観る世界 Faile(40)「実話時代の問題」

もう大分前から、時代は実話主義の時代になりました。つまり物語の世界を楽しむというよりも、より現実的な話を受け入れるようになってきたのです。そのためでしょう。殺伐とした話、生々しい話が次々と送り出されてきます。それはそれなりに、迫力のある話として観る人、読む人を感動させてきましたが、物語時代に育った私たち世代には、どうしても現在の実は中心時代は馴染めません。

しかしこれは世代間の価値観の違い、感性の違いということで片づけられそうなのですが、実は若い人たちに、ある問題があることに気がつきました。

とにかくすべてのことに生々しい現実主義が蔓延してしまっているので、若い人にものを書かせると、すべて見たまま、聞いたまま、感じたままという話が多く、作家の想像力を駆使した、広がりのある話が書けません。中には「想像力を発揮して書きなさい」という指示に対して、「想像力」というのはどういうことなんですかと言う質問をする者がいます。現実しか理解できない若者には、想像力を繰り広げた発想ということが出来ないのです。

私なりに考えると、作家の想像力から生み出された作品を楽しんだ時代というのは、ある意味で時代的に余裕のある証であったであったようなきがします。

現代のように、ピリピリとした時代では、とても物語を楽しむ余裕はなく、現実と向かい合って必死になって行くしかないのかも知れません。

現実を見つめる目と、想像力を楽しむ余裕とを合わせ持つ時代・・・つまりバランスのとれた時代を、みなが目指せるようになりたいと思っています