非科学戦隊 リスプマン

事件発生

 唐突に事件は怒った。

 それまで順調に進んでいたかに見えるソフトウェアプロジェクトが、 突如火を噴き、暴れ始めたのだった。

 「これは無責任星人の仕業に違いない」

 地球防衛郡総司令部の科学顧問である転載教授・一の谷博士は鋭くも 喝破した。

 「喝破すればいいってもんじゃないんだよ」

 地球防衛郡ウルトラ警備村村長は鋭く突っ込んだ。 「喝破しなければいいってもんでもないけどね。 それはそれとして、無責任星人か。手ごわい敵だ。全員、出動!」

 全員が雄雄しく出動したが、無責任ビームを浴びせられて、全員無責 任になって帰ってきた。たちまちウルトラ警備村が火を噴いた。

恐怖の無責任ビーム

 「言わんこっちゃない。無責任ビームを浴びると無責任になってしま うのじゃ」

 一の谷教授は喝破した。「ま、喝破すればいいってもんじゃないけど ね」

 「でも、喝破しなければいいってもんでもないんだね」ウルトラ警備 村村長はまるで他人事のように言った。一の谷教授は厭な目つきで村長 を睨み、

 「きみには責任感というものがないのかね」

 「無責任ビームを浴びて以来、ありませんなぁ」村長はのんびり呟い た。

 「そんなことを言って、今やウルトラ警備村自体が火を噴いておるの じゃぞ」

 「そうですか。大変ですな」村長はさして大変そうでもなく、のんび りと辺りを見回して呟いた。基地内を隊員たちが無責任に行ったり来た りしていた。緊張感はまるでなかった。これが無責任ビームの第二の恐 怖なのだった。

 「と、あなたは喝破したいわけですな、一の谷教授」

 「そりゃそうじゃ。喝破するのがわしの仕事じゃもん」

 「あなたもお気楽でいいですな。喝破するだけなんて」

 「そう言うけどね。これでなかなか大変なのよ。喝破するのも」一の 谷教授は鼻の頭をぽりぽり掻きつつぼやいてみせた。「間違ったことを 言うと後で批判されるしさ。最近の火山噴火余地連絡会はよくまあ勇気 を出して噴火予測を発表しておるよ」

