38.高槻市萩谷長賢寺道標

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高槻市萩谷399 府道115号中萩谷バス停より南長賢寺へ下り集落の南端のX字辻を10m南、道の東側に西を正面に建つ
(民家の門前にある道標の少し南で、真南へ向かう自然道と、谷筋への廃道が分岐している)
尖頭型角柱 61x西面17x南面13p(頂高3p)(北面14p)
N34.889572 E135.577298


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西面
┌―――――――――――――――――――┐
│ すぐ柳谷道             │
└―――――――――――――――――――┘

北面
┌―――――――――――――――――――┐
│(なし)               │
└―――――――――――――――――――┘

南面
┌―――――――――――――――――――┐
│(なし)               │
└―――――――――――――――――――┘

東面
┌―――――――――――――――――――┐
│(なし)               │
└―――――――――――――――――――┘


(『高槻の道しるべ』高槻市教育委員会発行、昭和58年刊では、81)
(同書は、少し南から移設された。としている。)
(通常の集落であれば、川下から道が登って来て行止りとなるが、ここは上部に通る府道から沢筋に下って行止りとな
 る。X字辻と表現したのは、山に向かい右側はさほどではないが、左側は南へ急な登り道、南へ急な下り坂となって
 おり、到底四辻をイメージが出来ない為である。左上南への道と、右横北への道は何れも上部の府道に続くU字道の
 一部分であるが、何方も軽四輪でさへ通れないと思う道幅である。
  この様な地点で「すぐ柳谷」がどの道を指すかを判定するのは至難の業であるが、前書の助けを借りて、谷筋を離
 れ真南に進む自然道と、現在ではすぐ先で道がなくなるやや東寄りの谷を下る道との分岐点で、北面していたと思わ
 れ、谷筋へ下る道を「すぐ」で示すことが出来る位置に有ったとしたい。この道は多分原下條へ出る道であったと思
 う。)


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【1.道標北のX字辻を 【2.道標を南に望む 【3.道標を北に望む
 南に望む、左手摺の  縁石左に当道標  後方の竹藪辺り
 切れた辺りに当道標】  その後ろ左は民家へ】  が長賢寺かと思う】

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【4.道標西面拡大 【5.道標を南に望む 【6.道標上面より
 「すぐ柳谷道」  赤標識の後ろに  長方形でなく台形か
 と読める】  三ツ辻あり元位置か】  下辺が西面となる】

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【7.道標南50m辺りから
 道標方面を振り返る
 この下100m左岸へ渡渉可】

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【8.高槻中部の道標】
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【9.高槻南部の道標】

 2023/5/25 更新
 「萩谷山中地蔵道標」が確認できたのでその記述を削除し、関連する語句を変更します。
 並びに、当道標の写真を一部追加しておきます。又、写真を撮り忘れたので説明しておきますが、写真1のX字辻は災
 害対策の為かコンクリート擁壁に代わっており、上部中萩谷バス停への道は通行止めであった。

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【10.道標西面拡大
 「すぐ柳谷道」
 と読める】
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