林道歩きは変化がないと嫌われがちだが、それも仲間とこうしてあれこれ喋りながら行くには案外楽しいもので、脇に目をやればアサマリンドウの青やアキノキリンソウの黄色、アキチョウジの紫や野菊の白にミヤマシキビの赤い実などが秋を彩り一向に退屈しない。
あるいはそんな花たちに誘われ来るたくさんの訪花昆虫たちも私たちの興味を引きつけてやまない。たとえばアサギマダラやヒオドシチョウなどの蝶たちはその被写体をそっと追い続けるだけでも楽しい。
林道脇で出会う花たち。左はアサマリンドウ、右はアキノキリンソウ、どちらもこの時期を彩る代表的な花たち。
また、山肌で削り取られた岩石なども、地質に詳しければきっと楽しいに違いない。とはいえ、あいにく私たちはその方面の知識を持ち合わせていないのが残念である。
なお地質といえば、余談だが小麦畝には銀山があったともいう。その産出量は不明だがその存在を思わせる文書(*)は残されており、単なる伝承とばかりは思えない節がある。突飛な空想と笑われるかもしれないが、探せばどこかに坑道が見つかるかもしれない、吉野川の砂金とともに興味惹かれる話題である。
(*)「節録」<元禄13年、土佐藩仕置役松下長兵衛視察報告書>
それはともかく、そんな林道を歩いて、南に稲叢山などが見えてくると間もなく林道の分岐で水量豊かな谷と出会う。ここまで林道終点から約40分。
林道は谷を寸断するように横切っていて、流れは林道にそそいでいる。谷のかたわらにはガマズミの実が赤く熟れてよく目立つ。
小休止にはうってつけの場所なのでザックを肩から外し林道に腰を下ろして息をつく。
林道分岐にある谷で小休止。谷の流れはコンクリート舗装された林道を横切っている。谷の木陰で小休止して、ふと空を見上げると開けた青空にひとすじの飛行機雲が描かれていた。
林道分岐の谷でたっぷり休憩を摂った後、再び林道を先へと進む。
北には目指す三ツ森山が次第に姿を大きくし、眼下の志遊美谷沿いには住友共電の送電線が三ツ森峠を目指して延びている。林道では内カーブごとに流れと出会い水場に不足はしない。
林道分岐の水場からおよそ15分、左カーブでうねを巻き込むと林道左手に立派な石垣が見えてくる。
ここが中宿と呼ばれた辺りであろう、林の中にも屋敷跡?らしきものが認められる。
林道脇で出会う「中宿」の石垣。
中宿を過ぎると三ツ森峠は間もなくである。
峠に立つ送電鉄塔を仰ぎ見るようになれば、右手に峠の地蔵が見えてくる、ここが三ツ森峠である。
峠まで、林道分岐の水場から20分、登山口からは約1時間50分の道のりだった。
三ツ森峠にて。中央でしゃがみ込んでいる浜田さんは峠の地蔵(右の写真)を覗き込んでいる。
三ツ森峠には舟形の地蔵が一体あり、そこには万延2年(1861年)の銘が見てとれる。そうすれば今からおよそ140年もの昔から、絶えずこの峠を越えて行き来する人々の安全を見守り続けてきたことになる。これからも、今でこそ往来は少なくなったもののずっと人々の安全を見ていてくれることだろう。
なお、三ツ森峠を北に越すと笹ケ峰などをちょっと変わった角度で間近に見ることができる。
三ツ森峠の愛媛県側からの眺め。笹ケ峰、沓掛山などが見慣れない配置で聳える。