 「まあ、活火山には常に噴火の余地がありますからな」村長は相変わ らずいい加減に言い放った。一の谷教授はなおも鼻の頭を掻きながら、

 「このままぢゃと、いずれ地球防衛郡基地全体が無責任に覆われるこ とになる」

 それが無責任ビームの第三の、そして究極の恐怖なのだった。

 「そうなったら、地球はおしまいじゃ」

 「はは。そうかも知れませんな」もはや無責任の権化と化したウルト ラ警備村村長は暢気に笑った。恐るべし、無責任。

 「ともあれ、問題は問題だ。火を噴いている以上、消さなければ責任 問題になる」

 「さようぢゃ。きみも無責任のわりにいいことを言うのう」

 「ナニ、無責任ビームを浴びると、言うことだけはいいことを言うよ うになるのです。驚くには当たらんです」

 「なんぢゃ。つまらんのう」

 「真実というのは概ねつまらんものです。おっと、発言には責任は持 てませんがね」

 村長は小ずるく笑うと、急にきゅっと顔を引き締めたふりをして、さ も深刻そうに、「それはそれとして、ともかく火を消さなければ大火事 になる」

 「すごく当たり前じゃのう」

 「この状況を打開できるのはリスプマンしかいない」

 ウルトラ警備村村長は無責任に言い放った。「あとはリスプマンに任 せて逃げよう」

リスプマン出動

 そんなわけでリスプマンは出動した。

 えーと、ひとくちにリスプマンといっても、ブラックとレッドとピン クとグリーンとブルーとイエローがいるのだった。あれ、6人もいたっ け。

 しかし作者も無責任ビームを浴びているので、このまま続けるのだっ た。

 総勢5、6名のリスプマンが出動し、無責任星人と対決した。

 「出動したはいいけど、どうやって闘うんだ」

 グリーンが言った。「おれたち、まだ武器をもらってないぞ」

 「そうだそうだ」ブルーが同調した。「大体、リスプマンて、なんだ。 何の描写も説明もなく登場させられても困る」

 「しかし、そうこう言っているうちに無責任星人が攻めてきたわ」

 いつも冷静なピンクが彼方を見つめながら警告した。確かに向こうか ら、無責任星人としか言いようのない一団がやってきていた。危うし、 リスプマン。

 「しょうがない。適当に闘おう」

 イエローがしょうがなさそうに言い、全員は戦闘態勢に入った。これ は彼らが無責任だからではなく、責任を果たすための伏線がまったく張 られていないからであった。

 リスプマンは適当に闘い、適当に無責任星人と思える一団を蹴散らし た。無責任星人と思える一団は一見無責任に逃げて行った。

プロジェクトの火を消せの巻

 もとい。

まず基地の火を消さなくちゃの巻

 「まあそんなわけで、まずは基地についた火を消さなければいけない わけだけど」

 ブラックが言った。ブラックはリーダーでもないのにリーダー気取り で他のメンバーから嫌われていた。

 「ちょっと待った」ブルーが遮った。ブルーは何かにつけて反対する ため他のメンバーから嫌われていた。

 「またかよ。今度は何だ」イエローがうんざりしたように言った。イ エローはいつでも何に対してでもうんざりしているので他のメンバーか ら嫌われていた。

 「そういう言い方はないだろう、イエロー」

 とたしなめるように言ったのはグリーンだった。グリーンは誰に対し てでも常にたしなめるような口の聞き方をするのでやはり他のメンバー から嫌われていた。

 「そういう言い方はないだろうとは何だ」イエローがむっとして突っ かかった。

 「なんでもうんざりすりゃいいってもんじゃないって言ってるんだよ」

 「おいおい、こんな時にお説教かよ」イエローはすぐにうんざりした。

 「みんな、やめなさいよ」とピンクが口を挟んだ。「まずはこの基地 に蔓延している無責任をやっつけなきゃいけないんでしょ。仲間割れし ている場合じゃないわよ」

 すでにお察しのように、いつでもお姉さんぶるピンクは当然のように 仲間から嫌われていた。要するにメンバー全員が互いに互いを嫌ってい た。ひどいもんである。これはあんまりひどすぎるので早く軌道を修正 しなければなるまい。

 「おれが『ちょっと待った』と言ったのはだな、おれたちは色の名前 で呼ばれるべきではないと思うんだ」

 ブルーが言った。

 「色でなければ何で呼ぶんだ」イエローがうんざりしたように言った。

 「そりゃあこういう戦隊なんだから、決まってるわよねえ」

 レッドが――あれ、レッドはやっぱりいたのか?――まるで答を知っ てでもいるかのように頷いて見せた。レッドはいつでもまるで答を知っ てでもいるかのような素振りを見せるので(以下略)

 「そうだよ。それに決まってるよ」パールホワイトが言った。

 「待て。〈パールホワイト〉って誰だ。そんなヤツいたか?」そう言っ たのはブラックだった。

 「何言ってるんだ。初めからいるじゃないか」ミルクホワイトが口を 尖らせた。

 「おい、口を尖らせる前に、〈ミルクホワイト〉という名前で呼ばれ るお前は誰だ」グリーンがたしなめるように問うた。

 「ひどいなあ。みんなこの戦隊の仲間じゃないか」リリーホワイトが 咎めるような目でグリーンを睨んだ。「三人揃ってホワイト兄弟さ。憶 えていないのかい。忘れちまうなんてひどすぎるよ」

