78.神戸市北区谷上東町の道標

↓末尾へ 文字ずれ時はブラウザの幅や「Ctrl」と「+」、「-」キーで倍率変更等して下さい。
神戸市北区谷上東町14−10 県道15号の谷上駅前交差点を東に500mの三ツ辻を南に折れ40m、極楽橋北詰の西側
に北東を正面に建つ
自然石 108x69x43p
N34.763507 E135.176119


写真iimg1235

写真iimg1236

写真iimg1259

写真iimg1260

北東面
┌─―――――――――――――――――――┐
│右 三木 あかし            │
│      兵ご            │
│         (道)        │
│左 まやさん なだ           │
└――――――――――――――――――――┘
(( )部は『神戸の道標』より)

北西面
┌─―――――――――――――――――――┐
│(なし)                │
└――――――――――――――――――――┘

南西面
┌─―――――――――――――――――――┐
│すぐ      道           │
│  ありま 三田            │
└――――――――――――――――――――┘
(「道」は推定)

南東面
┌─―――――――――――――――――――┐
│(なし)                │
└――――――――――――――――――――┘


(『神戸の道標』山下道雄、神戸新聞、1985年刊ではbX9)
(『神戸の道標』に載る写真より深く埋められており、下部の「道」が見えなくなっている。)
(上書では「この道標の前を東西に通じる道は湯乃山街道であった。左の道は橋を渡って炭ヶ谷を登り、獺池経て摩耶
 山へ行く。」としている。現在では道標の北40mに県道15号が新しく付けられ、橋北側の辻は西側が突当りの三ツ辻
 となってしまっているが、明治の地図を見ると、東西の位置は直線状に見える。よって「右、三木、明石、兵庫」は
 志染川下流(西南西)方向への道を示すとして良く、その場合は辻の南西部に置かれていたと想像出来る。よって元
 の位置は今より10m程北側としたい。
  この時、南西面の「すぐ、有馬、三田」は東に直進を示し矛盾はせず、この面が良く見える状況であったと思われ
 る。移設にともなった手摺の影響で現在は非常に見にくく残念であるが、逆に今の状況で「すぐ有馬…」が示す方向
 を悩まずにすんでいるのかも知れない。又、石面の中央より左に文字を刻んでいるのは右側に邪魔なものがった事を
 想像させる。)
(ここで気になるのが北東面の「左、摩耶山、灘」である。六甲の山歩きは経験が無く不案内であるが、上書の炭ヶ谷
 を登るとなると、此処より一つ東の谷筋になり、明治の地図ではそちらに続く道が見えない。地図で南に向かう聯路
 は南の尾根を越え丸山谷に下り、その後今の森林植物園方面に進んでおり、摩耶山へはそのあたりから東に分岐して
 長谷池の北を通り、黒岩尾根を北に巻いて桜谷から摩耶山への道が見えているが、遠回りになり相応しくない。
  尚、前述の書にある「炭ヶ谷」道を進んだ場合でも、明治の地図では獺(かわうそ)池に続く道は無く、石楠花山
 を越えて桜谷から摩耶山へと続くようである。獺池の道は大正12年の地図に見える。)
(ところで、この道標は何時建てられたのであろうか。明治より前、即ち江戸時代のものとした場合、天保の国絵図
 参照しても悪くはないでしょう。すると有馬道(湯の山道か)は上谷上村辺りでは志染川の左岸(南)側を通過して
 おり、それから一本の道が南寄りに分岐しその後二本に分かれて南を目指して山を越えている。東寄りの道は烏帽子
 岩の東を通り、杣谷越から杣谷川に沿い五毛村に出て、都賀川沿いに森村の西国街道に連絡している。西寄りの道は
 烏帽子岩の西を過ぎ、生田川の上流部から渡渉を繰り返しながら摩耶山刀利天上寺の西を通って、布引の滝を東に避
 けながら生田村東部でこれも西国街道に合流している。
  これに従えば元位置が橋の北詰では具合が悪く、摩耶山への経路は上記の説明では絵図と矛盾する。)
(有馬方面(東)500mによく似た「上谷上61の道標」があります。)

写真iimg1248 写真iimg1250 写真iimg1234
【1.道標を南に望む 【2.道標を北に望む 【3.道標を南西に望む
 右端に当道標  奥突当りに県道15号  道標後ろは道ではない
 奥、神鉄の線路へ】  左への道は無い】  「右…」は蓑谷への道】

写真iimg1241 写真iimg1268 写真iimg1266
【4.道標北東面拡大 【5.道標北東面左下部 【6.道標北東面右下部
 「右三木あかし…」  「んなだ」  「あかし」
 「左まやさんな…」】  と読める】  「兵ご」と読める】

写真iimg1256 写真iimg1252 写真iimg1264
【7.道標南西面左下部 【8.道標南西面右上部 【9.道標を南西に見下ろす
 「ありま三田」  「すぐ」を中央にし  どっしりとした
 と読める】  左側に行先を刻む】  風格が感じられる】

写真gimg3367
【10.北区南部の道標】
文字ずれ時はブラウザの幅や「Ctrl」と「+」、「-」キーで倍率変更等して下さい。 ↑先頭へ