12.羽曳野市の元野中寺伽藍礎石と高灯籠(道標ではない)

↓末尾へ 文字ずれ時はブラウザの幅や「Ctrl」と「+」、「-」キーで倍率変更等して下さい。
羽曳野市野々上4−1−11 野中寺南100mの四辻北西部に南を正面に建つ
尖頭型角柱 不明
N34.557431 E135.592342


写真jimg8107

写真jimg8108

南面
┌─―――――――――――――――┐
│元野中寺伽藍礎石        │
└――――――――――――――――┘

北面
┌─―――――――――――――――┐
│ 昭和三年三月         │
└――――――――――――――――┘

東面(写真無)
┌─―――――――――――――――┐
│(なし)            │
└――――――――――――――――┘

西面(写真無)
┌─―――――――――――――――┐
│(なし)            │
└――――――――――――――――┘


(昭和三年三月は、1928年となる。)
(野中寺(やちゅうじ)はweb上に「創建時の寺は南北朝の時代に喪失、基礎石が残る」とする資料があり、旧
 伽藍跡が昭和19(1944)年に国の史跡に指定されたらしい。この石はそれ以前に建てられており、指定に貢献し
 たかも知れません。現在の境内中に残っているようですが見ていません。「北へ一丁」等とか書かれていれば
 道標となるが、名所の標石とします。
  昭和4年修正の地図を見ると、この東西の道が主要道路であったようで、寺前の現府道31号線は無く、この
 位置に置かれて不思議はないものと思われます。東西の道は「竹内街道」となります。
  尚、この石の北西に建つ大きな常夜灯のようなものは何かわかりません。)
(竹内街道、西570mの四辻やや南に「はびきの5昭和五年道標」があります。)

写真jimg8105 写真jimg8111 写真jimg8109
【1.石碑を北西に望む 【2.石碑より寺を北に望む 【3.常夜灯?を北西に望む
 左奥(西)堺へ  バスの向うに山門、  手前に標石が立つが
 右、野中寺へ】  バス停は「野々上」】  下部で折れている】

文字ずれ時はブラウザの幅や「Ctrl」と「+」、「-」キーで倍率変更等して下さい。 ↑先頭へ