 リリーホワイトの涙目に気圧されながら、既存の隊員たちは話し合った。

 「今度は〈リリーホワイト〉だってよ。知ってるか」

 「そう言われれば、最初からいたような気もするな」

 「いつの間にかいるなんて、座敷ぼっこじゃないのか」

 「大体こういう戦隊は5人くらいのチームが普通だし、全員ホワイト 系の色というのも怪しいぜ」

 「確かに、色の違いはくっきりしていないとな」

 「わたし、ミルクホワイトの顔が嫌い」

 「あんたたち、そんなこと話している場合なの」とピンクが口を挟ん だ。「問題は色の名前で呼ばれるべきでないなら何で呼ばれるべきか、っ てことでしょ」

 「違うよ。ほんとうの問題は基地内の火を消すってことだよ」 ブラックが言うと、ピンクは瞬時に顔をピンク色にして

 「そんなこと判ってるわよ。でもまだその話にたど り着けないじゃない」その後数分間、ピンクはいきりたって罵 詈雑言を撒き散らした。

 ピンクの怒りが収まるのを待って、

 「つまりだな。おれたちは『非科学戦隊リスプマン』だ。てことはだ な。名前は色ではなく、こうなると思うんだ」

 ブルーはそう言いながらいつの間にかそこに用意されていたホワイト ボードに名前を書き出していった。

 「どうだ? カッコいいだろ」

 「まぁLispだけにカッコいいですが」失礼しました。

 「カッコいいけど、最後のSchemeってのはなんだ」グリーンが訊ねる。

 「これはLispの方言のひとつなんだ」

 「これだけLispって名前がついてないのはおかしいよ。不揃い。アン バランス。却下却下」

 ピンクは冷徹に評する。ピンクがいつでも誰に対してでも意味もなく 冷徹な批評をするため他のメンバーから嫌われているのはすでに述べた 通りである。

 ブルーはむっとして答える。「だからおれはLispの名前シリーズにす るのは反対だったんだ」

 「おれはそのシリーズ、いいと思うんだが」リーダーでもないくせに リーダー気取りのブラックが考えながら、「しかし、名前が五つしかな い。メンバー全員に行き渡らないんじゃないか」

 「それは、作者の勉強の足りなさ、知識のなさを露呈しているものと 思われるわ。Lisp処理系の名前、思ったほど知らないのよ。自分の故郷 はLisp国、なんて言っておいて、所詮この程度なんだ」

 ピンクが冷徹にメタフィクション的批評を下す。

 「だからってここでLispの歴史をほっくり返すのは大変だぞ」イエロー は早くもうんざりした声を上げる。

 「それなら、名前の数に合わせて隊員の数を減らそう」グリーンはた しなめるように言う文脈ではないにも拘らずたしなめるように言った。

 そうしようそうしようとひとしきり騒いだ後で、では誰誰が消えるの かということでひと悶着ふた悶着あったがここでは割愛することにする。 この場面がいい加減長すぎるのである。

 そうしてようやく、非科学戦隊リスプマンの隊員の名前が決まった。 もとの誰が誰になったのかは不明である。従って各隊員の性格づけもク リアすることにする。

名前もそれらしくなったところで、ともかく基地の火を消さなくちゃの巻

 「さて、改めて、まずは基地についた火を消さなければいけないわけだけど」

 リーダーのマックが言った。

 「おお。なんか感じ出てるなあ」フランツがちょっと感動したように 言った。

 「ふたりはそれらしい名前だからいいけど、おれなんかインターだよ。 なんか厭だなあ」

 「えー、ぢゃあスキームって私ぃぃ? カッコ悪〜い」紅一点、スキー ムは不満たらたらの様子だ。

 「それなら、コモンはわしぢゃな」顧問の一の谷教授が洗われて言っ た。「諸君、これからはわしを『一の谷コモン』と呼ぶように」

 「ちょっと教授、コモンはぼくです」コモンが教授の袖を引っ張る。

 「なんだきみ、いたのか。目立たんものぢゃから気づかんかったわい」

 「たわいじゃありませんよ、まったく。何しに来たんです?」

 「うむ。ちょっとアドバイスをな」

 「何のアドバイスです」

 「基地内の火を消すには、まず、ガスの元栓を閉めて」

 即座に一の谷教授は全員にぼこぼこにされた。

 「ほんとうは違うんじゃ」包帯だらけの一の谷教授はへろへろになり ながら言った。「諸君、基地の火といえども、おろそかにはできんぞよ」

 そう言うと勝手にフランツの椅子に坐って葉巻を吸い始めた。

 「ぞよじゃありませんよ」マックが迷惑そうに眉を顰めて、「誰もお ろそかにしてません。それに、疎かにしちゃいけないだけで済むなら、 とっくに火は消えてます。それだけでは済まない何かがあるのですか」

