交わる世界 Faile(30)「団塊三姿態」

最近、大変目立つことがあるので書こうと思います。

時代のリーダーは団塊の世代から、次の鍵っ子世代へ移ってきています。

ほとんどの団塊の世代の人は、リタイヤーということになってきていますが、彼らと実際に作業をしたり、指導をしたりして、一番接触してきたわたしたちにとっては、近い世代なのですが、生き方に関しては、かなり違う者があります。

とにかく、わたしたち旧世代の者は、とにかく日本が戦後の疲弊した状態から、新たな社会を建設して行くという、成長期を支えていた世代なので、頑張れば頑張るだけ結果が得られた世代だったのです。そのために次の世代の、所謂団塊の世代の人は、人数も多いし旧世代から厳しく働くことを余儀なくされてきたという状態を、みな体験して来ているはずなのです。

そこで最近になって、リタイヤーした後の様子を観察していると、わたしたち旧世代の人々と、次の団塊の世代の人との間には、かなり違ったライフスタイルが現れてきていることに気がつきました。

とにかく旧世代の人々は、働くことに必死だったので、ほとんど趣味などというものに、気をそらしている余裕もないまま人生を経過してきたので、引退後はほとんど何もしないでいる人が多いのではないかと思います。つまり働くことが趣味ですといった生き方をしてきました。

ところが次の世代の団塊世代は違います。

リタイヤーした後、実に自由な生き方を開発して来ているようです。

彼らは上の旧世代から、かなり窮屈な生き方を要求されてきたのでしょう。とにかくそういった圧力から解放されて、一気に自由を満喫する機会を得たようです。それだけに、リタイヤーした後の生活設計は多種多様ですが、大雑把に分類するとほぼ三種類に分類できそうですね。

一つは、完全にリタイヤーしてしまった人たちで、特に何もせずにぶらぶらとしている人。

もう一つはまだまだ元気なので、楽しくライフスタイルを組みたてようと、農業などをする人。

もう一つは気の合う同世代グループでの音楽活動する人。

そしてもう一つは、ボランティア活動に参加する人。

おおむねこんな感じに分けられると思うのですが、共通して言えることは、とにかくまだまだ元気な人が多いということでしょう。

わたしなどはどちらかというと、彼らのちょっと前の旧世代に属しているので、とにかく遊ぶということでは、大変下手くそな世代です。

何といっても、日本が経済的に上って行く時の世代ですから、その最前線で必死で頑張ってきた世代です。従って、後輩に当たる団塊の世代の人々は、窮屈な思いをして来たと思います。そしてその反動で、リタイヤーしたら、誰にも文句をいわれずに、自由に暮らしたいという気持ちが高まるのでしょう。

それぞれが、それぞれのやり方で、生活を楽しむようになっています。

そんな中で一番多いのは、バンドを結成して活動している人たちが、大変多いということです。

先日は、そんなグループの一つで、ホテルで演奏活動をする人たちから案内を頂いたので、家内と共に行きました。

すでにそのグループが結成された時には、祝福をしようということで参加したことはあったのですが、暫く逢う機会がなくて、久し振りの対面でしたが、流石に楽しみながらやることといっても、ホテルでのディナーショウの演奏ですから、営業を伴っているので、気楽にとはいってもいい加減なことはできないでしょう。どこかにそんな使命感というものがあるためでしょうか、彼らの演奏にはとてもアマチュアとはいえないような、余裕が生まれていてびっくりしました。結構、楽しめる演奏を披露していたのです。

ボランティアに参加する人たちもそうですが、社会と何処かでつながっているということが大事何かと思いました。農作業をする人たちも、結局その近隣の人たちとの交流を楽しんでいるわけで、どういう形にしても社会との接触だけは断ち切ってしまってはいけないようですね。

旧世代の人々のリタイヤー後の生活は、ほとんどこれまでの付き合いを断った、静かな老後がほとんどのライフスタイルでしたが、現在は、好きなことをしながら、楽しんでいくライフスタイルが全盛のようです。

いつまでも世の中との接触を保ちながら、楽しんでいくということが、これからの老後の問題の大きなポイントになりそうですね☆

ハワイアンの写真