33.神戸市北区大沢町中大沢一本松の道標

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神戸市北区大沢町中大沢 県道82号の大沢小前交差点から南340mの三ツ辻を西に折れ道なりに南方へ1q
車道が尽きる三ツ辻を南ゴルフ場へ70m、道の西側の祠内に北を正面に建つ
蒲鉾型角柱 77x24x18p(頂高8p)(下部より17、37、65pで折れ四分)(台石15x43x26p)
N34.844369 E135.165456

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北面
┌─――――――――――――――――┐
│ 右ハのせ神田□王志ま      │
│南無大師遍照金剛         │
│ 左ハ眉よぶひ□うごみち     │
└―――――――――――――――――┘
(「王志」は変体仮名「わし」で「右ハ野瀬神田粟嶋」か)
(「眉」は「ビ」□は「よ」と見て「左ハ屏風兵庫道」か)

西面
┌─――――――――――――――――┐
│文化五戊辰六月廿一日       │
└―――――――――――――――――┘

南面
┌─――――――――――――――――┐
│(なし)             │
└―――――――――――――――――┘

東面
┌─――――――――――――――――┐
│奉納四國八十八所供養       │
└―――――――――――――――――┘


(文化五(戊辰)年六月廿一日は、西暦1808年7月14日木曜日となる。この年六月に閏月あり。)
(『神戸の道標』山下道雄、神戸新聞、1985年刊では46)
(今建つ地点は一応三ツ辻に見えるが明治の地図を見ると当地に辻は無く、ここより500m南に四辻が見え
N34.840608 E135.166596
 辺りであろうと思うが、そこなら右(西)に下って神田へ、まっすぐ進むと瀧へ、東に下ると弁天宮のある皿池へ
 出ると思われる。そこに有ったものとしても良いが、この道標の案内に「すぐ」(直進)が無く不自然である。
  依って、地図に載らない道がここから西の谷筋へ下り神田へ続いたものとして、元の位置のままであるとしたい。
 尚、現地点の北70mにある今の『太陽と緑の道』の案内がある三ツ辻は、明治の地図には無く昭和62年地図から
 ようやく記載され始めており、その頃に新しく道が付けられて出来た辻と考えられ、当道標とは無関係であろう。)
(行先の右(南西)「のせ」は現在の淡河町野瀬、「神田」も同町神田、一字欠けたものを「あわしま」と見なして
 「粟嶋神社」に比定し、西の谷筋へ下って、先ずは「神田」に向かう事になり、案内に不都合はない。
  左に書かれる「眉よぶひ□うごみち」は「眉」を「ビ」と読み、欠けた部分を「よ、や」等にし「屏風、兵庫」
 として、明治の地図で南への聯路として描かれる尾根筋道を「瀧」、「屏風辻」へと取ればこれも納得できる。)
(『大沢町誌』に北向き地蔵とあり、現在(2020)は祠状の覆い屋根が付けられ、前垂れや鈴なども飾られているが
 よく見ると地蔵ではなく、四分された最上部が頭の様に見えるだけで、題目にある様四国八十八ヶ所参拝供養塔で
 あり、地蔵や仏像を彫ったものでは無く、「南無大師遍照金剛」とは弘法大師に帰依するの意との解説があった。)
(「左」に進めば「八多町西畑256の道標」に出たであろうが、現在はゴルフ場等で500m南の旧四辻(前述)を
 東に下り皿池に出てしまう。)
(石質は柔らかく四つに折れたのであろうが最上部の石の長さ(高さ)が12pと短く、自然或いは事故で折れたとは
 考えにくく故意に壊された可能性(明治の廃仏毀釈か)が感じられる。今も修復されたとは言い難く単に積み上げ
 ただけの状態である。
  奇特な方の行為で雨だけは避けられているが、その為か道案内が見え難くなっているのは残念である。)
(北面「左ハ」の下の読みは変体仮名とすれば「里」が一番近いと思うが「ハりよぶ」或いは「りよぶ」で表現され
 る地名は無く、「遍」として「へよぶ」で「びょうぶ」と読めるものか分らず、苦し紛れの策で漢字「眉」とした。
 お分かりの方はご教授いただきたい。)

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【1.車道が尽きる三叉路 【2.道標を南に望む 【3.道標を北に望む
 から南道標方面を望む  祠中に当道標あり  奥(北)大沢小交差点1.4km
 立木右を70m、右側】  右、未踏査神田へか】  背後、皿池、ゴルフ場へ】

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【4.道標北面左上部 【5.道標北面中央部 【6.道標北面右上部
 「左ハ眉よぶひ…」  「南無大師…」は  「…神田」の下が
 と読み下したが】  弘法大師であろう】  一字欠けているか】

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【7.道標北面左下部 【8.道標南面上部 【9.道標北面右下部
 「ひ…うごみち」は  最上部は頭でなく  「…王志ま」から
 「兵庫道」であろう】  角柱の一部である】  「あわしま」「粟嶋」】

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【10.道標北面拡大 【11.道標西面上部 【12.道標東面下部
 地蔵と勘違いか  「文化五…」の  「…國八十八所…」から
 前垂れが掛かる】  「文」は左に寄る】  四国巡礼供養塔である】

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【13.北区東部の道標】
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