観る世界 Faile 13 「調子が良すぎて・・・」

若い頃、同人雑誌の仲間とのつきあいが盛んでした。

ラジオドラマを書く、関東の大学在学中の、作家の卵の仲間でした。大学生ばかりでしたが、雑誌も発行してやる気満々でした。お互いに意気盛んで、将来への希望に満ち満ちていたものです。

わたしなど、あまり飲めないお付き合いもかなりいたしましたが、そんなこともあって、大学を出たあともかなり親しい付き合いをしていたものです。

しかし13人いた同人も、結局卒業と同時に、進む方向は同じというわけにはいかなくなり、わたしの他にもの書きになった者が三人ということになりました。

放送局、代理店、出版社などという、志望していた職業の周辺に就職する者がほとんどでしたが、中には少年院の法務官として勤めることになった者もいました。

もうほとんどの人との接触も絶えてしまいましたが、同業のもの書きになって、一番接触の多かった二人は、早々と他界してしまいました。現在は放送ディレクターから、大手代理店の企画室長となったSと出会う機会がある程度で、同人誌の会合で激論を交わしていた青春時代も、遠くになったものだなと、しみじみ思う今日この頃ですが、今回は早くも他界してしまった作家志望であったTとの思い出話です。

彼は大変顔の広い男で、社交性にも富んでいたものですから、早い頃から芸能界の人間との付き合いを持っていて、有名タレント、寄席芸人との付き合いもありましたから、情報量はかなりあって、話をすると大変刺激を受ける存在でした。

彼はわたしとは対照的に、大変酒の好きな男でしたが、或る日のこと彼よりもちょっと早く新しいメディアであるテレビの脚本家としてデビュウしていたわたしに、依然としてラジオドラマを書きつづけていた彼が、こんなことを言うのです。

「酒を飲みながら書くと、調子がいいぞ。一度試してみろよ」

盛んに進めるのです。

少しでも、調子よく書けたら、どんなにいいかと考えつづけていた新人時代のことですから、はじめはそれほどでもありませんでしたが、次第に彼のペースにはまってしまって、その時は半信半疑でいたものの、帰宅する時には、一度試してみようという気になっていたのでした。

ついにそれから数日後に、テレビのドラマを書くことになり、Tの勧める方法でやってみることにしました。

ビールの大瓶を一本ほど飲んで、それからいよいよ執筆ということになりました。

たしかに調子はいいようでした。

いつもある時間はかかるのですが、この日はやはりお酒の効き目があるのでしょうか、実に滑らかに筆が進んでいくことです 。

「これは調子がいいぞ」

思わず快哉を叫んでしまいました。

ほとんどつかえてしまうということもありません。

アイディアをひねり出すことにも、苦労することはありませんでした。

「こんなことだったら、もっとお酒に馴れて、毎日でも一杯やりながら書けばよかったな」

つくづく思ったものです。

予定時間よりもかなり早く脱稿出来たので、珍しく布団に入ってゆっくりと寝ることが出来たのでした。

ところがそれからどれだけたった頃でしょうか、ふと、目覚めてしまいました。

きっといつもと違った作業をしたために、気になっていたのでしょう。まだ夜明けまでにはかなり時間があるのですが、起きてしまいました。そして実に快調に書き上げてしまった原稿を、読み始めたのです。

もし快調であることを確認出来たら、また同じようなペースで執筆することになるでしょう。

ところがです。

快調であったはずの原稿は、あまりにも快調すぎて、ただただ調子がいいだけなのです。力感をもって高まっていくはずの山場も、すいすいと、実に調子よく進んで行ってしまって、まったく軽いままラストへと進んで行ってしまったのです。感動も何もありません。ただただ調子よく話が進んで、終わってしまうのです。

愕然としてしまいました。

「大変だ!」

このままでは、とてもプロダクションへ持って行くわけにはいかない。しかしプロデゥサーは原稿の上がりを期待して待っている筈である。

追い詰められてしまったが、とてもこんなみっともない原稿を持って行くことはできない。こうなったら、昨夜の醜態を正直に告白して、締切を延ばしてもらうしかない。

これまでほとんど、閉め切りに遅れたことがないことを誇りにしていたわたくしですが、ついに数日の延期を申し入れたのでした。

たまたまT君の勧めに乗って、その効果に期待してしまった迂闊さには、大変反省させられたのでした。

アルコールを飲むたびに、あの時の調子の良さが思いだされて、苦笑してしまうわたくしです。

お酒には、充分にご注意を☆