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[ 第17話(前編) ]
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2057年:ヒトナラヌキミ
      
 重慶 結構広い宇宙港の一角。
 
 宿舎にほど近い三階建ての建物。
 
 全体的にスケールの大きな宇宙港では小さい方と言えるが、
 中に入ると三階分が吹き抜けになっていて、すごく広い。
 
 大小様々な器具が並ぶ訓練棟のひとつである。
 
 今はそのひとつだけが動いていた。
 
 
 マルチアクセストレーナーが静かな音を立てて停止し始める。
 
 − きゅーん
 
 三本のリングがピタッと止まると、中央の座席も正位置になる。
 
 そこには少しグッタリとしたアルファがいた。
 
 横のコンソールで停止を確認したニックが足もとに小さなステップを置く。
 
 「大丈夫かい?」
 
 固定用のベルトをはずしながら、青い顔をしている彼女を心配する。
 
 だがステップを降りた彼女はそれには応えず2、3歩進んでペタンと座り込んでしまう。
 
 「お、おいおい、」
 
 慌てて駆け寄る。
 
 「だ、大丈夫です、」
 
 とは言うものの、その顔は脂汗をかいている。
 
 『う゛ー き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛ー』
 
 「ちょーっと待ってろ、なんか持ってくるから。」
 
 彼女の肩にタオルをかけると、ニックが自販機のところまで飛んでいく。
 
 
 スポーツドリンクのカップを手に戻ってくると、アルファは窓際のベンチに座り直していた。
 
 訓練用のツナギの上だけ脱いで深緑色のタンクトップ姿だ。
 
 ちょっとドキッとする。
 
 しかし、息を切らす彼女にみとれているわけにはいかない。
 
 こぼれないように慌てず急いで走り寄り、カップを差し出すニック。
 
 「飲める?」
 
 目の前のカップをしばし見つめてから手に取るアルファ。
 
 カップに口をつけて少し唇をしめらせると、残りを一気に飲み干す。
 
 ゆっくりとカップを離すとようやく落ち着いたようだ。
 
 「は
 
 「大丈夫かい? ホントに。」
 
 「はい。ありがとうございました。」
 
 「んー、このくらいはいいけどさ、」
 
 そう言いながらニックもベンチに腰掛ける。
 
 「でも、今日は休みだってのにがんばるねぇ。」
 
 彼女が一息ついたのを確認して、少しおどけて言う。
 
 打ち上げ二週間前、訓練期間中だが休日は与えられる。
 
 大した娯楽はないが、みな銘々にやりたいことをしているはずだ。
 
 しかしアルファの、前日まで唯一できなかった訓練項目を消化したいという思いに、
 ニックがつきあっているのだ。
 
 「MATは必須課目じゃないし、これ以外は君は良い成績だと思うけど。」
 
 MATは三次元に回転するリングの中央に座り、その回転を仮想的な姿勢制御バーニアを
 噴射させて停止させる訓練のためのものである。
 
 そういった姿勢制御は通常は自動で行われるものであり、
 手動のための訓練はパイロットにしか義務づけられていない。
 
 「えぇ、でも、その、ニックさんはできるじゃないですか?」
 
 「まぁそうだけど、それなりの訓練はしてるつもりだよ。」
 
 その言葉の裏には、積んできた経験と成果による自信がうかがえた。
 
 それだけに修得を急ぐ彼女が心配されるのだろう。
 
 「それにMATは人によって向き不向きがあるからね。」
 
 「私は...A7は元々運動性能が高いそうなんですよ。
だから何でもできなくちゃいけないんです。」
 
 少し自嘲気味にそう言うアルファだが、ニックには別の部分が気にかかった。
 
 『? A7ってなんだ?』
 
 人間は未知の単語を耳にすると、その時のシチュエーションに合った記憶を引っぱり出してくる。
 
 ニックもA7という単語と会話の流れから、昔読んだ本★1の中で遺伝子的な人種の
 分類で日本の秋田県地方の日本民族をA7の記号で表していたことを思い出していた。
★1「酒と文化人類学」サー・チャールズ著
 
 RECORD HOLDER
 「へー、でも世界的な記録保持者で日本人ってそんなにいたっけかな?」
 
 「いますよ!? 水泳の川澄さんとか、JUDOの月宮さんとか、ラージヒルの水瀬さんとか!」
 
 なんだか日本を低く見られたような気がして声にトゲが出てしまう。
 
 「あぁ、いやゴメン。
いないって意味じゃなくてさ、他の地域と変わらないんじゃないかってことなんだけど。」
 
 「あ、それはそうかもしれませんね。」
 
 「だから君も焦らなくていいってことさ。」
 
 「? いえ、そうじゃなくって、」
 
 何か話が噛み合っていないような気がするアルファだったが、そこまでにしておいた。
 
 ちょうどお昼のチャイムが鳴ったからだ。
 
 
 この宙港では8時と12時と17時にチャイムが鳴る。
 
 働き過ぎだった時代の名残だそうだが、気の抜けるような音なので職員の評判はあまり良くない。
 
 
 「えっと、それじゃ、もう一回だけつきあってもらえますか?」
 
 と言い終わったときにはもう装置の前に立っている。
 
 「って、俺の話し聞いてる?」
 
 急がなくていいと言ったつもりが全く効果がないことに呆れる。
 
 「これで終わりにしますから。」
 
 そう言ってタンクトップのままシートに着いた。
 
 ツナギの上からではわからなかった部分が大きく揺れる。
 
 仕方ないなぁ、という顔をしながらも早速ベルトの固定に走っていったのは
 決して下心からじゃないからなと自分を言い聞かせるニックであった。
 
 

