カマクラ

 会社からバスに乗ってカマクラに行った。カマクラには大きなリゾー トホテルがあり、カマクラに辿りついた人は続続とそのホテルに吸い込 まれて行く。

 ホテルの縁側では、池の中で花火大会をやっていた。小さな花火が次々 と打ち上げられ、水面60センチほど上で小さな花を咲かせていた。

 バスに乗ってカマクラに行くのは非常にたやすいことだ。隅田川から 東京湾に出てそのまま進めばいい。ある種類のバスは水面を軽やかに走っ て行く。カマクラまでは一直線だ。これはフツウであり、つまらない。 大多数の種類のバスは、もちろん水に浮くことができないから、ぶくぶ くと沈んでしまう。沈んだ先に海底トンネルができている。実はこの海 底トンネルこそが「臨海副都心計画」の主眼だったのだが、愚かな政治 家や官僚、ヒステリックに声を張り上げることしか知らない納税者、こ こぞとばかり為政者を撃つポーズを取りたがる愚かな候補者は何も知ら ない。この海底トンネルをそのまま進んで行けば、すぐにカマクラに着 くのである。カマクラまでを海底トンネルでつなぐこと。これこそが臨 海副都心構想だったのだ。逆に、カマクラからバスに乗ってもどこにも 行けない。海抜に差があって、海底トンネルに入れないのである。それ を知っているのはぼくだけだった。

 暗殺者がぼくを狙い始めた。

 ぼくはカマクラに逃げた。しかし、あのリゾートホテルは暗殺者の根 城だ。こぼれ出た人々をこともなく吸い寄せるなんて、それ以外に考え られない。みんな殺されて駅の裏に埋められるのだ。ある人々は幸運に も殺されずに済む。代わりに、非常に厳しい教育を受けて暗殺者に仕立 てられる。あのホテルの中には(13階から15階にかけて)暗殺者養成学 校もあるのだ。あの巨大さはそれ以外に考えられない。もちろんそんな ことまで知っているのも、暗殺者に狙われる要因だった。ぼくは知りす ぎており、こうなるのは時間の問題だった。暗殺者養成学校には年齢制 限があり、ぼくは教育を受けさせられるには歳を取りすぎていた。

 あんなところに逃げ込んでしまったら、ぼくもみんなと同じように殺 されて、駅の裏に埋められてしまう。それだけは避けなければならなかっ た。

 カマクラにはリゾートホテルと駅を挟んで反対側に秘密結社があり、 ここを頼れば暗殺者から守ってくれる。だが秘密結社には秘密結社なり の問題がある。一度秘密結社と関わりを持つと、今度は弱みを握られて 協力させられるか、悪くすると洗脳されて秘密結社の工作員に仕立てら れてしまう。これも好ましいことではなかった。こちらには年齢制限は ないとはいえ、洗脳されてしまっては死ぬのと同じようなものだし、別 にぼくは年齢のために生きているわけではない。だいたい秘密結社の連 中のやることは、端から見ているとつまらないか、せせこましいか、い じましいか、情けないか、鬱陶しいかのいずれで、ぼくには魅力が感じ られない。殺されるかどうかの瀬戸際に魅力が感じられないもないもの だが。

 もうひとつ、駅の反対側にはおかまバーがあった。ざっと考えて、こ れが暗殺者から逃げるには「手に入れられる中で、最善」の選択のよう に思えた。

 暗殺者はおかまに弱いのだった。それはもう、とてもとても弱いのだっ た。暗殺者養成学校の教育に問題があるのではないかとも言われている が、よく判らない。

(続く -- 2000.06.29)

目次へ
(C) ©Copyright Noboru HIWAMATA (nulpleno). All rights reserved.