100.茨木市玉櫛1−6沢良宜東墓地内の道標

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茨木市玉櫛1−6 沢良宜東墓地の西端に東を正面に建つ
平型角柱 111x(東面)24x23p(面取高3p)(基部18p高さに含む)
N34.802342 E135.571881


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東面
┌────――――――――――――――┐
│   丁       井上     │
│弘化四 未四月廿五日   久左衛門 │
│          改名 樋口由太郎│
└――─―――――――――――――――┘

北面
┌────――――――――――――――┐
│    大さか           │
│    さ王らき          │
│ すぐ               │
│    まし田           │
│    江口王多し         │
└――─―――――――――――――――┘
(「王、多」は変体仮名の「わ、た」)

西面
┌────――――――――――――――┐
│釋超…信女…            │
└――─―――――――――――――――┘

南面
┌────――――――――――――――┐
│    まなご           │
│ 左  しま            │
│    鳥かい王多し        │
└――─―――――――――――――――┘
(「ご」は変体仮名「古」に濁点)
(「王、多」は変体仮名の「わ、た」)


(弘化四(丁未)年四月廿五日は、西暦1847年6月8日火曜日となる。)
(『わがまち茨木』(道標編)三版、教育委員会、平成19年刊には未記載)
(行先を見てみましょう。変体仮名を現在の仮名に直して、現、北面は「すぐ、大坂・沢良宜・味舌・江口渡し」とし
 南面「左、まなご・島・鳥飼渡し」と出来そうです。この中で「まなご」が現在の「真砂」に当ることを、茨木市立
 文化財資料館で教えて頂きました。これで不明な行先は無くなります。
  尚、西面には案内は無さそうであるが、文字は刻まれており「釈超信女」等があり、供養塔でもあったと思う。)
(現設置場所が墓地内であるのは、憶測ですが、当道標の施主である「井上久左衛門」の末裔と思われる方の墓が当墓
 地内に有る為、ここに同居させたものとする。よって移動されていると考える。
  では、元位置はどこが相応しいであろうか。
 単純に考えると、北面「すぐ大坂」は南となり良さそうに思うが、南面「左真砂」が西を示し、現在地からは真逆と
 なり良くない。大坂は南が正解でしょうか。沢良宜は少し置くとして、味舌・江口に注目すると、西に進んでも良さ
 そうである。これ等を満足する様に仮に四辻南西部に、現南面を北西面として置いて見ると、北から南行する人には
 左が東方向に折れると受け取れる。又、東から来た人は左手にはなるが、「すぐ」が直進を指示し西へ向う事に違和
 感は覚えない。西に向い茨木川沿いに南西へと進めば、味舌村(現三島辺り)に続き、その後大坂として問題は無い。
 尚、この置き方をすれば現在見えない西面が、北東を向き、辻から見ると正面に、現東面(紀年部)が目に付きにく
 い位置になり、供養塔の役目も十分に果たせる。
  依ってこの様な条件の辻を明治の地図で見ると、候補地は二ヶ所となる。
 第一は、沢良宜東町4、卸売り市場への引き込み線であろうか、高架下の緑地となる三ツ辻南西部
N34.799011 E135.572060
 第二は、その東110mの、真砂1丁目2の四辻南西部
N34.799033 E135.573287
 を挙げておく。
 尚、当墓地入口から南20mにある「茨木市玉櫛1の道標」が示す「左、しま」の道からすると、第二地点が相応しい
 かも知れない。但し、第一候補でさえ現在地から360mと離れてしまい、この距離が移設に耐えうるか疑問にも思う。)
(西面にある「釋」は法名とされるようで、その宗旨に於いては、「信女」を用いる事は無いとされるらしいが、混用
 される例もあるらしい。供養塔なればの書き方とすれば納得もいく。)

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【1.墓地入口を西に望む 【2.道標を西に望む 【3.道標を北西に見下ろす
 道標は中央祠の真後ろ  東面は施主と思われる  左側に「左…」
 西ブロック塀に接す】  「弘化四…井上…」】  右面に紀年銘「弘化…」】

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【4.道標南面拡大 【5.道標東面上部拡大 【6.道標北面拡大
 「左、…鳥かい王多し」  「弘化四丁未四月廿五日」  「すぐ、大さか…」は
 は鳥飼渡しとする】  建立日であろうか】  西を示すと思う】

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【7.道標南面下部拡大 【8.道標東面下部拡大 【9.道標北面下部
 「左、まなご」は  「改名」以下は  「さ王らき」は東西の村が
 「真砂」とする】  追刻の様に見える】  あった様だ】

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【10.道標西面 【11.道標西面中部 【12.道標西面中部
 二文字目以降  「信」とした  「信」の次「女」とした
 「超…信女」その他あり】  上から4文字辺り】  まだ下に字はある】

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【13.茨木南部の道標】
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