 
 
 訓練は20分ほどで終わったが、結局アルファはダウンしてしまった。
 
 一瞬おんぶか抱っこか迷いながらもニックが隣棟の医務室に運んでいく。
 
 

 
 
 ドクターは食事中とかで留守番のナースにアルファを預ける。
 
 側についているつもりのニックだったが、ナース(45)に追い出されてしまった。
 
 「しょうがない。メシでも食うか。」
 
 閉められた医務室のドアを恨めしそうに見ながらぼやく。
 
 「今日は第2が中華だったな。」
 
 3つあるダイニングホールの献立を思い出しながら西に向かうニックであった。
 
 

 
 
 目当ての第2ホールは半分ほどの席が埋まっていたが、
 皆もう席を立とうとしている。
  チンジャオロースー
 厨房のおやじに天津飯と青椒肉絲を頼み、そのまま出来上がるのを待つ。
 
 食事を終えて散っていく職員たちをなんとなく眺めていたが見知った顔はいなかった。
 
 最盛期とは比べるべくもないが、それでも宙港で働く人は多い。
 
 
 だが料理が出てくる頃には客はニックしか残っていなかった。
 
 トレイに料理とお茶を乗せてホールの真ん中の席に陣取る。
 
 「いただきます。」
 
 どこで習った作法なのか両手を合わせ軽く頭を下げた。
 
 とたんに、
 
 「前から聞こうと思ってたんだが、そりゃどういう意味があるんだ?」
 
 後ろから声をかけられる。
 
 「! なんだバーニィか。」
 
 研究要員のバーニィである。
 彼も今回のミッションで Phoenixに搭乗することになっていた。
 
 「日本の風習だよ。御飯を食べられることに感謝を込めてるんだ。」
 
 「あぁ、どこの宗教にもたいがいあるアレか。
でも何でおまえが?」
 
 「ばぁちゃんが日本人なんだよ。
箸を使う料理のときにはついやっちまう。」
 
 「へぇ、初耳。おまえクォーターか。」
 
 「まぁな。」
 
 「そういや箸使うのもうまいしな。
あ、そうだ、その日本から来たアルファちゃんだがな。」
 
 「勝手にちゃん付けで呼ぶな。」
 
 「いいじゃないか。女の子なんて珍しいんだから。」
 
 「おまえが言うとそれだけでセクハラに聞こえるんだ。」
 
 「む?
そんなこと言うヤツにはこれを見せてやらんぞ?」
 
 そう言って持っていた書類ケースの中から A4サイズの封筒を取り出す。
 
 「何だ?」
 
 薄い水色の封筒にはなにも書いていない。
 
 「ふっ」
 
 「もったいぶるな。」
 
 それでも充分もったいぶってから答える。
 
 「実はな、アルファちゃんの身上書のコピーだ。」
 
 「おまえはまたそーゆーことをする! プライバシーの侵害だぞ?」
 
 少しキツイ口調でたしなめるが、
 
 「と言いつつこの手は何だ?」
 
 ニックの右手が我知らず封筒に延びていた。
 
 慌てて引っ込める。
 
 「お、俺がそんなのを見るわけがないだろう?」
 
 「うん、うん。おまえは正義感が強いしな。」
 
 そう言って封筒をニックの隣の席に置く。
 
 「これはここに置いて、と。
俺は昼飯取ってくるから。先に食ってていいよ。」
 
 などと意味ありげな顔をして厨房に向かうバーニィであった。
 
 残されたニックはもちろんそんな封筒は無視して蓮華を取ると天津飯を一口すくう。
 
 
 
 
 バーニィが蟹炒飯と小拉麺のセットをトレイに乗せて帰ってくる。
 
 席に着くやニックのトレイを見て言う。
 
 「なんだ、少食だな。早く食わんと冷めるぞ?」
 
 ニックの前の料理は天津飯が一口分減っているだけだった。
 
 当の本人は蓮華をくわえたままを真剣に迷っている様子である。
 
 『そんなに気になるなら見りゃいいのに。』
 
 と思うバーニィであったがもちろん口にはしない。
 
 「さーて、アルファちゃんってばどんな娘なのかいなっと。」
 
 蟹炒飯を一口含みながら封筒を開ける。
 
 ニックからは見えないようにクリップに綴じられた数枚の文書の表紙をめくった。
 
 「お? 身体測定のデータもあるじゃないか!」
 
 - ぴくっ -
 
 固まっていたニックの蓮華が少し揺れる。
 
 「おぉ! そんなにあったのか!?
やっぱツナギの上からじゃわからんよなー。」
 
 - ぴくぴくっ -
 
 
 「ほぅ 牡羊座か。
あれ、ミスプリントか? いくらなんでもこんなに若いわきゃないよな。」
 
 「どした?」
 
 聞いているだけには耐えられず、ついに口を出すニックである。
 
 バーニィも内心では笑いながらも件のミスプリント部分を指し示す。
 
 それは身上書によくある誕生日の欄だった。
 
 ニックもバーニィの指先に目をやる。
 
 が、ふと目の端に映った文字から目が離せなくなる。
 
 それは特記事項の欄。
 
 ニックは自身で確かめるように口にした。
 
 「A7M1型ロボット?」
 
    
 

 
     −あとがき−
 第15話のつづきです。
 
 さぁ、ついにアルファの正体を知ってしまったニック。
 彼のココロはアルファから離れてしまうのか!?
 それとも...
 
    


第16話第4章 目次 第17話(後編)

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