Horace Silver The art of small combo jazz playing, composing and arranging

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Published by Hal Leonard

翻訳 横浜モダンジャズクラブ

 

1チック・コリアのまえがき

 

ホレス・シルヴァのこの素晴らしい教本に何か役立てることがあれば大変嬉しく思います。ご存知のようにホレスは一流のミュージシャンであり、僕が生涯かけて探求しようとした音楽との関わりにおいて真に勇気付けられたミュージシャンのひとりでもあります。

 この教本にはホレス・シルヴァの創作作業の方法が述べられており、直接にその詳細を彼自身から体験することができます。ここには教本及び音楽の両方が微に入り書かれています。音楽が生活に与える重要性と効果に対してホレス自身が個人的にどのように感じているかについても書かれており楽しい読み物でもあります。少ないかも知れませんが、掲載された6曲のフルスコアは彼の最も良く知られた貴重な作品からのものです。

 熱心なミュージシャンとホレス・シルヴァのファンの方には以下のことを薦めます。

これらのホレスのオリジナルスコアを学ぶことと、さらにホレスのほかの作品を採譜して自身の耳の訓練をすすめることです。「音を聴くこと」そして自身で記譜することは自身の能力を高めるための大いなる訓練方法です。

さて、この教本でホレス・シルヴァは音楽に対する思考とアプローチの方法について彼自身の方法を優しく紹介しています。これは僕が思うに、ひとりのアーティストが知り合いのアーティストやその他興味を持つ者誰にでも提供できる最良のものであると。

最も創造的で多作なピアニスト、作曲家、編曲家、バンドリーダーによるこの偉大な書物、教本はあらゆる学校の音楽関連部門の標準的な教本となるべきものです。

 

2.ホレス・シルヴァのイントロダクション

 

音楽の仕事を始めたての頃は、ジャズの先生になるなんて思っても見ませんでしたし先生になる希望なんてものもありませんでした。なるほど自分はジャズとその理論の先生なんだと気づいたのは、私のいろいろなバンドに参加した多数の才能あるミュージシャンをコーチしたり仕込んだりした後、大分年数が経ってからでした。

カリフォルニア州トランスのエル・カミノ・カレッジで、The art of small combo jazz playing, composing and arrangingと私が名づけた5週間コースの科目を週に2クラス教えていました。このクラスの意気盛んな学生たちを教えたことは私にとって、学生たちにとってもそう有って欲しいと思っていますが、実り多い経験でした。この本はその当時のクラスで使用した教材をいくつか含んでおり、演奏旅行の合間に書き溜めた音楽的思考に関連する教材と私の作品のスモールコンボ向けアレンジが含まれています。このアレンジについては音楽の3要素であるメロディ、ハーモニー、リズムに注意深く学んで下さい。

この著作は老若、プロ・アマ、有名・無名を問わずすべてのミュージシャンに向けた想いから生まれたものです。私の専門はジャズのフィールドにおけるものであり、そのことは現在においても変わりませんが、この本に述べられている基本概念はすべての音楽、ミュージシャン一般に適用されるものです。それぞれ個別の分野においてどのミュージシャンにも有用なものとなり得ます。出来る限り多くのミュージシャンの助けになることが私の願いでもあります。

かって、その専門技術を分かち合ったたくさんの偉大なミュージシャンがいました。今度は私自身の専門技術をあなたと分かち合う機会とすることができたら喜ばしいことです。学術的な知識や音楽的キャリアを豊かにして音楽へのアプローチを正しい方向に展開させようとしているミュージシャンを勇気付けることが出来ればと望んでいます。

そのような情熱を持ったミュージシャンだけのためのものではありません。音楽を通して誰もが人の生命を讃え、平和、幸福、愛、調和、充足を見出し、魂や心身が高揚されると理解する手伝いをします。学問的教科書であると同時に自然と哲学的で心理的な事柄に及ぶこともあります。この本を読み進むうちに学術的、哲学的、心理的果実を誰もが収穫できるであろうと願っています。通常使用される教科書とは異なりますが、他に使用される教科書を補完するものであると願っています。また、他の教科書には見られないような情報もあります。つまり、長年にわたって世界中を回り演奏活動を続けた結果得られた知恵ともいうべきものです。もちろんあなた自身の直接体験ほどに価値のあるものはありませんが、演奏ステージに関わる事柄、将来の演奏旅行に対する心構えや厳しい生活を切り抜ける術についても考えてもらいたいと願います。                               Horace Silver                                   

 

3.ホレス・シルヴァの自伝

 

