U.家族療法の歴史と展開

(1)家族療法以前
 「カウンセリング」は、本来、パーソンズ(Persons, F.)によってはじめられた職業指導に端を発します。当初、心理テストなどのアセスメントを利用し、カウンセラーがアドバイスを行うというものでした。その後、戦争を逃れてアメリカにやってきた優秀な精神分析家たちの影響で、アメリカでは精神分析が隆盛期を迎えました。その頃、精神分析的アプローチに対する3つのアンチテーゼが提出されました。第一は、ロジャース(Rogers, C)の来談者中心療法。第二が、行動療法。第三が家族療法でした。

(2)家族療法の勃興
 家族療法とは、一口に言って、問題を個人ではなく家族という文脈で見立てて、問題解決を試みていくアプローチのことです。

 たとえば、太郎君が家族に暴力を振るうという「家庭内暴力」という問題を考える時、
@ 暴れている太郎が悪いという視点

家族が、
「暴れている太郎だけが悪いのであって、他の家族に責任はない。」
と考えている。
この場合、家族は、太郎君が暴力を振るっているという事実だけに注目し、
「太郎だけ病気である。太郎が暴れていることだけがわが家の問題だ。」
ととらえている。
治療者も、暴れている太郎君に注目し、その治療を考えるわけである。

A もしかすると、自分のせいで太郎が暴れているのでは?という視点

家族は、
「もしかすると、太郎が暴れているのは、私に原因があるのではないか?」
と考えている場合です。
家族は、暴れている太郎君に、ある程度共感的に対応していて、甘やかして育ててきたからではないか?仕事に熱心な余り、家庭を顧みなかったことが原因ではないか?などと、考えている。
治療者も、親子関係、兄弟関係など、二者関係に注目し、その治療を考える。母原病、父原病などという言葉は、この視点です。

B 太郎が暴れているのは、家族のありかたに問題があるのでは?という視点

家族が、
「太郎が病気なら、家族である自分たちも病んでいるのだ。太郎が暴力を振るう原因は、太郎も私たちも含めた家族全体の中にあるのではないか?」
と考える場合です。
 治療者も、家族というシステムの中に生じた悪循環が問題の原因ではないか?と考え、システムのあり方を、問題が解消する方向に調整することで、問題を解決しようと考えます。

 と、三つの視点で、問題を観察することが出来る。従来のカウンセリングは、@あるいはAの考え方が中心であったが、家族療法は、Bの視点から問題にアプローチするのです。

(3)家族療法の歴史と発展
 精神医学の分野で、サリバン(Sullivan, H. S.)が、「精神医学は対人関係論である」として、特に、母子相互作用に焦点を当て、精神分析の領域でも、アドラー(Adler, A.)が人間を社会的存在として捉えるなど、個人から対人関係に焦点が移り始めてきた時代、ベイトソン(Bateson, G.)が、ジャクソン(Jackson, D. D.)、ヘイリー(Haley, J.)、ウィークランド(Weakland, J. H.)と共に、家族コミュニケーションの視点から、二重拘束仮説(1956;Double Bind Theory)を発表した。これは、家族療法の発展を促す、画期的な研究であった。相前後して、様々の重要な研究が発表された。
 こうして、家族療法の第一世代が輩出した(@〜D)。1980年以後、家族療法・短期療法は、様々な発展、変遷を遂げ、家族療法の第二世代が生まれて来た(E〜H)。

 @MRI(Mental Research Institute)グループ;
 アメリカの西海岸に位置するカリフォルニア州パロアルトにMRIがあるところから、パロアルトグループとも呼ばれる。短期療法が生み出す中心的な役割を果たしたグループです。その特徴は、第一にシステム理論、第二にコミュニケーション理論、第三にチーム・アプローチ(複眼視)と、三つをあげることが出来る。


