天狗森〜大引割 2002年10月30日
驚くほどの時間短縮効果だった。
目の前に天狗荘が見えてきたというのに、カルストの町である東津野村や梼原町はまだ雲海の中で夜も明けていない。
開通して間もない須崎ICを、この日初めて利用して登山口に向かったのだが、予想より1時間以上も早く登山口に着こうとしていた。
四国カルストにある国民宿舎「天狗荘」の駐車場に車を滑り込ませると、昨夜からそこに止まっていただろう車のすべてには、厚い霜が降りていた。
身支度を整え車外に出ると身震いがした。
あわてて上着の前をあわせると、ザックを背負って歩き出す。ひとまず天狗森まで歩けば身体は暖まるはずである。
天狗森は四国カルスト(*1)の最高峰である。
東西25kmにわたって石灰岩地帯独特の景観を持つ四国カルストは、広さでは秋吉台に一歩譲るものの、標高1000mという高地にあっては高位高原カルストとして紛れもなく日本一のカルストである。
そこには大野ケ原や五段城、姫鶴平など貴重な観光資源をかかえ、高知と愛媛の県境を縫うように車道が大地を巡らしている。
しかしそんなカルストにあって、天狗森から黒滝山そして大引割小引割にいたる稜線だけは車道に犯されることもなく、豊かな自然を抱いて静かに横たわっている。歩かなければならないからこそ、とびっきりの自然に出会える場所なのである。
そこを今日は一人で思うままに歩こうというのである。
天狗森を経て大引割へ向かう登山口は天狗荘の奥にある。
立派な案内板があり、遊歩道も整備されているので、距離が長いことを除けば、心配することは何もない。
行きは天狗森から黒滝山を経て大引割にいたる尾根沿いの縦走コースを辿り、帰りには山腹をトラバースする横道コースの遊歩道を戻ってくることにした。
(*1)鳥形山から大野ケ原まで東西約25kmの石灰岩台地を四国カルストといい、秋吉台、平尾台とともに日本三大カルストの一つである。
天狗荘の奥にある登山口。様々な施設が整備されている。
バンガローや公衆トイレ、テントサイトなど、整備された施設の間を縫って登山道は天狗森に向かっている。
白い息を吐きながらカエデやシナノキなどの林を行くと、落葉した木々が寒さをいっそう誘う。今年の紅葉はもう終わろうとしていた。
アスレチック広場の入り口を過ぎ、尾根沿いのショートカット道と合流すると左手に東屋を見ながら先に向かう。
落ち葉を踏む乾いた音が霜柱を踏むザクザクという金属音に変わる。
降霜で白く染め抜かれた登山道の脇には、枯れたススキ野原に石灰岩の奇岩が絶妙に配置されている。それにしても今朝は何を眺めても寒そうに感じてしまう。
ススキに囲まれた登山道を霜が覆いつくす。
まもなく、林床を一面のササが覆うモミ林を抜けると石灰岩の階段が現れる。
右手には深い谷を隔てて四万十源流の森「不入山(いらずやま)」が聳えている。日本最後の清流と謳われて久しい四万十川の清流は目の前の頂から始まっているのである。
石灰岩の階段を上り、左手に立派な展望台をやり過ごすとすぐに尾根に出る。
ここで山頂方向とは反対に尾根を左(西)に数メートルほどで「瀬戸見の森」と呼ばれる石灰岩の展望所に立つ。ここからは登山口の天狗荘を俯瞰し、カルストを西に大野ケ原まで遠望することができる。
瀬戸見の森とはいうが瀬戸内海は滅多に見えない。それでもここは先ほどの展望台よりはるかに眺望がよい。
瀬戸見の森から天狗荘を見下ろす。
瀬戸見の森から引き返すと、尾根を東に向かう。
滑りやすい石灰岩の岩場を注意しながら下り、ウラジロモミの林に入ってゆく。
春や夏なら植物観察に適した道も、冬に備えるアザミやフキを眺めながら、この時期は足早に通り過ぎる。
瀬戸見の森から10分ほどで出会う分岐は指導標に従い直進する。
鳥形山の右に蟠蛇森などを眺めながら、足もとにリンドウやアキノキリンソウを見下ろし、ススキ原を行くと程なく天狗森の山頂に着く。
山頂には3等三角点の標石や山名板がある。
ここからは南に不入山を、東には採掘の進む鳥形山を正面に、やまなみの先には土佐湾を望むことができるが、北はマユミやウツギなどに囲まれびっきりの眺望というわけにはゆかない。
四国カルストの盟主「天狗森」の山頂。