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●以前掲載していた写真は割愛。サービスが悪くなるけど、文字だらけにしました。
一カ条−3
一カ条の腕の操作がまんまと成功したとして、仕手は受けの腕を丸くを切り崩しつつ前進することになるが、この際に切り崩しを急ぐために小さくなってしまってはいけない。相手の体の状態によってこの動きは変化するけれど、相手の傾きを維持したまま丸く崩しつつ、大きく前進した方が結果がいい。大きな前進が難しくても、腰はしっかり切るようにしたい。
この切り崩したところで、一時停止してみよう。そして、受けにこうお願いしてみて欲しい。
「逃げるか、反撃してみて」と。やはり逃げられない方がいいので、ぜひ試したい。
正面打ち一カ条抑え(一)では、切り崩した状態の時、受けは前方に転がる以外にどうにも動けない状態になっている。この状態は、何処も痛くも痒くもないけど、どうにも動けないという、たいへん厭らしい境遇に陥ってしまうことになる。この意味は、合気道が殺し合いをしていた武士が生みだした戦闘術なのだとしたならば、ぜひともじっくり考えてみるべきだろう。
私は館長に教わっていてこの状態に気が付いた時、合気道の戦術が自分なりに漠然と想像できた。言ってしまえばすごく単純至極なことだ。『相手が攻撃できない状態を維持し続ける』という、まったく当たり前のこと。ところが、そんなことは、どんな武道・武術を見てもやってみても、ほとんど感じ取れなかった。合気道で初めてそういう視点に目を開かせてもらった。
相手が動きにくい状態に出来たとしよう。
もう後は、制した相手の腕を肩に突き込むように進み、次いで反対方向へ斜めに引き倒し、俯せに制圧する。簡単な動作で、あっさり終わる。
が、再び、やや執拗だけれど、よくよく考えてみよう。
相手の腕を肩に突き込むように動くが、この時、相手の腕を肩に突き込むように動くためには、かなり厳しい条件があるはずだ。
それは何かというと、相手の腕の関節が固定されて、一本の棒のような状態になっていないと、肩に真っ直ぐ突き込むなんて不可能だということである。
ここに気が付くと、相手の腕から肩の関節を固定する状態に維持することが技ではないか、などと言うことに思い至るのではないか。この状態はすでに書いたのではしょるが、「状態の維持」というのは、一カ条の残りの五割ではないかと感じている。
相手の腕を固定させて、肩に突き込むように、つまり相手の脇方向へ、まず一歩、軽く寄る。 この、軽く寄るという記述にも、意味を感じて欲しい。
力任せに制圧するならば、何もわざわざ二歩進む必要はなく、この段階でガツンと押し倒してしまえばいいのである。なのに、なぜ二歩進むのか。
ここで、合気道のベーシックな考え方というか特質を思い返せば、そこには「力に頼らない」「柔よく剛を制す」ということで、力の弱いものでも女性でも、怪力な悪漢から身を護れる的に吹聴される。それはあり得ないと考えてしまっては面白くないので、信じる。そうして信じた視点から、この押し倒していく二歩を考えれば、一歩では不可能だが二歩なら可能にする「技」があると言う仮説が立てられる。
この仮説に基づいて問題解決していけば、第一歩は、相手が勝手に倒れたくなる反応を引き出すためのスイッチではないかという、もうひとつ細かい仮説が見えてくる。「相手が勝手に倒れたくなる反応」とは何か、と模索しつつ稽古していくと、相手の腕を固めて肩に突き込むように進むと、相手の体がこちらに反発してくることに気がつく。これは相手にちょっと踏ん張ってもらわないとわからないが。
この反応に気がつくと、相手の反応に素直に従って、相手が行きたがる方向に乗って一緒に大きく進むと、相手がペタンと床に突っ伏すことになるという現象を目撃することになるだろう。
あまりにもあっさり問題解決してしまったが、この視点を自分一人で得るにはけっこう長い時間がかかってしまったりする。もう記憶が定かではないが、一年か二年か、私はかなり掛かった気がする。
もちろん、この解釈が正しいという保証は何処にもない。保証書をつけろと言われても、つけようがない。けれど、こういう視点を早くからもてれば、稽古はさらに実のあるものになるのでは。
正面打ち一カ条抑え(一)は、最後に相手の腕を床に押さえつけて終わる。
この抑えも、受けが痛くないからといつまでも床を叩かないことがある。が、別に痛くなる必要はないだろう。一カ条が緩まず、動きにくくなっていれば、それで良いのだろう。
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