 モダンジャズ界に大きな影響力を及ぼす人物のひとりであり、作曲家、編曲家、バンドリーダー、ピアニストでもあるホレス・シルヴァは1928年9月2日にコネチカット州ノーウォークで生まれました。母はニューイングランド、父はアフリカ西海岸から離れたポルトガル語系のケープヴェルデ島の出身です。「父親はカトリック教徒でしたのでカトリック教会に通いましたよ」と彼は語ります。「でも母親がメソジスト派でしたのでそちらの教会にもときどき通いました。そこでは黒人のゴスペルソングが唄われていました。ケープヴェルデの音楽もそうですが、ゴスペルソングとラテン音楽に影響を受けました。マチートやティート・プエンテのジャズ好きのラテン音楽には長いことのめり込んでいました。それからボサノバなどブラジル音楽にもね。ラテンリズム、ラテン音楽が好きなのです。」

 シルヴァの気持ちをジャズに向けたのはジミー・ランスフォード・オーケストラとの出会いでした。「それは素晴らしいバンドでしたよ」と彼は語ります。「10歳だったか12歳頃だったか、オーケストラのライブを聴いてからミュージシャンになりたいと思っていました。そのときからランスフォードのファンになって、カウント・ベイシーやデューク・エリントンにたどり着いた訳です。コールマン・ホーキンス、レスター・ヤング、バック・クレイトン、テディー・ウイルソン、アート・テイタム等がいて、その少し後にはディジー、バード、モンク、バド等が活躍する時代です。私の10代の頃の望みはピアノを演奏するだけでなくビッグバンドの編曲もやりたいと思っていました。高校のバンドがあって、そこでいくつか編曲を手がけたものがあります。21歳になったとき、コネチカット州ハートフォードでスタン・ゲッツと出会いました。当時はビッグバンド熱が下火になっていて誰もがコンボバンドを始めていた頃です。結局、私がビッグバンドで活躍する機会はありませんでしたよ。」翌年、ホレス・シルヴァはスタン・ゲッツと一緒に後にジャズメッセンジャーズのメンバーとなるミュージシャンのサークルに入ります。「ジャズメッセンジャーズになる前のグループにはクリフォード・ブラウン、ルー・ドナルドソン、カーリー・ラッセル、アート・ブレーキー、それに私が居て実に素晴らしかった。その後にはケニー・ドーハム、ハンク・モブリー、ダグ・ワトキンスと私。それからドナルド・バードが入って来ていくつかご機嫌な録音をしました。バードランドで録音したときのバンド名はアート・ブレーキー・バンドというだけでメッセンジャーズとは呼んでいませんでした。このグループはメンバーの気持ちの熱い間だけのバンドでした。」1956年にシルヴァは自己のクインテットを結成して、ケニー・ドーハム、ハンク・モブリー、ブルー・ミッチェル、ジュニア・クック、アート・ファーマー、クリフォード・ジョーダン、ウッディ・ショー、ジョー・ヘンダーソン、ブレッカー・ブロス等のスタープレーヤーを替えながら20年ほどの間、ブルーノートに録音を残します。

 1980年代、自身のSilvetoレーベルを、彼が自己救済と呼ぶところのHolistic Metaphysical Music のアルバム5枚を録音します。この時期、彼の出発点でもあるハードバップ人気が若手ミュージシャンによって再燃していましたが、レコード会社をたたまなければというような苦境にあって、彼のバンドの音楽はめったに聴かれなくなっていました。「精神的なものにハマッテいたのです」と当時を振り返ります。「でも、この内容ではそっぽを向かれてしまうなと考えたのです。それで素直にジャズを志向したEmeraldというもうひとつのレーベルを起ち上げました。」しかしながら国内流通に至らずシルヴァはこのレーベルもたたまざるを得なくなりました。それでもこの頃までには彼の作品は復活を遂げ、著名なアーティストや若手有名ミュージシャン等によってリバイバルしました。「多くのジャズ仲間が私の曲を録音してくれてとても救われました」と彼は語ります。「ティート・プエントが東京ブルースとVirgoを、ジョージ・シアリングがStrollin’とPeaceを録音してくれたのです。」

 シルヴァのブルーノートとの長い契約期間中、一緒に仕事をしたジョージ・バトラーがコロンビアレコードとの契約をすすめました。ホレスはIts Got To Be Funkyを録音するために9ピースバンドSilver/Brass Ensembleを編成します。このアルバムのリリースは1993年で、ピープル誌の”Jazz Album of the Year”を勝ち取りベストセラーに評されました。シルヴァのカムバックは確実なものと思われましたが国内ツアーの前夜、病気にかかってしまいます。現在は病気も全快し、遠征にも熱心で、あきらかにソウルフルなシルヴァ節を持ったBrass Ensembleとの新作の録音に臨んでいます。

