復活の世界 Faile 16 「駆け足旅行記」

長いこと追われるように仕事をしてきましたので、わたしは個人的にのんびりと旅をする機会に恵まれませんでした。わたしも頑張るほうでしたから、どんなに過酷な条件でも、必死で書きつづけていましたので、ゆっくり旅をするといった状況には、なかなかなりませんでした。

そこでこのHPでは、さまざまな制約なしで、自由気ままに旅のお話をしようと思ったのです。今となれば、異常と思われるような仕事での旅の話も、懐かしい思い出としてお話できそうだからです。

映像作家の時代は、実写・・・ドラマ、特撮を書いていた時代と、アニメ作品を書いていた時代があるのですが、わたしはまったく違った環境にいました。つまり実写を書いていた時は、シナハン・・・所謂シナリオを書くために、その舞台となるところを事前に調査したり、見てきたりする、シナリオ・ハンティングのために出かけたりすることがあったのですが、アニメーションの時代となると、ほとんどそんな機会はなくなってしまいました 。何と言っても実写のように、書かれた脚本に基づいて、撮影に行かなくてはならないということはありませんから、事前に調査をする必要はありません。おおむねこんなところと言うことさえ指定できれば、後は作画をする人の腕次第で、どんなところでも描いてくれますから・・・。仮にちょっとリアルな風景が欲しいう時は、写真が用意されることがあって、それを見ながらイメージを膨らませながら書かなくてはなりませんでした。

ところが時代の変遷で、予算が思うように取れなくなると、実写作品でもシナハンは行われなくなって、写真を使ってイメージを脹らませ、想像力を発揮して舞台となるところを書き分けていかなくてはならなくなりました。しかし実写では、ほとんどの場合、書かれた脚本に基づいて、監督とスタッフは、撮影するのに適した場所を見に行きますから、それに基づいて原稿を書き直さなくてはなりませんでした。まぁ、昔々は別として、予算的なことを気にしなくてはならなくなってからは、ロケハン・・・つまりロケハンティングも、決してのんびりと観光旅行をするといった気分は味わえなくなりました。多少時間的に余裕があっても 、ほんのわずかな時間が許されるだけで、仕事の要件が満たされれば、ついでにあたりをちょっと楽しんでくるだけと言った状態になってしまいました。現在はとても予算が潤沢とは言えない場合が多いので、とてもそんな束の間の楽しみも許されなくなっていることでしょう。

ところがわたしは80年代になって、映像の作業から小説の作業に変わることになるのですが、今度はゆっくりと旅でもしながら仕事ができると思ったのは、大変な思い違いでした。

幸いにというべきだと思いますが、本格的に書いた第一作、歴史ロマン「宇宙皇子(うつのみこ)」が、発売と同時に大爆発してしまって、あちこちの書店で売り切れが出てしまう状態になってしまったのです。執筆に追われて、とてものんびりと旅をするという時間が持てなくなりました。寸暇を割いて、北から南まで書店を駆け巡り、サイン会、サイン会をこなさなくてはなりませんでした。飛行機、新幹線を使っての忙しい日程をこなしつづけました。とても旅の思い出になるような、ゆったりとした旅にはなりませんでした。ただ救いだったのは、それまでほとんどなかったという、読者との出会いを持ったことです。それは大きな楽しみであり、収穫でありました。

しかしこの頃は、映像から小説へ転向するといっても、気楽にできる環境にはありませんでした。何としても第一作は、いい結果を出さなくてはなりません。切羽詰った気持ちでいました。執筆に当たっては、かなり気合が入っていましたから、わたし自身も、あまりのんびりとした心境ではありませんでした。

とにかく小説の舞台である、飛鳥を見ておきたいという気持ちになって、編集担当のA氏と共に奈良へ向かいました。映像におけるシナハンのようなものです。これを小説の場合は、ほとんど取材旅行といいますが、とにかく小説の舞台・・・つまり主人公が動き回る舞台を、作家自身がしっかりと頭に置いて、イメージを脹らませていかなくては、面白い作品にはなりません。所謂、取材旅行は小説執筆には、かかせないものです。ところがその頃、もれうかがったところ、まるで取材はしないで、遊びまわっていた作家が多かったそうで、わたしのように生真面目に、必死で取材をするケースは、ごく稀だったようです。とにかくわたしは、現地へ着くなり、編集が手配してあったハイヤーへ乗り込むと、走り回りました。ほぼ一日八時間ぐらいは走ったでしょうか・・・ 。そんなわけで、夜はすっかり疲れきっていて、飛鳥のマップを頭に焼き付けながら、いつの間にか寝ていました。しかしそれでもわたしは、そんな慌しさの中で、それなりに楽しみを見つけ出していたのです。印象に残った旅行を記憶に留めていきました。

わたしは「宇宙皇子」の構想に従って、まず飛鳥地方をしっかりと頭へ置こうと思ったのですが、一回や二回の取材で、原稿執筆に充分な材料が掴めるわけはありません。何回も飛鳥へ足を運びました。とにかくはじめは、小説の世界のスケールを掴んでおかなくてはなりません。そこでその地を、体感してみることにしたのです。主人公が動き回る範囲が掴めていないと、かなり出鱈目な動き方をすることになってしまうし、物語も出鱈目になってしまいます。それだけは避けたいと思っていました。もちろん「宇宙皇子」は、物語性が強い作品ですから、すべてリアルにとは思いませんでしたが、最低限裏づけは必要だと思っていたのです。そこで主人公が駆け巡る土地の広がりを、しっかりと把握しておきたかったのです。説得力を失っては、何もなりませんからね。

現在はすっかり定着してしまいましたが、まさに仮想現実作品の走りであったと思っています。

メモを取ったり、写真を撮ったりしながら、おおむね物語の世界を頭の中へ叩き込んで、構想を固めていったのです。

旅のお話をしようというのに、小説を執筆する第一歩が、こんな取材旅行から始まってしまったのは、如何にわたしの旅物語が、取材とは切っても切れないものだったかが、お判り頂けるでしょう☆



この原稿は、旧HPで公開した原稿に、加筆、訂正したものです☆