 「おお、さすがはマック。論理的、かつ勘も鋭いのお」

 一の谷顧問教授、または教授顧問は、目を細めてマックを見た。

 「いとおしそうに目を細めたといってもわしはホモじゃない。実はな、 いま基地内に渦巻いておるこの無責任は、伝染する」

 「伝染性無責任だと言うんですか」フランツが驚いたように言った。 自分の考えた病名(?)を先に言われた一の谷教授はむっとして、

 「ま、まあな。そういう名前をつけるのもいいかも知れん。わしなら もそっとセンスのいい名前にするが。ともあれすでに無責任化しておる 連中に近寄ると、すぐに伝染してしまうのぢゃ」

 「隔離はしたんですか」

 「隔離しようと取り押さえたら、たちどころに伝染した。いまや野放 しぢゃ」

 「それでは無責任はたちまち基地に蔓延しちゃうじゃないですか」ス キームが目を丸くして叫ぶ。一の谷教授は深刻そうに頷き、

 「そこで、『抗無責任薬』というのを試作してみた。これを飲むと、 一時的にじゃが責任感が回復するようになる」

 さすがは転載教授である。

 「さすがは転載教授ですねえ」インターが感心したように言った。

 「原因も判らないのに薬を作っちゃうなんて、まさに転載以外の何者 でもないわ」スキームは教授をうっとり見つめた。教授は照れ臭そうに、

 「いや、なに、今日び思いつきでこれ程度のものを作れんようじゃ、 転載教授の名に値しないからの。それにこの薬はまだ試作品じゃ。あく まで対症療法で、しかもせいぜい半日しか持たん」

 「つまり、可及的速やかに基地内の無責任を根絶しなければならない ということですね」

 いつもながら呑み込みの早いマックが頷いた。 「よし、みんなこの薬を飲んで、さっそく出動だ」

 全員が力強く応じた。「おう!」

基地の火は消えたものの

 リスプマンの活躍によって地球防衛郡基地の無責任は根絶し、かろう じて火を消し止め、基地は以前の落ち着きを取り戻した。

 「あやういところだった。一時はどうなることかと思った」

 ウルトラ警備村村長は汗を拭った。

 「これというのもリスプマンたちのおかげだ」ウルトラ警備村村長は ついさっきまで無責任だったことなどけろりと忘れたかのように重々し く言った。

 「まったくです」隊員も汗を拭った。「基地から無責任の脅威が去っ たところで、お話の展開上明確にしておかなければならないことがあり ます」

 「なんだね、一体」

 「ウルトラ警備村とリスプマンの関係です。それぞれは違う種類のヒー ローものから題材を取っているわけで、両者の折り合いがつかないので はないかと」

 「いいじゃん、つかなくたって」まだ少し無責任が残っているかのよ うな口調で村長は言った。「別に誰も気にしてないしさ、そもそもが 『思いつきで始めた話がいったいどこまで書き切れるか』という実験で もあるんだし」

