23.大阪市天王寺区夕陽丘5の道標

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大阪市天王寺区夕陽丘町5 大江神社西参道(崖下)鳥居南に西を正面に建つ
角柱 187x33.5x27.5p(頂高6p、頂部三方面取り)
N34.657098 E135.511273


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西面
┌─――――――――――――――――――┐
│大江神社               │
└―――――――――――――――――――┘

南面
┌─――――――――――――――――――┐
│天王寺                │
│      博勞稲荷東前(二山印)平新│
│ 通りぬけ              │
└―――――――――――――――――――┘

東面
┌─――――――――――――――――――┐
│(なし)               │
└―――――――――――――――――――┘

北面
┌─――――――――――――――――――┐
│慶應三丁卯九月中旬建之        │
└―――――――――――――――――――┘


(慶應三丁卯九月10日とすると、西暦1867年10月7日月曜日となる。)
(『大阪の街道と道標』武藤善一郎、平成11年発行には、未記載
 『大阪市立博物館研究紀要第三冊』1971(昭和46)年発行には、未記載)
(基本は社標であるが、南面に「天王寺通りぬけ」とあり道標と見なせる。上町台地の西崖下に位置し、東側は人目に
 触れない為か上部の面取りがされておらず、他の三方が6cmの半径で丸く削り落されて珍しい形をしている。)
(この神社の参道が階段で真っすぐ上がるのに対して、鳥居を潜らず右に10m迂回すると「愛染坂」と呼ばれる階段よ
 り勾配の緩い坂道があり、通常ならばこちらを通る人が多いはずである。何方を通っても同じ場所に出るのであるが、
 神社としては「参道を使って一参りもお願いし、四天王寺へも抜けれます。」と願っているのかも知れません。
  尚、この南(動物園内)にも「天王寺ぬけみち」とする道標がある様で、坂道が結構辛かったことをうかがわせる。
 「ぬけみち」や「通りぬけ」等の表現は時々見かけ、「伊丹市昆陽寺山門前常夜灯」等から参照下さい。)
(碑面の内容からして現南面が見えやすい位置にあったと思われ、元は鳥居の北側に建っていたと考え、近接移設とし
 たい。)
((二山印)と表現したが、家紋では「違い山形」と呼ばれるようであるが、商標等かも知れない。「博労町」は今も
 あり、稲荷は中央区博労町4丁目1−3の「難波神社」に有る様だ。「東前」は南側御堂筋よりであろうか。)

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【1.道標を南東に望む 【2.道標を東に望む 【3.道標を北東に望む
 奥、左へ廻り込み  階段上に神社境内  左奥、は行止り
 愛染坂へ】  真直ぐ抜け谷町筋へ】  左(西)松屋町筋へ】

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【4.道標北面上部 【5.道標西面拡大 【6.道標南面拡大
 「慶應三丁卯九…」  「右てん志゛…」  もしこの位置なら
 と読める】  右天神であろう】  右は西、左は南を指す】

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【7.道標北面下部 【8.道標南面上部 【9.道標南面下部
 「…九月中旬建之」  「天王寺」  「博勞稲荷東前」
 と読める】  「通りぬけ」とある】  「…平新」は屋号か】

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【10.道標上部を北西に望む 【11.東参詣口を西に望む 【12.道標を西に望む
 東面は面取りせず  左側(南)が愛染坂  鳥居左後ろに
 切り落とした感じ】  奥階段を下り道標へ】  当道標がある】

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【13.大阪市天王寺区の道標】
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