58.太子町春日西の道標

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太子町春日1748 北仲町集会所西三ツ辻北東部に南を正面に建つ
尖頭型角柱 89x24x25p(頂高6p)
N34.519567 E135.646050


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南面
┌─―――――――――――――――┐
│右 たへま津ぼ坂竹内峠     │
│左 なら郡山穴虫峠       │
└――――――――――――――――┘
(「ぼ」は変体仮名「本」に濁点)

東面
┌─―――――――――――――――┐
│右 大坂ミち          │
│左 上ノ太子道         │
└――――――――――――――――┘

北面
┌─―――――――――――――――┐
│(なし)            │
└――――――――――――――――┘

西面
┌─―――――――――――――――┐
│(なし)            │
└――――――――――――――――┘


(『大阪の街道と道標』武藤善一郎、平成11年発行では、11)
(この西にお住まいの方の話では、工事の時に向きが変えられてしまったとの事です。)
(案内先「たへま」は「当麻寺」、「津ぼさか」は「壺阪寺」としました。
 南面に注目し、「右、竹内峠」は東の「春日の道標」に出て南東へ孝徳天皇陵方面とし、「左、穴虫峠」は集
 落内を北に抜け、新池の西を通り、池の北西部で竹内街道を横断して北、その後北東の穴虫峠へ進むとすれば
 この案内は正しいと出来る。では東面を見ると「右、大坂道」が集落を北に抜け、新池北西部で竹内街道に進
 むとすれば、これも最短経路を示し、問題はない。では地元の方が何故行先が間違っていると言われるのか。
 その時に聞けばよかったのですが、忘れました。今、想像するに東面の「左、上ノ太子道」が原因ではないか。
 即ち、現在では近鉄「上ノ太子」が北にあり、これとすると180度方向が間違っていることになる。
  依って、「上ノ太子」は近鉄の駅を指すのでは無く、左(南)に折れ、その後西に向かい上之太子・叡福寺
 を示すものとすれば、問題は解決する。工事に伴う向きの変更があったならば、以前が誤りであったのかも知
 れない。)
(「上ノ太子」の裏付けとして『河内名所図会』第二巻コマ44「磯長山叡福寺(しながさんえいふくじ)聖霊院」
 に「太子村にあり真言宗、古義一名石川寺。轉法輪寺。磯長寺。御廟寺或は上太子(うえのたいし)と称す」
 とありこの寺を示すとして良いでしょう。)
(東100mに「春日の道標」が立っている。)

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【1.道標を東に望む 【2.道標を北東に望む 【3.道標を南東に望む
 奥(南東)奈良へ  左奥(北)大阪方面へ  右奥(西)聖徳太子御廟へ
 電柱右が当道標】  右は春日の道標へ】  左、竹内街道に合流する】

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【4.道標を北東に望む 【5.道標を南西に望む 【6.道標を北に望む
 右の新案内に合わせ  左側が東面、右側北面  奥も竹内街道に出る
 右竹内峠を一致させる】  北面文字無しとした】  妙見寺南で北に分岐し穴虫へ】

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【7.道標南面拡大 【8.道標を西に望む 【9.道標東面拡大
 「右 たへま津ぼ坂竹内峠」  左折後西進し叡福寺へ  「右 大坂ミち」
 「左 なら郡山穴虫峠】  右は集落中へ】  「左 上ノ太子道」は叡福寺へ】

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【10.道標南面上部 【11.道標南面中部 【12.道標南面下部
 「右 たへま津…」  「…へま津ぼ坂竹…」  「…ぼ坂竹内峠」
 「左 なら郡山…」】  「…ら郡山穴虫…」】  「…山穴虫峠」】

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