復活の世界 Faile(35)「日和見」

昔はよく会話の中で、こんな言葉を聞くことがありました。

「あいつは日和見主義だから」

信用できない者に対する中傷する言葉です。

その日その日の流れ、勢いの赴くままに、そちらのほうへ流れて身を寄せて、ころころと態度を変えて生きている、かなり当てに出来ないタイプの人間のことです。

この「日和見」ということは、一体、どういうことなのでしょうか。最近はほとんどきかなくなってしまいましたね。

それもそのはず、かつては大変生活と密着していたことであったのですが、現代ではほとんど関心をもたれることもないし、それで生活が支配されるようなこともないからでしょう。しかし「日和見」が機能していたのは、実はつい最近まであったのです。ですから、かなり高齢な人であったら、この言葉を知っている人も多いでしょう。

日本は古来、豊芦原瑞穂の国と言っていたように、完全に農業国でしたから、その頂点に立つ者・・・つまり支配者は、民の生計を維持するために、先ずその基本である農業を、支障なく進めるための知恵を授けなくてはなりません。それは必ずしも農業ばかりでなく、儀式の日取りに関しても、すべて支持を受けて行われるようになっていたわけです。とにかくその原点は、季節ごとの気候の変化、その日その日の天候の変化は、かなり重要な問題で、権力者はその変化を知って、適切に支持がしてやれないと、権力者としての適格性を欠くことになるわけですし、逆に言いますと、その日その日の儀式を含めて農作業は、権力者の指示に従っていればよいということになるわけで、農民たちをはじめ官人も、特に難しいことを考えなくても、権力者の言うままに動いていればよいということになるわけです。

こうして暮らしの基本というものが、長いことつづいてきますと、やがて権力の職能であったものが、農民自身で取り仕切れる者が出てきます。そしてそういった能力のある者が、指示をするようになるので、結局はそうした能力に恵まれない平凡なものたちは、「日和見」主義に徹して、支持者の指示するままに動くという習慣がついて行ったわけです。 わたしたちが若い頃には、まだそういったことが言われていましたから、その日その日で、政治的な支配者、社会的な権力者、会社の上司などに言われるがままに、適当に動いて行く者がかなり存在していました。

自己主張というものがまったくなくて、その時の風向きに従って、調子よく生きて行くと、結果的に他人に迷惑を変えることも多いし、時には裏切りさえもやってしまいます。それでは本人は良くても、決して歓迎されないでしょう。

学生運動が盛んであった頃、寝返った者を指して、(ひよった)などということが言われましたが、これは「日和見」から起こったことに違いないことですが、そういった政治闘争をする者でなくても、昨今の世の中を見ていると、あまりにも個人主義が徹底しすぎていて、人の指示にはなかなか乗らないものの、時の流れ、人の流れには敏感で、個人的に「日和見」を行う人が多くなってきているのではないでしょうか 。そのために時には突飛な行動に出る者があって、周囲の者をびっくりさせることがあります。

やはり、「日和見」というのは、王権の職能として、政治を行う技術の範囲であって欲しいと思うのですが・・・。 あなたの周辺に、ころころと態度を変えながら生きているような人はいないでしょうか。こっそり見まわしてみては如何でしょうか☆



これはすでに公開したものの再録です