やがて登山道のあちらこちらには大小のヒメシャラが目立ち始める。
たいがい1本でも充分に存在感のあるヒメシャラの木が、ここにはこれでもかというほど見事に現れる。
ブナが母なる木として、ウラジロモミが父なる木としたら、ヒメシャラは日焼けした褐色の肌が眩しい兄貴のような樹である。
これだけ見事な群落が他にあっただろうかと感嘆しながら歩いていると「ヒメシャラ並木」と書かれた看板に出会った。
この辺り、ヒメシャラに心を奪われがちだが、所々に点在するミズナラやブナの巨木も劣らず素晴らしい。
登山道に大小100本以上のヒメシャラが林立する「ヒメシャラ並木」。
登山道にはやがて、巨岩が出現し、辺りはツルシキミ、アセビ、シャクナゲなどに植生が変わる。アセビの群落を下ると、まもなくモミ林から広葉樹林に移り、なだらかに行くと、ようやく国の天然記念物「大引割小引割」の名勝地に着く。
大引割のそばには案内板や指導標があり、休憩用にベンチやテーブルがある。
名勝「大引割小引割(おおひきわり、こひきわり)」は大地を東西に引き裂く2本の大きな亀裂で、南を大引割、北を小引割と呼んでいる。大引割は全長60m以上、幅3〜8m、深さは30m以上で、小引割は全長80m以上、幅1.5〜6m、深さ20m以上で、このような大規模な亀裂は国内に類がない貴重なものだといわれている。
こんな大きな亀裂がどうして起こったのだろうか。今から100万年〜2万年前の時代に起きた地殻変動によるものだとも、大地震によるものだともいわれているが、自然のなせる技はいつも私たちの想像を超脱する。
大引割の不気味な亀裂が大地を東西に走る。
ところで、土佐州郡志によるとこの辺りは「由理和里」という地名で呼ばれていたようで、「由理和里」は「揺り割り」の転訛であろうといわれている。
ちなみに、ここから東に下ると「引割峠」に至るが、そこには仁淀村と東津野村を結ぶ往還が南北に走っており、秋葉口から「四国のみち」を辿るとここに至るのである。
大引割は東西から亀裂の底に降りてゆくことができるが、観察や歩行には充分注意しなければならない。
ここではかつて足を滑らせた女性が亀裂に落下し重傷を負った事例もある。
大引割の西から北に回り込むと、シャクナゲやツルシキミの群落の下に小引割が不気味な亀裂を覗かせている。
辺り一帯はシャクナゲの群落で、樹間からは北に中津明神山、石鎚山、筒上山などがのぞき、黒滝山も後ろに見える。
大引割の底には土砂などが堆積して正確な深さは分からない。
少し早い昼食と、短い時間での亀裂の観察を終えると、登山口まで約5kmの道のりを引き返すことにする。
帰途は山腹をトラバースする遊歩道を道なりに辿って、真っ赤に熟れたメギやウメモドキの果実を頭上に、緩やかに標高を稼ぎながら登山口をめざす。
トラバース遊歩道は「四国のみち(天狗高原へのみち)」だけあって休憩所や指導標などがよく整備されている。
途中、紅葉コースや自然探索路コース、ひめゆり平コース、カーレンコース、パノラマコースなど、出会う幾つかの分岐ではすべて直進し、木橋などを渡り、天狗荘をめざす。
足もとから飛び立ったヤマドリを目で追いかけながら振り返ると、あれほど間近だった鳥形山はもう遙か遠くになり、樹間越しにカルストの草原が見えてくると登山口だった天狗荘はもう目の前である。
落ち葉を踏みながらトラバース道をのんびりと登山口に引き返す。
さて、帰りも自動車道を使えば自宅までそれほど時間はかからないであろう。午後の太陽を追いかけるようにしてカルストに車を走らせた。
一面のススキが秋風にそろって揺れるドリーネやカーレンフェルト(*5)で晩秋の風景を胸に収めると、ようやくハンドルを切り返し帰途についた。
(*5)カルスト独特の地形で、雨水に溶食された石灰岩がまるで羊の群のように林立するところをカーレンフェルトと呼び、また、漏斗形や船形などの窪地をドリーネと呼んでいる。その他、ポリエ、ウヴァーレ、コックピットなど独特の地形がある。
いちめんのススキ野原が広がるドリーネ。
*全行程の私の所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
天狗荘登山口<16分>瀬戸見の森<20分>天狗森<21分>ひめゆり平<28分>黒滝山<32分>ヒメシャラ並木<13分>大引割小引割
=計130分
【復路】
大引割小引割<14分>ヒメシャラ並木<34分>紅葉コース分岐<3分>自然探索路コース分岐<8分>ひめゆり平分岐<6分>カーレンコース分岐<2分>パノラマコース分岐<30分>天狗荘登山口
=計97分