交わる世界 Faile(29)「日本人好みって・・・」

ふと日本人好みって何だろうと考えることがあります。

もう、何もかもグローバルとかで、そんなものはない時代になってしまっているのかも知れないとも思います。しかし・・・だからこそ、忘れたくないものもあるのです。

いくら新しがったところで、日本人としてのDNAは、本人が知ろうと知るまいと関係なく、延々と引き継いてきているのではないかと、思ったりもしているのです。

もし、これから次第に、そうでなくなるとしたら、旧世代人として、とても寂しい気がいたします。

それでは・・・日本人の原点では、どんな精神的な世界を構築していたのであろうか・・・。もし特徴的なことがあるとしたら、どんなことだろうかと考えたのです。

古代から歴史の流れを追ってくると、あの頃の人々には、蛇に対する不可思議な信仰があることに気がつきます。

何といっても日本は、豊葦原瑞穂国といわれるほどの完全に農業国でしたから、ほとんどの農民たちの、収穫までの苦労は想像以上のものがあったと思っています。しかし当時は農作物を荒らす天敵を駆除する知識も、その方法も未熟なものでしたから、折角苦心して育てた農作物も、守ることができないことが多かったのではないかと思ったりもするのです。

古代では農作物を痛める災害、天敵はいろいろとあったと思うのですが、最大の天敵の一つに上げられるのは、田畑を荒らす鼠だったと思っています。

ところがその鼠を退治してくれるありがたい存在が、実は蛇だということに、農民たちは気がつきました。

古代においては、ただ有難い存在として、蛇を認識したということだけではすまないことだったのです。そのきっかけとなったのは、農作業に出た農民が、ふと見かけた蛇の不可思議な姿だったのです。どうも彼は季節によって姿を変えているようではありませんか。つまり脱皮です。まだまだ科学的な知識には乏しい農民たちにとっては、それは実に不可思議な営みであったはずです。

(前から人には、とても具現できない、不可思議な威力を発揮する神の姿を、何とかして見られないものかと思ってきた農民たちは、ひょっとすると、このような不可思議なことをするというのは、神ではないのか・・・)

そう、考えたはずです。

かねてから噂されているように、神は人間に姿を見透かされないように、さまざまな形で姿を変えて、我々の身近にいて、いいこと、悪いことを見届けていて、時には弱い人間たちを救済してくれたり、時には厳しくたしなめてくれたりするのだ。

そうした畏怖すべき、有難い存在であったのが、実は蛇だったのだ。

みなすぐに納得いたしました。

何といってもその最大の理由は、姿を見せずに動いて、農民たちが一番苦しんでいる鼠の害を除いてくれているということであった。しかも彼らは季節によって、脱皮などという不可思議なことを行って姿を変えている。しかも農民たちは蛇のあることに着目いたしました。

寛いでいる時はとぐろを巻いていますが、一旦外敵でも出会ったりすれば、彼はひるむこともなく、勇猛果敢に攻めていくのです。その強さも、神であることを証明するのに充分でした。

(蛇こそが姿を変えて、我々の身近に存在していた神だったのだ)

そんな中から農民たちは、蛇を興味深く見つめるようになったのですが、前述したように、彼らは活動していない時は多くの場合、とぐろを巻いて休んでいますが、なぜかいつでもその中から、鎌首をもたげているではありませんか。

(これこそ我らに、神が理想の心構えを、教えている姿なのだ)

古代の人々は、自分たちの生きていく、ある理想的な姿を導き出したのでした。

つまり和戦両様の構えだったのです。

とぐろを巻いて、のんびりと寛いでいるように見えていても、常に鎌首をもたげていて、襲いかかってくる敵に対する備えを忘れずにいる姿です。これこそが神が、農民たちに教えた、和戦両様の構えという知恵だったように思います。

 

こんなことを考えているうちに、身近なところに見本があるのに気がつきました。

相撲の横綱が行う土俵入りの姿でした。

もうすでにみなさんは、「雲竜型」と「不知火型」を思い出されるでしょう。しかしこの土俵入りの型には、さまざまなエピソードが残っているのをご存知でしょうか。どうも「不知火型」を行う横綱は、相撲生命が短命であるということです。

この型は両手を広げて前に差し出してせり上がるというもので、「若乃花」が行ったものです。これは攻めを強調したものですが、それに対して、目下「朝青龍」の行っている「雲竜型」というもので、これは左の手を脇に構え、右手を広げていくものです。つまりこれは和戦の構えになるわけで、横綱のほとんどの人がこれをやりました。どうしても「不知火型」を行う人は、横綱としても短命に終わってしまうという伝説が合って、あまりやりたがらないのでしょうか。わたしの記憶にも残っている横綱は、ごくごく限られてしまいます。横綱自身もやりたがらないのではないでしょうか。

やはり古代からの風習で、和戦の構えが、日本人には一番心構えの理想型だし、好みにもあっているということで、雲竜型を採用するからだと思うのです。

この頃世の中では、やたらに攻めばかり強調するようなのですが、わたしはこの和戦両様の構えが、あくまでも理想だと思っているのです。攻めだけでもいけない。和だけでもいけない。しかもそのどちらかに偏ってしまうと、どうしても弊害が発生してしまい勝ちです。

今こそ、古代人から受け継いできた生活の知恵・・・つまり(和戦両様の構え)というものを、もう一度認識しなおしてもいいのではないかと思うのですが・・・。それは今でも、心の奥で、ひそかに受け突いている、日本人としての好ましい姿なのではないかなと思うし、一番日本人好みの姿勢なのではないかとも思うのですが・・・☆

国技館前の写真
土俵入りの写真