しばらく続くスズタケも、この日同行したメンバーは手慣れたものである。しかし、Y子さんだけは様子が違った。今までにいくつもの著名な山を歩いてきた彼女もヤブこぎは始めての経験らしく思うようには前に進めない。「頭を下げて!」「腰をおとして!」「両手で平泳ぎのようにササをかいて!」と、次々にメンバーからの指示が飛ぶ。
それでもとにかく無我夢中でついてきた彼女の苦労に報いるかのように、山頂から約15分でスズタケのブッシュは終わった。

ここからは植林の中、尾根を辿り、尾根の一端に出てからは前方で遮る灌木のブッシュを右に巻いて進んでゆく。
山頂から約25分、標高1000m辺りで尾根の分岐にさしかかる。が、分岐といっても踏み跡が有るわけではなく、北と北西に延びた2つの尾根の中間に出たわけで、ここは左後ろへとやや引き返し気味に下る。


スズタケが終わっても安心はできない。灌木などのブッシュは依然続く。

それにしても、このあたりはバカ尾根(起伏が少なく方向を誤りやすいような尾根)で、進路を定めるのに慎重にならざるを得ない。
闇雲に歩いて引き返す羽目になってはと、ともかく2手に分かれ、無線機で連絡を取り合いながらコンパスや高度計、勘を頼りに2万5千分の一の地図に書かれた破線を辿ってみる。

山頂から約35分あまり、尾根に118番の山界標石を見つけてからは左に尾根を下り、植林の中に白いテープを発見し、ようやくかつての道らしき跡を見つけて全員が合流する。
仲間が揃ったところでこの道を南南西に伝って下りて行くと、道はやがてしっかりとした踏み跡となり、植林に囲まれた尾根のコルで十字路に飛び出す。これこそが辻越えの往還道で、足元には103番の山界標石や鏡村の国土調査用杭が見える。ここまでに、私たちは山頂からたっぷり1時間を要した。


辻越えの往還道に出て小休止。ここを更に奥に辻越峠はある。

ようやく辻越えの道に出て一息ついてからは、もう一つの目的だった辻越峠の地蔵を探すことにした。
しかし、この時の私たちの思考はどうしたものかうまく働いてはいなかった。ようやく広い往還道に出た安堵感が正常な思考を妨げていたのだろうか?
事も有ろうか私たちは、普通に考えれば
多くの場合「峠」は村境に位置するという当たり前のことをすっかり見落としていたのである。
自分たちのいる場所を正確に知りながら、しかも実は峠は目と鼻の先にありながら、しかし正常な思考を失った私たちに地蔵は見つかるはずもなく、ただ闇雲な散策は結局徒労に終わったのである。
そして、このことに気付いたのは、この場を後にかれこれ30分も下ってからのことだった。
それにしても今回のことは私には良い勉強になった。きっと自分を過信しすぎた事への、辻越峠の地蔵の戒めであったに違いない。これ以降、前にも増して慎重な事前準備とルートファインディングを心がけるようになったのは言うまでもない。


辻越えの往還道から北西の展望(十字路を北に100mほどの位置にて)。

ところで、辻越え道の十字路からの下山だが、十字路からは植林の中を右手に大岩を眺めながら下り、約5分後に出会う「左へと下る脇道」は無視し、真っ直ぐに下りてゆく。
広い道なので迷うこともなく、植林の中に所々風景の良い場所もあり、今が見頃のツツジやアセビなどを眺めながら余裕を持って下山することができる。この道をかつて石原村(現・土佐町石原)の農民たち200名がムシロ旗を立てて決死の覚悟で駆け抜けお城下に直訴に向かったのは遠い昔のことである。

やがて左下に谷音が近づくと、十字路から約13分でゴロゴロとした枯れ谷のような場所を越えて、道は渓とほぼ並びながら下ることになる。
なお、この渓は往路で出会った谷の源流部(支流)である。

谷沿いに下って行くと、十字路からおよそ20分後、道は谷を離れて植林の中を緩やかに下る。間もなく往きにも見た作業小屋を左手下方に見ながら数分で「往きの分岐(展望の良い岩場)」に出て往路と合流する。ここまで十字路から約25分。
後は
往路を逆に辿り、登山口までは35分あまりで帰り着くことができた。


爽やかな渓谷沿いにゆっくりと下山する。

さて、無事に下山した私たちは往きに約束した通り「樽の滝荘」で名物「カニソーメン」をいただくことにした。
すり潰されたツガニの風味とユズの香りは、辻越えの地蔵のことをすっかり忘れさせてくれるほど豊かな味わいだったことが今もって忘れられない。


*全行程の私たちの所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
登山口<10分>辻越え道合流点<11分>「西樽ノ上公団造林地」の看板<7分>第1の水場(小谷)<25分>辻越え道との分岐<20分>村界尾根<13分>岩場の展望所<6分>反射板跡地カヤ原<2分>山頂

【復路】
山頂<36分>118番の標石<24分>辻越え道の十字路<24分>つつじが森登山道との分岐<15分>第1の水場(小谷)<5分>「西樽ノ上公団造林地」の看板<8分>辻越え道合流点<8分>登山口


備考

辻越峠への道は、ここで紹介した十字路を更に北へと行けば辿り着くことができるはずです。
しかし、その道は崩壊箇所や灌木のブッシュがあり、注意を要します。

レストラン「樽の滝荘」の名物「カニソーメン」は1杯500円です。通常営業時間は午前9時から午後4時頃までのようですが、電話連絡を入れておけば多少臨機応変に対応していただけるようです。

名瀑「樽の滝」までは、「樽の滝荘」のそばの入り口から歩き始め、丸太橋を渡り、2分後に龍神宮の鳥居をくぐって谷の右側(左岸)を登って行くと、入り口から約10分で龍神宮に着き、滝はその裏手に瀑音をたてながら流れ落ちています。
樽の滝は2段の滝から成っており、65mの高さは四国一とも言われるようで、水量の多い時は大樽を揺るがすような音がするため「樽の滝」と言われます。
樽の滝のまわりの渓谷には、ウラジロガシやヤブニッケイ、カゴノキ、アオキ、ホソバタブやヤブツバキなどの常緑広葉樹、ケヤキやヤマザクラ、コナラ、イロハモミジ、エンコウカエデやイタヤカエデなどの落葉広葉樹が昔のままに残っています。
また、滝のそばにある龍神宮は、天雲神、龍神などを祀っており、その昔、山伏などはこの滝にて行を行ったといわれます。また、滝の淵には蛇が住まうともいわれ、特に上の淵には入ることを躊躇われてきたようです。
龍神宮は雨乞いの神でもあり、かつて干天続きの折、ここで雨乞いすれば今井地区(117戸)全域に恵みの雨を降らせたともいいます。
更に、縁結びの神様としても有名で、ここに祈願すれば不思議な良縁が生まれ幸福になるとも伝えられています。


2段に流れ落ちる樽の滝。若干水量不足だが、水量の多い時は1段目の釜が見えないほどになる。


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