 「黒人のゴスペル音楽、ラテン音楽、ブルース、スゥイングジャズ、ビバップの影響を受けています」と彼は語ります。「私がこの世界に入る前、ファンキージャズが演奏されていましたが自分の作曲や演奏にはそれまで影響を受けたものを反映しようと考えていました。そして、その影響を受けて書いた曲、Sister Sadie, Filthy McNasty, Senor Bluesなどで名を知られるようになったのです。まさに私が考え、予期して、感じたままにプレイしたことなのです。テクニックは大切なものとして考えていますがどこででも必要なものとは感じていません。シンプルではあるけれどある程度意味のある、そういったものを演奏したいと考えています。私の考えは、どれだけ多くの音符を弾くかではなくて何を弾くか、そしてそこに込めるフィーリングを大切にすることです。それから、作曲や編曲をするときはオープンマインドを持ち続けなければいけないということです。従わなければならない規則があります。でも多くの規則が破られるためにある訳ですから躊躇わずに実行して自分の個性を試してみることです。ナイトクラブから帰るお客さんがハミングしながら出て来られるようなものを書きたいと思っています。」

 The Silver/Brass Ensembleは長く先延ばしされていた夢の実現であり、Pencil Packin Papaの発表もあり、4年ぶりに訪れた初めての全米ツアーをホレスは楽しみにしています。「ふたたびツアーに戻ることを考えています」と彼は語ります。「このジャズ仲間とキャッチボールをしているんだ。彼らはみんな一流のミュージシャンだからね、一緒に演奏するだけでなく彼らのために譜面も書かなきゃならない。と、返さなくちゃならないボールを抱えているんだ。わくわくするね。若いときにビッグバンドのピアニストとして演奏旅行をする機会があったらビッグバンドの作曲もやってみただろうけどそのような機会も無かったしね。今、人生のこの時期に楽器の数を増やした編曲をして彼らに演奏をしてもらうよう、ボールを返すことにワクワクしていますよ。今までの2声部のハーモニーとは違った6声部のハーモニーが聞こえてきます。実に愉快です。」

 

4.ホレス・シルヴァの音楽観

 

4−1 人生をかけて音楽に専念する

 自分の人生をかけて音楽に、そしてジャズに専念していますか?その時代の一流のミュージシャンとして歴史にその名をとどめたいと望むのであれば、人生をかけて音楽に専念しなければなりません。ジャズ、インプロヴィゼーションを自分の売りとしたいのであれば、それに人生をかけないとなりません。それに執着するようにならないとなりません。すべてのものに優先してそれを第一に考えるべきです。そのような生活態度と忍耐強さがあれば成功を確かなものにすることができるでしょう。成功への熱意があれば険しい山も乗り越えることができます。

 あなたの才能を待ち望む音楽を愛する人々の世界に向けてあなたの人生を捧げて進んでください。そうすれば、あなたの才能が音楽の歴史に刻まれ、あなたの人生は成就、安らぎ、幸福に満ちたものとなります。

<ジャズの霊的様相>

 アフリカ民族音楽にその起源をもつジャズはしばしば宗教儀式の際に使われていました。アフリカ民族音楽は奴隷によってアメリカに持ち込まれ、黒人霊歌やゴスペルに進化して行きます。そして、ジャズ音楽すべての基本であるブルースに発展します。

すべての音楽、すべての生活に関わる音楽は本質的に霊的性質が本来備わっていて、神の恵みを受け、才能をみがく努力をしてきた者が作曲したり、またそれを演奏したりするとき人の魂を高揚させることができます。ジャズミュージシャンは自分の音楽を愛しています。その楽器に対しても思い入れがあり専らその両方に磨きをかけています。名声と収入は評価されるにつれてついてくるものですが、真のジャズミュージシャンは名声や収入を求める前に自分の芸術に対して音楽的完全性、音楽への愛と献身を希求します。音楽に捧げる彼のすべての愛はそこから生じる霊性と同じことです。愛は霊性であり、霊性は愛なのです。

<ジャズの精神的様相>

ジャズはクラシック音楽と同様、演奏するにも聴くにも集中力が必要な理論的音楽です。ジャズはバックグラウンドミュージックではありません。そこから最大のものを得るためには集中することが必要です。音楽を自分の中に取り入れ、音楽に包み込まれるように集中しなければなりません。集中して音楽を取り込もうとするとき、ハーモニーが神経を鎮め、緊張を和らげ心が高揚します。ジャズは、ジャズを聴きそれに浸っている者と同じように演奏する者の心を刺激しその魂を高揚させます。心が刺激され魂が高揚される結果、その高揚が身体にも反映されます。

たぶんあなたも素晴らしい音楽に大いに興奮して心を奪われたとき、音楽が止むまでの間しばらく苦痛を忘れていたという経験がおありでしょう。音楽があなたの心からその苦痛を取り去ったのです。音楽は霊的、精神的、身体的なものをもたらす、つまり魂を高揚し、心に刺激を与え変化させ、恵みを与え身体を癒すといったふうにガラッと新しい生き方がそこから伝わります。

ジャズは真理、純粋性、本質を究めるということにおいてクラシック音楽と似ており、ひとの魂、心、身体を高揚させる大きな可能性をもっています。作曲家、演奏家、聴衆みんながこれを究めようとします。真理、純粋性、本質に対する同様の姿勢が、生活への敬虔な取り組みを促し、ひいては人間の魂、心そして身体を高揚させるなどの効果を音楽の中にもたらすことになります。

 

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