 A精神力動的家族療法(アッカーマン・グループ);
 MRIのジャクソンと共に、ファミリープロセス誌を創刊したアッカーマンを中心とするグループです。精神分析的な色彩が非常に濃く、実際には、精神分析的な個人療法も行っていたようです。アッカーマンの業績は、精神分析、個人療法が常識的であった当時の精神医学界で、家族に焦点を当てて、その必要性を説き、精神分析理論を家族療法の理論へと昇華させたところにあります。


 B多世代派家族療法(ボーエン);
 精神分裂病の家族研究をしたボーエンが、家族療法を体系化したもの。ボーエンの特徴は、自己の分化、即ち、知性システムと感情システムの分化および融合状態が、人間関係においても、分化した人間関係、融合した人間関係を生み、融合状態が世代間に渡り伝達されて症状を形成するという点にある。


 C 構造派家族療法(ミニューチン);
 ミニューチンのアプローチは、システムを構造として捉えるところに特徴がある。家族構造の捉え方として、境界線、提携、権力の三つに注目している。ミニューチンの治療においては、家族の構造の再構築を促すような介入を行う。構造的アプローチは、ミニューチンがスラム街などの貧困家庭のセラピーに従事したという事から、非言語的、実効的なアプローチを特色とし、特に、拒食症に対するアプローチとしては、非常に評価が高い。

 D ミラノ派(システミック・アプローチ);
 ミラノ派のシステミック・アプローチは、1967年、精神科医セルビーニ・パラツォーリ(Selvini Palazzoli, M.)が、イタリアのミラノに、家族療法研究センターを設立したことから始まる。MRIグループと並んで、短期療法を生み出した中心的なグループです。「家族ゲーム」の概念、定常法、対抗逆説、仮説化・円環性・中立性という面接のためのガイドライン等、MRIグループとよく似たアプローチを生み出した。

 E 解決志向アプローチ(Solution focused approach);
 スティーヴ・ド・シェイザー(de Shazer, S.)、インスー・キム・バーグ(Berg, I. K.)らによって提唱されてきた短期療法のひとつのアプローチです。彼らは、アメリカのミルウォーキーにあるBFTC(Brief Family Therapy Center)を活動の場としており、ミルウォーキー派とか、BFTCアプローチとも呼ばれている。

 F ナラティヴ・モデル;
 ナラティヴ・モデルは、書き換え療法とも呼ばれ、マイケル・ホワイト(White, M.)やデーヴィッド・エプストン(Epston, D.)らによって発展してきたアプローチです。彼らの理論を要約すると、問題を抱えるクライアントたちのドミナント・ストーリーを書き換え、違った新しいストーリーを創出することによって問題解決を図ろうというものです。

 G リフレクティング・プロセス
 北ノルウェーのトム・アンデルセン(Anderson, T.)を中心としたグループによって発展したアプローチです。これまでの家族療法・短期療法では、面談するセラピストとクライアントを、ミラーの背後にいるセラピストのチームが観察し、セラピストが、このチームと相談をしながら結果をクライアントに伝えるという方法が採られてきた。リフレクティング・プロセスでは、そのミラーの背後にいるチームの話し合いの様子を、面接の途中で、照明スイッチを切り替えることによって、クライアントらに公開し、後に、その話し合いについてのコメントを求め、面接を続けるという手法を採用する。システムの自己治癒力を尊重したアプローチ方法だといわれている。

 H 協働的言語システムアプローチ;
 これは、ハロルド・グーリシャン(Goolishian, H.)や、ハーレン・アンダーソン(Anderson, H.)らによって提唱されているアプローチである。彼らは、ヒューストンのガルベストン研究所を中心に活動しており、ガルベストングループとも呼ばれている。彼らは、解釈学や社会構築主義の考え方を徹底的にモデルに引き入れている。最大の特徴は、人間のシステムを言葉と意味によって成り立つシステムと捉えている点である。対話を通して意味生成を重視する。

(4)短期療法の中心的な考え方と用語
 このように、家族療法・短期療法には、様々の系譜がある。しかし、それぞれが、互いに影響し合い、お互いの良いところを取り入れながら、発展している。そこで、短期療法の中心的な考え方や、用語を説明しておこう。