 「ほんとうですか? 何だかそれもとってつけた理由のような……」

 「いいじゃないか。きみにはきみにふさわしい舞台がある。この世界 ではリスプマンに席を譲ってやりたまえ」

 村長に肩を叩かれ、隊員はウルトラ・アイをそっと屑籠に捨てた。

 「さて、とはいうものの、肝心のソフトウェアプロジェクトでは今だ に火を噴き続けている」村長は厳しい顔で、「この火を何としても消さ なければならない」

 「この話の流れで言えば」唐突にそう言ったのは唐突に顔を覗かせた 一の谷博士であった。

 「火消しはリスプマンに任せた方がよろしいな」

 村長はさすがにむっとして、「唐突に出てきて唐突に我々の存在意義 を否定するようなことを言わないでください」

 「ぢゃが、事実じゃ、それが。倒置法で言えば、そういうことになる」

 「正叙法でいうと?」

 「それが事実じゃ」

 「つまりあなたはウルトラ警備村は不要だとおっしゃりたいんで?」

 「そこまでは言うておらんが、警備村がまったく役に立たずあまつさ え無責任になって帰ってきた事実、基地内の無責任の広まり方、リスプ マンの活躍によってかろうじて危機を脱出したことを考えると、今回の 事件は警備村の手に余ると見た方がよい」

 「論理的かつ客観的ですな」

 「転載教授にして科学顧問じゃからな。つまり今回の敵に対して地球 防衛郡およびウルトラ警備村は本質的な弱点を抱えておるとわしは見た。 巨大組織に内在する、巨大組織であるが故の弱点じゃ。もうひとつ、リ スプマンによって『無責任星人と思える一団は蹴散らした』が、まだ完 全に倒したわけではない」

 「ヒーローもの30分番組的に言うと、中に挟まるコマーシャル前の一回目の対決で優勢勝ちしたものの、後で逆襲があるってわけですね」

 「わしはヒーローものを30年見続けてこの理論を導き出した」一の谷 博士は遠い目になって呟いた。

 「ウルトラシリーズしかり、仮面ライダーシリーズしかり、……」

 「そういうことなら仕方ありません」村長は恍惚し始めた博士を放置 して、隊員に言った。「あとはリスプマンに任せて逃げよう」

無責任星人をやっつけろの巻

 「……つって、駆り出されてもなあ」フランツがぼやいた。「少しは 戦隊らしくなったとは言っても、まだなんというか……」

 「必殺技もないんだよな、おれたち」インターが後を続けた。マック が頷いて、

 「そうそう。開発する暇もありゃしない。これではまだおれたちは烏 合の衆とかわるところがない」

 「そうこういってるうちに、プロジェクトが見えてきたわ」

 スキームが双眼鏡を覗きながら言った。そのことばどおり、遥か前方 に、火を噴き暴れ続けているソフトウェアプロジェクトの姿が現れつつ あった。

 「ひどいもんだな、あれは」「右往左往している」「全員疲れ切って いるぞ」「しかもみんな無責任だ」「無責任じゃない人もいるんだろう がなあ」「あ。いた。でもすぐに倒れた」「あ、また倒れた」「でもこっ ちのヤツは知らん顔してる」「無責任だからな」「あ、またまた倒れた」

 「こりゃいかん。みんな、休出だ。もとい、救出だ」

 「おう!

 リスプマンたちは全速力でプロジェクトの現場に向かった。一の谷博 士開発による抗無責任剤を投与し、まずは応急処置をしなければならな い。しかし、そうは簡単に問屋が卸さないのだった。なぜなら抗無責任 剤は試作であって厚生省の認可が下りておらず、問屋が扱っていないか らであった。

