復活の世界 Faile 8 「皇帝の腐心」

どこでもそうなのでしょうが、権力者、支配者が、被支配者から支持をされつづけるためには、人に言えない苦労をするようです。中国のように歴史が古い国では、皇帝が人心を操縦するために、如何に心を使ったことか・・・。取材旅行に何度か通っているうちに、そんなことを感じることが何度もありました。とても一回や二回で語り尽くすことはでみませんが、取り敢えず前回につづいて、今回も皇帝考といったお話をしたいと思います。

前回は政治的で、外に向かった大きな意味合いの気遣いにエネルギーを使い、その存在感を示すものでしたが、今回は支配者の、もうちょっと内側への気配りについてのお話です。

何といっても、広大な敷地に建てられた皇帝の宮殿が目につきますが、そのほとんどの場合、彼が現れるところはかなり高く、臣下たちはその階(きざはし)の下に控えるようになっていましたが、それを臣下と同じように見上げながら 、あたりを見回してみると、ふと、あることに気がついたのです。皇帝が現れるところと、臣下の控えているところには、かなりの高低差があり、そこは何段にも階段が作られているのです。そしてその各段には、なんと巨大な香炉が、ある間隔で置かれているのです。それを見た時、わたしは天子たる皇帝の尊厳を示すための演出を感じました。

あなたもそんな光景を想像してみて下さい。

早朝から、各階段に置かれたいくつもの巨大な香炉で、香が焚かれ、あたりにその煙が漂い、まるで雲のようにたなびくうちに、臣下たちは皇帝のお出ましが、今か、今かと待ち受けている。するとやがて合図の太鼓が鳴り響き、宮殿の扉が開けられて、ゆったりと皇帝が姿を現すのです。

その階の下から見上げていると、まさにあたりにたなびいている、雲海から皇帝が現れたようには見えませんか・・・。 天命を受けてこの世の支配をしているという、心憎いばかりの演出ではないでしょうか。臣下たちは、いやが上にも有難い姿を見ることになるわけです。

わたしは中国のほとんどの宮殿で、そんな光景を夢想しておりました。そしてそれと同時に、「中国の皇帝は、実に凄い演出家だな」と思ったものです。政治的な面での戦術もありますが、こうした演出は、まさに心理的な操縦術というものではないでしょうか。

さてさてこれまでのものは、所謂、表向きの臣下に対する気遣いなのですが、例えば、天壇公園の中にある、歴代の皇帝の位牌を収めてある宮殿の後方には、「廻音壁」というものがあって、写真のような異様な光景に出会うのです。  この頃、皇帝、皇后の周辺で働く者は、勝手に恋を楽しむというわけにはいきません。どちらかと言えば、禁じられていたといったほうがいいかも知れません。しかし規則は規則であっても、そんなことで好きな女、恋しい男ができてしまったら、逢いたい気持ちを抑えつづけることはできないでしょう。我慢すれば我慢するほど、逆に気持ちが高まってしまって、危険な行為に走ってしまうこともないとはいえません 。そんな危険を回避するために・・・つまりこの宮殿を守るために、勤めていた男と女が、ひっそりと愛を囁きあう場として、特別に配慮をして造ったのが、この庭であり、特殊な細工がある「廻音壁」というものではないでしょうか・・・。いってみれば、宮廷に勤める者に鬱積する、ガス抜きのようなものです。こんなところで恋に走られ、朝廷を揺るがすようなことを起こされては大変ですからね。特に皇后のいる後宮では、そこに働く男性は、宦官と呼ばれる去勢された者で、性的な問題を起こさないようにしてありましたが、ふとそこに勤める女官と、恋に落ちないとはいえません。そこで考え出されたのが、「廻音壁」だったのだと思っています。

男と女は示し合わせて、夜になるとそこへ行き、壁に口を触れて愛の言葉を囁いたのでしょう。男と女のどちらが右 、どちらが左へ行ったかは判りません。とにかく右左と分かれて、片方は耳を壁に当て、片方が壁に口を当てて囁くというのです。その声は壁を伝わっていって、反対側で壁に耳を当てて聞いている相手に届くと言うわけです。何とロマンチックな仕掛けでしょうか。

わたしは中国の取材で、卓越した政治力というものに感心はしましたが、こうした人間の感情面にも気を使っていたことを知ったことは、驚異でもありました。とにかく中国の支配者・・・皇帝の気配りのようなものから、人臣操縦術というようなものを、改めて感じたのでした。

わたしも担当編集を相手にしてやってみることにしましたが、何といっても観光客が多く、しかも彼らがとにかく写真のように、一斉に試みようとしているものですから、とてもとても、壁を伝って声を送るなどという、微妙なものを捉えるようなことはできるわけはありません。しかし中には恋人同士と思われる男女が、左右に分かれて確かめているようでしたが、実に微笑ましい光景だと思って見てきました。

こんなロマンチックな仕掛けが、何百年も前に考えられていたということは、ただただ感心するばかりです。

皇帝も演出上手だったと思うのですが、臣下のほうも雰囲気を楽しむという気分が感じられて、中国という国の大陸的な気分を感じ取ってきたのでした☆




(旧HPからの復活した原稿ですが、一部加筆、訂正いたしました)

「皇帝の挨拶の場」
「皇帝が演説した場で」
「円丘の下」
「廻音壁」