たちの腹に収まり、ことごとく穴の開いたものばかりだった。
それでも諦めきれないのか、頭上の枝に残る栗のイガをたいそう恨めしそうに眺めていたが、結局しつこいヤブ蚊と、急かす私に堪らず歩き始めた。
土止めの丸太で設えられた階段が始まると、しばらく急な登りが続く。
やがて登山道は右に折り返して足もとの悪い坂を上がると、すぐに左に折り返して「500m地点」と記された道標を通過する。ちなみに、道標の距離は車道終点の「遊歩道入り口」からの距離であり、山頂まではまだ1500mもある。
「500m地点」と書かれた道標を通過する。
まもなく登山道は尾根を乗り越え、尾根の右側や左側をトラバースしながらなだらかに進んでゆく。
掘りきって整備された遊歩道には切断された木の根が痛々しく思えるが、しかしこれを自然破壊だと決めつけるのは早計であろう。
なぜなら登山道を整備するということは多かれ少なかれ自然に犠牲を強いることなのである。そうでなければ、私たちは山に登るたびにブッシュを歩かなければならないし雑草でさえ踏んではならないことになる。登山者が自然と共存するということは、そこで行われる行為が必要最小限のものなのかどうか、その判断にゆだねられると私は考えている。
そしてなにより、里の山道は生活道なのだということを忘れてはならない。非生産行為である登山に比べるなら、生を営むことに無駄は無いも等しい。ともかく、そういう私も含めて、ここは素直に喜べば良いのである。
さて、植林に侵入したモウソウチクの凄まじさをまのあたりにして、ほどなく、登山道はトの字形の分岐になる。
ここには小さな石鎚の祠が見える。祠の側面には入田講社中と刻まれている。無数にあった石鎚講のひとつであろうか、入田(にゅうた)村にはかつて石土村(石鎚や石打の字も有り)のあったこととも、何か深く関わっていそうである。
ここからはかつての参道とも交わりながら高森山の頂へと向かうことになる。
分岐の山手にはシダに隠れて小さな祠がある。