 もとい、リスプマンたちの行く手を遮るものがあったのだった。一旦 は蹴散らされて逃げた無責任星人と思える一団だった。

 「出たな、無責任星人め」

 マックは一団を睨みつけた。無責任星人と思える一団は無責任星人と 思える一団らしくへらへらしていた。

 「みんな、list攻撃だ!」マックは叫んだ。

 list攻撃とは、分散している敵をひと繋がりのリストにしてしまう、 リスプマンの必殺技である。

 「待てよ。まだ必殺技なんか開発してないって、ちょっと前に書かれ たばかりじゃないか」フランツが異を唱えた。

 「細かいことを言っている場合じゃない。いいか、おれたちはリスプ マンだ。リスプマンである以上、潜在能力はあるんだ」

 「そうか。何だか判らないけど、闘える気がしてきたぞ」

 「ようし。ぶっつけ本番だってかまわないわ。みんな、やろう」スキー ムが叫んだ。全員がその声に力強く頷いた。

 list攻撃が炸裂した。無責任星人と思える一団は見事にひとつのリス トに絡めとられた。

 「このように分散している要素もリストという形にしてしまえば処理 しやすくなるのです」コモンが解説した。

 「リストにしたからって安心するのはまだ早い。敵の攻撃力が弱まっ たわけじゃないからな。お次はquote攻撃だ」

 「quote攻撃とは、任意のS式を《引用》する、つまりさらに別のリス トの中に括り込んでしまう、リスプマンの必殺技である」コモンが解説 した。「Lispインタープリタは原則としてリストのトップレベルしか評 価しないから、これにより、敵の攻撃を無力化することができるのだ」

 リスプマンは無責任星人と思える一団をquoteした。

 「これでよし。後はやつらを退治するだけだ」インターが言った。

 「どうやってやっつける?」とフランツ。

 「第一話でもあるし(ぉいぉい、連作決定かよ)、まずは地味に手堅 くsetqじゃないか」

 「よし。じゃあsetq攻撃だ」

 「setq攻撃とは、敵のリストをある変数に代入しておいて、その変数 に別の値を代入することで敵を粉砕する、リスプマンの必殺技である」 とコモンが解説した。

 リスプマンは初めてとは思えない見事な連係で無責任星人と思える一 団のリストにnilをsetqした。こうして無責任星人と思える一団はnilに よって無化された。

 「勝ったわ……」スキームは敵の残骸を見つめながら放心したように 呟いた。

 「手強い相手だった……」マックが汗を拭いながら言った。

 五人はお約束どおり、断崖に並び立ちしばし夕日を見つめた。

改めて、プロジェクトの火を消せの巻

 リスプマンはようやくプロジェクトの現場に到着し、次々と抗無責任 剤を投与していった。抗無責任剤によって元気を取り戻した人たちがプ ロジェクトに主体的に関与し、責任感を持って作業をこなし始め、崩壊 寸前のプロジェクトは持ち直したかのように見えた。

 「あくまでも『かのように見えた』だけじゃよ、諸君」とコモンが言った。

 「む。その声、その喋り方は、一の谷博士」

 「さよう」コモンがヘルメットを脱ぐと、一の谷博士の顔が現れた

 「困りますよ、コモンのコスチュームを勝手に着ちゃ。何やってるん です」

 「いや、一度その、戦隊の一員として闘ってみたかったもんで」

 「もんでじゃありませんよ。解説してばかりでぜんぜん闘ってなかっ たじゃないですか。どうも変だと思った。コモンはどうしたんです」

 「彼ならいま基地でわしになり済ましておる」

 「困るなあ」マックは困ったおっさんだという表情で博士を見つめた。 「こういうことはこれっきりですからね。まったく、油断も隙もあった もんじゃ」

 「そう言うな。それよりこのプロジェクト、早く救わねば。抗無責任 剤の効果はすぐになくなる」

 「どうしましょう」

 「残念ながらまだ抜本的な対策が見つかっておらん。抗体移植によっ て救うしかあるまい」

 「判りました」

 リスプマンは手分けして、各地のプロジェクトから、まだ無責任化し ていない人員を探し出した。この人たちを問題のプロジェクトに注入し、 蔓延する無責任への耐性を増すのである。なんだかまるで本当に医療の アナロジーみたいになってきたが、まあいいだろう(何がだ)。

 こうして、一度は破綻したソフトウェアプロジェクトは奇蹟的に立ち 直った。納期はけっこう遅れたものの、もっとも重要である品質の問題 にまで発展することはなかったのである。めでたし、めでたし(おぃ おぃ、めでたかぁないだろ)

