復活の世界 Faile 15 「あの人は今・・・」
昨今は所謂大学などへは行かずに、カルチャー系の学校へ行く若者が多いようですが、わたしはそんな学校から依頼を受けて、小説・映像などの講義をすることになったことがあります。
そんな中の一つであるY校へ行くことになったのですが、そこには北は北海道から南は九州までいくつかの教室があって、飛行機、新幹線を使って、月に2回だけ出張講義をいたしました。
全国の若い生徒と講義を通じて出会っていくということは、わたし自身にとっても、大変刺激を受けることにもなり、また現代の若者たちが、何を、どうしようとしているのかを知ることにもなり、大変役に立ったのですが、東京の教室はいいとして、地方の教室の場合は、ほぼ一泊二日の予定で出かけることが通例でした。ほとんどの場合、教室に近いホテルへ止宿したのですが、名古屋校での授業の時のことでした。Mホテルへ止宿したわたしは、一日目の授業を終えて、二日目の授業へ出かける前に、ルームサービスで、朝食を摂ることにしました。
やがて若い係りの者がカートに朝食を用意して運んで来ましたが、
「有難う」
礼を言って伝票にサインをすると、デスクへ振り向きその日の講義を簡単に整理していました。そしてそろそろ、
「食事にかかろうか・・・」
食台へ向き直ると、もうとっくにいなくなったと思っていた係りの若者が、わたしのほうを見て、立っているではありませんか。
一瞬、どきんとしてしまいました。
よく見て見ると、ジャニーズ系の美青年です。
「何だ?」
問いかけてみました。
すると彼は、机の上に蓋を開けたままになっていたPCを見たのでしょうか、
「失礼ですが、お客さまは、何か書くお仕事をしていらっしゃるのですか?」
逆に質問してきたのです。
「もの書きだから、資料の整理をしていたんだけど・・・」
簡単に答えました。
「どうしてそんなことを訊くんだ?」
また、わたしは訊き返しました。
すると若者は、
「名古屋のあるカルチャー校で、シナリオの勉強をしているんです」
と答えるのです。
「じゃぁ、ここでアルバイトをしながら、書いているのか?」
「はい」
それからは、彼の苦闘物語が始まったのです。
名古屋の某放送局でアルバイトをしながら、カルチャー校へ通っていたのだが、なかなかそこでデビュウすることができないというのです。生活のこともあるので、局でのアルバイトを止めて、そのホテルで働くようになったというのです。
物書きの世界がそう簡単に歩き回れるはずはありません。まだ20才という年齢を考えると、よほどの才能がない限り、デビューは望めないでしょう。苦労しなくてはなりません。
思わずわたしも苦闘していた頃のことを思い出してしまって、彼を無視してしまうことはできなくなりました。わたしは作家を志して家をでてから、どん底へ落ちて行ってしまった体験談を話してやりました。すると彼は直立して聞きながら、涙を流しているのです。きっと今が一番辛いときなのだろうなと、想像しながら、とにかくデビューを焦らずに、基礎的な力をつけるように心がけなさいと言ってやりました。そして或る知恵を授けてやったのです。
彼がルームサービスのボーイを命じられたのであれば、作家志望としては絶好ではないかと言うことです。つまりいろいろな部屋からオーダーがあるのですが、そんな部屋へ堂々と出入りできるのは、かれのような仕事をしている人でしかありません。
そうしたことが出来ることを、社会勉強の教材だと思いなさい。お客様のなかには、いい人もいるし、わがままな人もいます。胡散臭い人もいるし、事情がある人もいるはずです。人間観察にはうってつけの仕事ではないかということなんです。いろいろな人生に、出会えるかもしれないではありませんか。
「こんなアルバイトをしていなくてはならないなんて・・・」などと嘆いているとしたら、作家としては失格だぞと叱咤してやりました。
彼は直立不動で聞いていましたが、その目には涙が滲んでいました。
どんな局面が降りかかってきたとしても、それをどう受け止めていくかによって、作家として大成できるかどうかが、分かれ道になるということを知って貰いたかったのです。わたしはたまたま持っていた自作の小説をプレゼントして、「あまり長いこと戻らないと、おかしく思われるぞ」と言って、話を切り上げたのでした。
ふと気がついたら、せっかく朝食のためのモーニングセットを注文したのに、すべての料理はさめてしまっておりました。
「気が利かない奴だ」
普通だったらそういいたくなるでしょうが、その日ばかりは 、何とも思いませんでした。苦しかった新人作家の頃を思い出してしまって、とても彼を責める気には慣れなかったのです。
その日の教室の授業は、朝の出来事についてになったのですが、果たして現代の若い生徒たちは、どう感じ取っていたでしょうか・・・。あの若者のような思いで聴いてくれたかどうか・・・。
それにしても、こんな原稿を書きながら、あの時の若者はどうしただろうかと、考えてしまいます。ひょっとしてどこかの放送局で、売れっ子作家として活躍しているのかもしれません。そうだったら、いいのですが・・・もう一度出会ってみたい人です
(旧HPから起こした原稿ですが、一部加筆、訂正いたし ました)