岩場からは、目指す戸矢ケ森の峰も西方に望まれる。
戸矢ケ森まではまだ30分あまりかかるので、ここでゆっくりと心のエネルギーを補給する。
岩場にて小休止。眼下に仁淀川の支流「上八川(かみやかわ)川」や国道439号線、隔てて遠く右奥には三角錐の雪光山がかすんで見える。晴れた日は太平洋も望まれる。
さて、岩場から登山道に引き返し、あらためて戸矢ケ森をめざす。
アセビのトンネルなどを快適に行けば、「川窪まであと2517m」の案内板を過ぎて間もなく急坂になり、登りつめると南が少し開けた小岩の展望所に着く。ここまで丸山広場から約30分。ここから道は坂を下り、正面のピ-ク越しにひときわ高く戸矢ケ森が見えてくる。
ところで、登山道に咲くアセビは「あしび」とも呼ばれ、馬が苦しむところから「馬酔木」とも書くように、葉に毒素がある有名な有毒植物なのだが、しかしその可憐な姿はいつの世にも人々に愛され、かの万葉集にも歌われている。
「磯の上に、生ふる馬酔木を、手折らめど、見すべき君が、在りと言はなくに」<岩のほとりの馬酔木を手折ってあなたに見せてあげたいけれど、あなたがこの世に居るとはもう誰も言ってはくれないのです。=皇位継承をめぐって非業の死を遂げた弟(大津皇子=おおつのみこ)のことを思って姉(大伯皇女=おおくのひめみこ)が歌った悲しい歌>
「我が背子(せこ)に、我が恋ふらくは、奥山の、馬酔木の花の、今盛りなり」<あなたのことを密かに思っている私の心は、奥山に咲く馬酔木の花のように今が盛りなのです。(作者不詳)>
「春山の、馬酔木の花の、悪しからぬ君には、しゑや、寄そるともよし」<春山の馬酔木の花のように素敵なあなたとなら、そうよ、噂されてもいいわ。(作者不詳)>など、比較的どこでも見られる花だけに、万葉の時代から多くの人に親しまれてきたことがうかがい知れよう。
アセビの花には変異が多い。写真はややピンクがかった花と、純白の花。他に紅色が濃いものにアケボノアセビ、ベニバナアセビなどがある。
さて、小岩の展望所から登山道は、野趣あふれる岩場を越え、スギの植林の縁を沿うように進む。戸矢ケ森の手前で刈り払われたスズタケの枝をかさかさと踏みながら登っていると川窪登山口から登って来られたご夫婦と出会った。簡単に情報交換した後「お気をつけて」と、それぞれの目的地に向かう。
野趣あふれる岩場。こういうアクセントが嬉しい。
丸山広場から2.5Km、約50分、登山口からだとおよそ1時間20分、登山道で三角点の標石と出会う、ここが標高1078.1mの戸矢ケ森の山頂である。
スズタケに囲まれた登山道に3等三角点の石標や案内板があるだけのまるで何の変哲もない山頂は展望も皆無で単なる「通過点」でしかない。しかし、ここから西にはアセビの大群落が待ち受けているかと思うと心躍らされる場所でもある。
何しろ、戸矢ケ森の周辺に群生するアセビは静岡県の天城山と並び称されるほどの群生林と言われるだけに、その期待も大きい。
戸矢ケ森山頂。測量ポールの元に3等三角点の石標がある。
戸矢ケ森を過ぎるといよいよアセビの群落を下って行くことになる。
アセビには珍しい大木があたり一面にくねくねとその幹を伸ばしている。一目千本という喩えがあるがとてもそれどころではない。
ただ、アセビという木はその花や葉(新梢)が鑑賞価値の高いものなので、これだけ大きなものになるとそういう意味での楽しみは残念ながら無くなる。真下から見上げるだけではその美しさは想像で描くしかなく、小枝でさえずる小鳥たちだけがその美しさを独占している。だが、そうはいってもこれだけの群落はその木肌を眺めるだけでも素晴らしく、特に、このあと訪れる送電鉄塔から西の群落の素晴らしさは圧倒的でさえある。
戸矢ケ森を出発してから10分、登山道は三叉路にさしかかる。ここで三叉路を右(北)に広い道を880mほど下って行くと、林道川窪芥川線にある川窪登山口に降り立つことができる。先のご夫婦はここを登ってこられたのである。
川窪との分岐、ベンチや案内板がある。ここを画面向かって右に降りて行くと川窪の集落。