 @ システム;
システムには、三つの性質がある。1)変換性、2)全体性、3)自己制御性です。変換性とは、外的な条件に合わせて自分を変化させていく能力。全体性とは、部分だけを見てもわからないという事。自己制御性とは、最も重要な概念で、システムに何らかの力が加わったとき、それを解決しよう、システムを復元しようとして自分なりに何とかしようとする能力です。それが時に偽の解決になる。

 A 治療抵抗;
治療抵抗とは、介入課題を果たさなかったり、治療者をなじったりする行為を指す。クライアントは、解決を求めて治療にやってくるにもかかわらず、治療のための変化に抵抗を示すわけです。心理療法において、治療とは抵抗との戦いだとも言われる。しかし、短期療法では、この抵抗を利用して、家族システムに適合した課題を探す。抵抗=課題を出すためのヒントと考えるのです。

 B 二重拘束;
ベイトソンは、分裂病は、家族のコミュニケーションのあり方によって、作り出されているのではないか?という仮定のもと、二重拘束理論を発表した。この理論は、分裂病発症のメカニズムを解明するという点では成功しなかったが、家族療法の世界に、パラダイム転換をもたらし、認識論に大きな変化をもたらすことになった。二重拘束は、@一次的ネガティヴ命令。A一次的命令と、より抽象的なレベルでそれとは相容れない二次的ネガティヴ命令。B被害者が二重拘束の場から逃れることを禁止する三次的命令。から構成される。たとえば、禅の導師が、その弟子に対して、弟子の頭上に棒をかざして、「この棒は実在のものか?実在のものではないか?」「もしお前が、実在のものだというなら、この棒でお前を打つ。(一次的ネガティブ命令)」「実在のものではないというなら、お前を打つ。(二次的ネガティブ命令)「何も言わないのならお前を打つ。(逃走を禁止する三次的命令)」と問答を仕掛けて、弟子が窮地に陥る状況で二重拘束を説明することが出来ます。このように、窮地に陥って、身動きがとれなくなる状況は、私たちの悩みのよくあるパターンです。しかも、この二重拘束は、何重にも階層をなして私たちをがんじがらめにすることがあります。
また、このような二重拘束は、カルトに捉えられた人々の心にしばしば生じ、それが、彼らの精神的破綻を引き起こす原因となっていると考えられてもいます。

 C あれか・これか
二重拘束に陥るのは、多くの場合、「あれか・これか」という二者択一の思考法に陥っているためです。そこで、この二重拘束を解くためには、「あれか・これか」を「あれも・これも」という記述に変えることが有効です。

 D 偽解決;
システムが問題を解決しようとして取った行動が、逆に、問題を定常化させ、長期化させる原因になっている場合がある。このような、悪循環を形成する解決を偽解決と呼ぶ。
たとえば、
「子どもがおねしょをする → 叱る → 子どもは緊張しておねしょをする → もっと厳しく叱る → さらに緊張しおねしょをする」
という具合に、おねしょが続く子どもの例では、「叱る」という行為が、偽解決で、どこまで行っても、問題と偽解決の円環から逃れることが出来ません。
この問題―偽解決の悪循環を、どのようにして切るかに注目するのが、MRI派の短期療法の特徴です。
長谷川啓三は、「家族内パラドックス(彩古書房1987)」の中で、偽解決の6類型と、それに対する有効な17の介入方法を解説している。

 E 例外;
 問題を抱えた人は、
「いつも・・・・・。いつも・・・・・。」
と表現しますが、例外なしに常に起きる現象など、あり得ません。
BFTC短期療法の中心人物、ド・シェイザーの最大の貢献は、「問題には必ず例外が存在する」という視点を示したことです。
比較的問題が起きない「例外」や、過去の「成功」について質問し、その例外行動を見つけたら、その行動を繰り返すように指示します。


