せいぜい踝(くるぶし)までの低いシバやササを踏みながら、はっきりとした尾根を登って山頂をめざす。
間もなくマツの木に巻かれたワイヤーを認め、左手に岩場の断崖が現れる頃、左下にかすかな踏み跡を認める。尾根の立木には青いテープが目印代わりに巻かれてある。
どうやらここが山と渓谷社発行「高知県の山」のコースガイドに出ている往路との合流点のようである。ただし「高知県の山」のコースを辿ったことがないので正確ではないかも知れない。
それにしても当初は、私の手元で椿山を紹介している2冊のガイドブックに従いどちらかのルートを踏査してみる予定だったのだが、先に述べたようにトンネル消失事件などもあり結局は意に反してこのルートを辿らざるを得なかった。
しかし皮肉にも今回の私たちのルートは「高知県の山」では"相当のヤブ漕ぎを覚悟しなければならない"と書かれており、「山と野原を歩く」では"道の無い急な下りで秘境椿山にふさわしい"と共に酷評されていたルートだったのである。
それが今は明確な椿山登山の本命ルートなのだからいつものことながら歩いてみなければ分からないものである。


ササの中に踏み跡を辿る。立木に赤いテープがどんなにか心強い。

さて、尾根沿いの登山道を覆うササは次第に深くなり、広葉樹の林床は一面のササに埋め尽くされるが、それでも踏み跡はしっかりしている。
順調に高度を稼いで、標高1300mを越えるあたりからお馴染みのブナが目立ち始め、相変わらずシャクナゲも多い。
そして見上げるとこの季節の女王であるアケボノツツジが頭上で花咲いている。

ところで、朝が早かったので二人とも少々エネルギーが切れてきた。
残念ながら美しい花でもお腹は満たされないので、ここで簡単に行動食を摂ることにした。


去年の落ち葉を踏みながら濃いガスの中を登る。

手短に腹の虫をごまかしてから再び山頂に向かう。
ササがやがて腰までの深さになる中、ガスに煙るブナに励まされて急登を進んでゆく。
間もなく少しなだらかになって、シロモジの花に出会った。
辺りにはアケボノツツジが点在し、雨の雫をうけてうつむいた花びらが美しい。

 
空を覆い尽くすアケボノツツジ(左)と、雫にうつむくその花びら(右)。

豪華な花が存在感を持つアケボノツツジだが、ブナの芽吹きも優しく美しい。
小さな赤紫色の壺を垂らしたようなコヨウラクツツジの花は林でよく目立つ。
秋には棘が厄介なサルトリイバラだって散状に開く淡黄色の花は捨て置けない。
春の山には生命の息吹を感じる美しさがある。

  
様々な芽吹きと花たち(シロモジ、コヨウラクツツジ、サルトリイバラ)

ふと登山道で目を惹かれた花にヒカゲツツジがあった。ヒカゲツツジは椿山山頂から西に稜線を辿った場所で出会えると聞いていたのでこんな所で出会えるとは思ってもみなかった。
日本のツツジでは数少ない黄色い花を咲かせるヒカゲツツジは、陽があたると黄色が冴えず、今日のような天気でこそその淑やかな色合いが引き立つもので、それだけにこの花が美しい時に出会えただけでも雨の中を登ってきた苦労がたちまち報われた。

 
やさしい黄色のヒカゲツツジ(ヒカゲシャクナゲともいう)。

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