ウチアゲ、そして新たなる敵

 リスプマンは近所の居酒屋でウチアゲをした。一の谷博士も、今度は ちゃんと一の谷博士の恰好で出席していた。

 「まあどうにかこうにか、何とかなってよかったよかった」

 乾杯の後、マックは言った。

 「いろいろ、問題は残したけどね〜」スキームはちょっぴりふっ切れ ない表情だ。

 「そう言うな。気にし出したらきりがないよ。おれたちはとりあえず ベストを尽くした」

 「しかし、油断は禁物じゃ」

 「どうしてですか。博士の抗無責任剤も効果を表したし、抗体移植も 有効性を確認できたじゃないですか」

 「真の原因究明、真の原因の撲滅になっておらん」

 さすがに科学者らしく、博士は厳しく言った。

 「でも無責任星人はやっつけました」とスキームが言った。

 「うむ。あれは見事であった」

 「もう無責任ビームなんてものも乱射されないし、あとは残存する無 責任をじっくり治療すればいいんじゃないんですか」

 「それが、そう簡単にはいかないようなんじゃ」

 「どういうことです」

 「実はな、今回の無責任の原因は、無責任星人ではない」

 「なんですって。じゃあ、あの星人たちは……」

 「よく地の文を読みなさい。あくまでも『無責任星人と思える一団』 としか書いてないじゃろう」

 「あ、ホントだ。てことは、やつらは?」

 「ただのエキストラか張りぼてじゃろう」

 「……しかし、最初に『無責任星人の仕業に違いない』と喝破したの は、他ならぬ博士ですよね」

 「そりゃ、喝破するのがわしの必殺技じゃからな。でもそれが正しい なんて言った憶えないもん」

 「なんだとこのおっさん」「責任感がないぞ責任感が」「お前も無責 任化してるんじゃないか」「ぼこぼこにしてやれ」

 博士はぼこぼこにされたちまち包帯だらけとなった。

 「じゃあ、無責任ビームというのは?」

 「それはわしが言ったことじゃないも〜ん」

 「なんだとこのおっさん」「責任感がないぞ責任感が」「ぼこぼこに してやれ」

 博士はまたぼこぼこにされ、包帯の量が二倍になった。

 「……さ、作者もぼこぼこにしてくれよな……恐らく《敵》は、ビー ムのように見せかけて、実はもっと恐ろしいものをばらまいていたのじゃ ろう」

 「それは何です」

 「何なのかは、さしものわしにもまだ判らん。目下研究中で」

 「研究中なら研究に専念しろよ」「暢気にこんなところで酒飲むなっ つーの」「緊迫感がないぞ緊迫感が」「ぼこぼこにしてやれ」

 博士はさらにぼこぼこにされ…………

 「し、しかし、抗無責任剤が効くところを見ると、だいたいの推測は つく。今はまだある種の《もの》としか言えないが……正体が判れば、 対策も自ずと判ってこよう」

 「それを誰がばらまいたんです」

 「どうやら、人類総無責任化によって地球征服を企む、悪の秘密結社 がいる」一の谷博士は厳しい表情で全員を見回した。「今回の事件はそ の一端、端緒、革切り、手始め、腕試しに過ぎんじゃろう」

 全員の顔が一気に引き締まった。さすがはリスプマン。

 「諸君、これから長い闘いになるぞよ」

 「はい」全員が声を揃えて答えた。

 そう、今回は彼らの勇気と機転により、敵を倒した。お茶目な一の谷 博士の必死の研究の助けもあり、一度は破綻したプロジェクトも救った。

 しかし、この世に悪がはびこる限り、たまにウチアゲはできても、リ スプマンに休息の日は訪れないのだ。

 がんばれ、リスプマン。闘え、リスプマン。ソフトウェア開発の未来 はきみたちの肩にかかっている。

(おわり -- 2000.08.05)

この物語は虚構です。登場する、あるいは引用/言及される個人、団体、 事件等はすべて架空のものです。現実世界との関連性を想起させる要素 があったとすれば、それは偶然の一致であり、作者の意図するところで はありません。
目次へ
(C) ©Copyright Noboru HIWAMATA (nulpleno). All rights reserved.