 F 小さな変化;
システムの悪循環を断ちきるために必要なのは、問題に上手く適合した小さな変化を創造することです。ド・シェイザーは、「どんなにおそろしい状況、どんなに複雑な状況であろうとも、ひとりの行動にひとつの小さな変化が起きればよい。それによって、関係するすべての人々の行動に深い広範な変化を生み出すことが出来る。」と言っている。
私たちが直面する場面は、問題を抱えた家族が、問題の本人を連れてやってくるとは限りません。多くの場合、問題の本人が来なかったり、家族が、夫婦がそろわなかったりするものです。しかし、システムの中に、小さな変化を創造できれば、システム全体を変えることが出来るとしたら、絶望的な状況など、あり得ないことになります。

 G パラドックス(逆説)
短期療法では、問題を解決するために、しばしば、パラドックス(逆説)を用います。
【事例1】
 


上記の四コマ漫画は、母親に伴われ解離性健忘と診断され受診に来た14歳少女の事例です。彼女は面接場面で、足が激しく震えてしまうのです。足の震えを止めようと、両膝をくっつけてみたり、手で押さえてみたりしますが、震えはエスカレートするばかりです。母親も、この足の震えを止めようと、娘の足に手を置きますが、足の震えはますますエスカレートします。
そこで、セラピストは、「15秒間、出来るだけ速く、足をバタバタ動かしてごらん。」と指示し、実際に時計で15秒計りました。「はい。15秒。もう止めていいよ。」すると、少女の足の震えは止まってしまいました。
「足が震えて止まらない。」という少女に、「出来るだけ速く、足をバタバタ動かしてごらん。」と逆説的な指示をすると、問題が解決してしまうのです。

【事例2】飛び出す男の子
小学生の男の子、信也君が、授業中に教室を飛び出し、家に帰ってしまったり、体育館の地下に隠れたり、トイレに閉じこもったりと、頻繁にトラブルを起こすようになりました。
担任の対応は、信也君を追いかけ、探し回り、「みんなが心配しているのだから、もう飛び出しちゃダメだよ。」と説得を繰り返すことと、信也君が飛び出す原因を作ったと思われるクラスメイトを厳重注意するといったものでした。
そこで、セラピストは、信也君が教室を飛び出したとき、「行ってらっしゃい!少し新鮮な空気を吸ってくるといいよ。遊んできてもいいよ。」と声を掛けてみたらと、逆説指示をアドバイスしました。
担任は、この指示に従い、また、隣のクラスの信也君の前担任も、「行ってらっしゃい!外で散歩してくるといいよ。」と声を掛けました。すると、信也君は、この後、自分から教室に戻ってきて、その後、教室を飛び出すことはありませんでした。この信也君の事例は、交流分析のストローク理論でも説明することが出来ます。

 H ワンダウン・ポジション
治療者が、クライアントよりも、一段下位の立場をとることです。短期療法の重要な技術のひとつで、治療抵抗を撃退し、パラドキシカル・アプローチを成功させるために不可欠の技法です。

 I リフレイミング
ある保育園での出来事です。保母さんが、子供たちに新聞紙をわたし、それを細かくちぎって部屋中にまき散らすよう指示しました。大変な大騒ぎで、部屋の中は、紙屑の山になってしまいました。保母さんは、今度は、子供たちにビニール袋を1枚ずつ渡し、「今度は袋の中に紙屑をいっぱい入れて、ボールを作りましょう。だれが一番はやいかな?ようーい、ドン!」と言いました。子供たちは、一斉にコマネズミのように走り回り、あっという間に、紙屑がきれいに片づいてしまいました。
ここでは、「紙屑を拾って掃除をする」という文脈を、「袋の中に紙屑をいっぱい入れてボールを作る」という競争ゲームに変えてしまったところにミソがあります。このように、掃除という嫌な行動でも、意味づけが変わると、何の苦もなく出来てしまうのです。
このような意味づけの転換をリフレイミングと言います。短期療法では、リフレイミングという手法をしばしば用います。