フランス日記

(4)

20日(木)
 無事に朝の取材を終え、パリに戻る道中のこと。もともと朝の
ラッシュタイムで高速道路は渋滞するのだが、いつも以上にこの
日は混んでいた。眠気もあり、退屈極まりない。しかし、さすが
に唯一の運転手であるDスポーツのWが「眠い」と言い出したた
め、車内は緊張。スポーツNのSさんが「馬名しりとりか?」と
提案したため、おもむろに新旧・内外入り交じった馬名が飛び出
すしりとりが始まった。実は大学時代にも同じように馬名しりと
りをやったことがあり、「ダ」「ズ」などの濁点つきで終わる馬
を「タ」「ス」などでつないではつまらないとルール変更を申し
出て、純粋にそのままつなぐルールでゲームを開始。「ター」と
か「ジュ」などで終わる馬は、その2文字をまるまるつなぐとい
う少々厳しいルールである。結局、それで何があったというわけ
でもないのだが、やはりカルトQに出演したオレにとっては、苦
でもなかったということだ。しかし、みずから提唱したルールの
せいで「スケルツォ」を振られた時には、断念せざるを得なかっ
た。「ツォ」で始まる馬なんていねえよ。バカヤロー。まあ、ド
イツならいるのかな…。
 こんな下らないことをしながら、混雑を潜り抜けたようやくパ
リへ。それにしても、この日はひどい大雨だった。午後に向かっ
たロンシャン競馬場でも、どえらい雨。仕方なくもっていなかっ
た傘を買うことにした。しかし、軽食などのバー以外の売店は、
主催者のお土産店しかない。そこで「傘をくれ」というと、「フ
ランスギャロ」と描かれたトリコロールカラーのどデカい傘が1
本だけ。おまけに薄汚れている。言うなれば、日の丸をあしらっ
た傘に「JRA」とプリントされているようなものだ。まあ、ト
リコロール柄だけにデザインは悪くないのだが。
 さて、この日もオレ自身は馬券で全敗したくらいでたいしたこ
とはなかったのだが(被害額も日本にいるよりはるかに軽微)、
他の記者に重大な事件が起きたのである。仮にT京C日スポーツ
のNさん、夕刊のTスポーツのSさんとしよう。この2人が、夕
食と酒を求めて、繁華街として知られるモンマルトルに向かった
ことが悲劇の発端である。
 日本でもよくあるケースではあるが、だいたい悪い店には客引
きがいるものだ。「お兄さん!(社長!も可)いい娘いるよ! 
5000円ポッキリ!」。こんなことを言われてついていく人間
もきょうびいないと思うのだが、「オンリーrフラン(約100
0円)」という客引きについていってしまったのが、前述の2人
なのである。のちの言い訳として「何度も『信用していいか?』
と聞いた」ということだが、そういう問題でもないように思う。
 死人に鞭打つようなことはしたくないのでこのくらいにするが
わずか1時間の間に、2人はダンス2回しかサービスは受けてい
ないのである。シャンパンも確かに飲んだそうだが、大半は2人
の女性(T代だったが、ジャマイカとフランス、チュニジアとフ
ランスという怪しげなハーフ2人だったという。この段階でも気
づいてよさそうなものだ)が飲んだもの。テーブルチャージ以外
には、ロクに金を使っていないというのが実感だったようだ。S
さんが勘定を確かめたところ「8600」の文字が見えた。「
フランとは何とも良心的な」と感じたそうだが、さすがにそれは
甘いと思ったらしく、860フランを差し出したら、店員が後ろ
のゼロ2つをトントンと指差した。「8600フラン?」。日本
円にして約Q万円。合計ではない。これが一人当たりのチャージ
だというのだ。冗談じゃないとばかりに2人も抗議したようなの
だが迫力ある黒人からシャンパンとダンスの単価(もちろん目玉
が飛び出す価格)を示され、カードの提示を要求され、かつ日本
円をむしり取られたとあっては、抵抗のしようもあるまい。なま
じお金を持っている2人だったのが悪かったのだ。足りない分は
クレジットカードで強制的にキャッシング(1人が行く間にもう
1人が人質にされた)。丸々払わされそうになったが、お情けの
ように日本円1万円だけを投げ返してくれたそうな。
 これが(競馬記者の間では)世にも名高い、「モンマルトル事
件」の顛末である。


有名な写真家Iさんからカンパを受けるS記者。


ボラれた分を宝くじで返済しようと真顔で削るN記者。せっかくのカンパも水の泡?

 これには、さまざまなリアクションがあった。特にふるってい
たのは翌朝の蛯名Jである。「オレもぼったくられたことがある
よ」と衝撃の告白。しかも「T万だぜ」というのだ。「8600
なんてかわいいよ」といわれては、さしもの2人も沈黙していた
が、その後に蛯名Jは「J人でT万、円・だからさ」とポツリ。
「バカヤローッ!」と絶叫したのは蛯名Jの連載を担当するNさ
んだ。「こっちは8600フランなんだよっ!」。一瞬の沈黙を
経て、蛯名Jの笑うこと笑うこと。
 さらにこの事件を聞きつけた有名女流写真家のIさんが、2人
にカンパを申し出るなどこの事件の余波は各方面に大きく広がっ
た。その日のうちに日本にも(オレを中心とした記者、そして競
馬会職員から)打電され、日本でも大いに話題を集めたという。
 皆さんもパリ、いやモンマルトルには十分に気を付けましょう。

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