復活の世界 Faile(30)「カンヅメの思い出」

長い放送作家という生活をしてきたわたくしには、さまざまな珍事も経験いたしました。

慌ただしい放送の中でも、特に慌ただしいアニメーションにかかわっていたわたしは、作家の中でも特別変った経験をしているのではないでしょうか。

通常のテレビ番組の脚本を書くということでは、それほど変わったことはなかったのですが、所謂70年代、80年代という、アニメーション全盛時代では、よくテレビ版よりちょっと毛の生えたスケールのスペシャルというものもよく作られましたが、それでは満足できないファンのために、さらにスケールアップした形で、映画も制作されたものです 。

そんな時、通常の作業ではほとんど行われない、カンヅメになるということも起こりました。つまり旅館、ホテルなどへ拘束されて原稿を執筆することを、業界ではカンヅメになるというのですが、多くの場合は売れっ子といわれる作家が、そんな状態になったものです。

わたしも「宇宙戦艦ヤマト」を執筆する時、神楽坂の有名な日本旅館にカンヅメになったのが始まりで、かなり忙しいスケジュールをこなしていたのですが、それ以来特撮作品でも何度かカンヅメを体験しました。しかしこれからお話しする体験については、ちょっと他の作家でも、そう何人もいないことだと思います。

ある映画作品を制作することになって、原作者から、こんなものを書くつもりだという、原案という荒書きしたものは出たのですが、その正式な原作といわれる原稿が、なかなか出てこないのです。

こんな時、一番困るのはプロデゥサーでしょう。その映画製作のために、スタッフを集めて、スケジュールを決めて、政策のための段取りを決めて行かなくてはなりません。映画を制作する会社はもちろんのこと、それを支援するスポンサーにも、制作予定を報告しなくてはなりませんから、決定したスケジュール通りに、作業が進まないと、どんどん日程が詰まっていってしまって、大混乱になってしまいます。

映画の場合などは、劇場を空けてもらうスケジュールが決まっているわけですから、それを外してしまうことはできません。

ところが、脚本化はもちろんのこと、スタッフはすべて手配がすんだというのに、肝心の原作が出来てこないのです。 これにはさすがに脚本家のわたくしもこまりました。他の作品はどけているので、何もせずに原作が出来るのを待っているということは、脚本執筆の時間が、どんどんなくなっていくということです。それに他の作品を書かないでいるのですから、経済的にも響いてきてしまいます。

ついにプロデゥサーと共に、やきもきしてしまうことになってしまいました。

短期間で映画作品を書くといっても、限界があります。どう早く書いても間に合わないという、限度があるのです。そのおおよその見当はついていましたから、わたくしもかなり追い込まれていきました。

もうこれ以上は無理だなと思い始めた頃のことです。さすがにプロデゥサーも、制作する日数が足りなくなるという危機を感じたのでしょう。ある日のこと、わたくしがカンヅメになっている旅館へやってきて、こう言いました。

「もう行きましょう。原作者から出ている荒書きがあるのだから、それで書いちゃって下さい」

二時間にもなる膨大な映画です。原作がかなりきちんと書かれていないと、映像作品としての工夫もできません。それをたった数枚の荒筋だけで書くようにというのです。それだけプロデゥサーも、追い詰められていたのでしょう。 彼も切羽詰っていたに違いありません。

わたしももちろん承知しました。

脚本を上げる限界がきていたからです。

ついに正式な原作が届かないうちに、荒書きのストーリーを手掛かりに原稿を書いてしまいました。プロデゥサーはそれを頼りにして、制作を始めてしまいました。

きっとアニメーターも苦しんだことでしょう。

それでもとにかく、作業は始まったのです。

原作がついたのは、それから間もなくのことでした。

それから実際に書き上がっている原稿と、原作との違いを多少修正しながら作業をつづけるという、前代未聞の映画制作をした思い出です。

すべての関係者は生存中ですので、名誉を傷つけたくないという配慮から、氏名、作品名などは書かないことにいたしました。ご許容下さい。

とにかく今は、もうこんな馬鹿げた作業は考えられないでしょう。あの頃は、とにかくプロデゥサーも、スタッフも、みな必死で、与えられた作業を夢中でやりつづけていた、熱い思いの持ち主たちでした☆



これは、かつてHPで公開した原稿を、使ったものです