目高森に向かい尾根沿いの道をなだらかに20分あまり歩くと、登山道は両側が鋭く切れ落ちたヤセ尾根を通り、まもなく尾根筋を右に左に巻きながら、ますます雰囲気の良い林になり、足もとの落ち葉も深くなる。
アカガシやナラ、アセビなどの葉が陽を受けて輝く気持ちの良い林にはところどころヤブツバキの花がアクセントを添えてくれる。
足もとの落ち葉からは幹を出したヤブコウジが小さな赤い実をひとつ着けている。
そんな穏やかな林になると登山道には賑やかな赤テープが見えてくる。
山道は目高森の西(進行方向の右側)を巻いているので、ここでうっかり直進してしまうと目高森の山頂を行き過ぎてしまう。ここはそのコースサインから左手に逸れて尾根に乗り、踏み跡を辿って3分ほど行くと目高森の山頂に出る。
目高森は目高ケ森ともよばれ、その珍しい山名の由来は後ほど述べる。
落ち葉に覆われた目高森山頂。
目高森の山頂はなだらかで広々としており、木々に囲まれて眺望は効かないが、暗い雰囲気はない。
周囲にはカシの木やアセビがあり、アセビはもう可憐な純白の花を身に纏っている。
およそ20畳ほどの広場の中央には保護石に囲まれて一等三角点の大きな標石があり、傍にはいくつか山名板が立てられてある。
三角点の標石は風化なのか破損なのか、標石の上部がコンクリートで補修されていて少々不格好ではある。
ここでは簡単な行動食をとった後、山頂を下って、もとの山道の先に出る。と、行く手には目を見張るアカガシの大木が現れた。
尾根に威風堂々と立つアカガシの大木。この上に天狗がいたという。
目通り周囲3mほどの大きなアカガシは存在感がある。
この大アカガシの木の上には、昔、よく天狗がとまっていたといわれ、ある時、この木の下で一人の男がひと休みしてから「さあ、もういのうかのう(さあ、もう帰ろうかね)」というと、頭上から「いんだがましまし(帰った方が良い)」と言う天狗の声が聞こえたという。びっくりした男が慌てて帰ろうとしたら、木のまわり一帯に水も無いのにメダカがピチピチ跳ねていたといい、男は不思議に思ってそのメダカに触ろうとすると「つつかんがましまし(触らない方が良い)」と天狗に言われたそうである。後にその男が言うのには、どうやらそのメダカは化物だったらしいとのことである。
これが目高森の山名の謂われなのかもしれない、興味深い昔話である。
さて、大きなアカガシに見送られながら尾根を先に進むと、安芸市側のヒノキ植林も気にならないほどの雰囲気の良い照葉樹林が続き、アセビの大木も現れる。
照葉樹林のヤセ尾根。山道は近年までよく手入れされていた様子が窺われる。
道は次第に下り坂になり、南方向にはめざす三辻森の山頂が見えてくる。
道の所々には脇道が現れるが、赤いテープや踏み跡の深さで進むべき方向は容易に判断がつく。ともかく尾根を離れなければ問題はない。
照葉樹混じりの植林にはヤブツバキの花が咲き、左下方には上尾川沿いの集落がちらほら見えている。
アカガシの大木から20分ほど来て、コルにさしかかると右手に石垣が見えてきた。かつてはこんな奥地にまで耕作に訪れていたのであろうが、現在耕作放棄された畑は植林に覆われてしまっている。
やがて、後方に過ぎてきた目高森が遠くなると、アカマツ、リョウブの目立つ林になり、ブッシュは無いが倒木が多くなる。
しばらく水平に進み、広々としてなだらかな尾根を過ぎるとヒメシャラの多いヤセ尾根になり、右手に三辻森やその手前に立つ送電鉄塔が見えてくる。
両側が切れ落ちたヤセ尾根を辿り、坂を登って急斜面のザレ場を越えると、放射状に小さな葉っぱを広げ、ちょこんと蕾を乗せたウンゼンツツジの群生を経て、程なく送電鉄塔のもとに出る。
三辻森手前に立つ送電鉄塔のもとから眺望を楽しむ。中央に白く見えるのは安芸市街。
電源開発の建てた、長山線NO53番鉄塔のもとは雑木などが刈り払われて、東に素晴らしい展望が開けている。
三辻森の山頂は展望が利かないので、それなら広々としたここで昼食をとることにして、ザックをおろした。
鉄塔のそばからは、安芸市の平野が一望で、内原野公園などが見えている。
海岸線の遠くには行当岬が覗き、打ち寄せる太平洋の波頭も見える。
海岸からは重畳たる峰々が緩やかに高度を上げつつ北川村や馬路村を抱えて県境に向かい、目を凝らせば東に装束峠の中継塔がかすんでいる。