5.大阪市福島区鷺洲本町2の道標1

↓末尾へ 文字ずれ時はブラウザの幅や「Ctrl」と「+」、「-」キーで倍率変更等して下さい。
大阪市福島区鷺洲本町2−14−1 了徳院境内北東部地蔵堂東に南東を正面に建つ
(南15mに「鷺洲本町2の道標2」がある。)
蒲鉾型角柱 110x36.5x22p(頂高10p)像部47x16x4cm、蓮華座8x21x5cm、像より+8p杓、(基部6pは高さに含む)
N34.698661 E135.483225


写真himg3186

写真himg3188

写真himg3190

写真himg3192

南東面
┌─――――――――――――――┐
│六親眷族菩提 右ハ了徳院   │
│(立像)           │
│       左ハざい道   │
└―――――――――――――――┘

北東面
┌─――――――――――――――┐
│専光童子           │
│知證信女 川口田代      │
│清澄信女 同 伊代      │
│一夢童女           │
└―――――――――――――――┘
(「専」を「雪」との資料あるも、旧字であろう)

北西面
┌─――――――――――――――┐
│(なし)           │
└―――――――――――――――┘

南西面
┌─――――――――――――――┐
│宝暦八年寅卯月八日      │
└―――――――――――――――┘
(「卯月」は四月であろう)


(宝暦八(戊寅)年四月八日は、西暦1758年5月14日日曜日である。)
(『大阪の街道と道標』武藤善一郎、平成11年発行では、604)
(南東面の「六親」は父、母、兄、弟、妻、子。 または、父、子、兄弟、夫、妻など親族のすべてをさし、「眷族」
 は血のつながりのあるもの、一族という意味らしく、北東面に書かれた人々等の供養のために建てた道標であろう。
 「了徳院」は現在(2020)浦江聖天として知られ、当道標の置かれている寺である。元文4(1739)年に再建され
 たようで、位置は変わっていないと思われる。
 「ざい道」は「在所道」であろう。)
(お寺の方にお聞きしたところ、移設されたらしいが、何時、何処から等は分からず、境内でも動かしたとの事。
  元位置を検討するにあたって、太田南畝『葦の若葉』享和二年三月二十五日(1802年4月27日火曜日)に野田藤
 見学後、了徳院を訪れる記述がありこれを参考にした。明治後期に大和田街道(梅田街道、現環状線福島駅北側)
 とされる道に出て、東から西に進んだ様子が書かれ、その道筋で了徳院(聖天)への案内が欲しくなる地点を近辺
 に求めた。特に明確な根拠もなく不確かであるが、明治17年の地図を用いて出した結論だけを書いておく。
 大阪府大阪市福島区鷺洲2−10−1の「聖天モール」の辻(現在は四辻)
N34.697721 E135.482856
 辺りの三ツ辻(17年地図で橋の西)北西部に南東面して置かれていたとしたい。
  この時「左ハざい道」は浦江村への道となり、「ざい」の表現からすると供養塔の施主はこの村に居住されてい
 たのかも知れない。了徳院の案内に主眼を置けば、寺の信者などとも考えられる。戒名が四つもあり、一度に沢山
 の方を亡くされた人なのかも知れない。
 一方の「右ハ了徳院」は北への道を示し、現鳥居まで50m程であったと思える。)
(太田蜀山人『葦の若葉』は国会図書館デジタルアーカイブ「蜀山人全集、巻1」のコマ30辺りから参照出来ますが、
 一部を下に載せておきます。
 「上福島のかたにゆくに…妙徳寺黄檗宗なり、…久安寺鐵梅庭に梅の木あり、小き寺也、それより麦畑をつたいて
 左のかたにゆく、小流の橋を渡り了徳院にいたる、池に杜若さかりなり、紫の藤棚あり、…浦江村(…)大仁寺の
 方にゆく道有しも、ゆかすしてただちにゆけば、梅田の墓所にいたれり」以上。)

写真himg3231 写真himg3233 写真himg3427
【1.道標を北に望む 【2.道標を北西に望む 【3.道標を西に望む
 右は地蔵堂  左(南西)本堂へ  右端が当道標
 左端が当道標】  右手前、地蔵堂】  左枠外に池あり】

写真himg3217 写真himg3193 写真himg3221
【4.道標南西面上部 【5.道標南東面上部 【6.道標南東面上部
 「宝暦八年寅」  「六親眷属菩提」  四名の戒名
 と読める】  立像は不明】  が読める】

写真himg3219 写真himg3194 写真himg3198
【7.道標南西面下部 【8.道標南東面下部右 【9.道標南東面下部
 「…寅卯月八日」  「右ハ了徳院」  二名の姓名か又は
 と読める】  今はそこに置かる】  住所と名前か】

写真himg3184 写真himg3196 写真himg3185
【10.了徳院案内図 【11.道標南東面下部左 【12.道標を北に望む
 右上に地蔵堂  「左ハざい道」は  立像の厚みが
 道標はその西】  在所道と同じか】  4pもある】

写真himg2312
【13.大阪市福島区の道標】
文字ずれ時はブラウザの幅や「Ctrl」と「+」、「-」キーで倍率変更等して下さい。 ↑先頭へ