思う世界 Faile(21)「戦うということ」

北京オリンピックも、あっという間に終わり、つづいて行われたパラリンピックも、つい最近終了しました。

今年の夏は、山荘で作業をしながら、時々関心を持っていた競技を、いくつかテレビ観戦しましたが、わが選手団の不成績には、いささか感じることがありました。

開会式、閉会式に関しての大雑把な感想を述べるとしたら、ただただ費用を莫大にかけたショウだったとしか思えませんでした。あれで感動したという人がどれだけいたか、疑問だとしか言いようがありません。後進国と言われてきた中国が、その国力と威信を誇らしげに見せたのですから、目立つことは目立ったのですが、残念ながらただそれだけで、参加する人、観る人、共に心にしみる感動などというものを感じられなかったのは、止むを得ないことだったかもしれません。

恐らくほとんどの人は、満足しなかったのではないかと思います。

ただただ巨大な予算と膨大な人海作戦で、これでもかこれでもかと迫ってきただけで、さっぱり感動が伝わってこなかったのですが、今日はその話をするのが目的ではありませんでした。

いささか冒頭から、辛口感想を述べることになってしまいましたが、それには理由があるんです。

今回は出場する選手についてのことなのです。

その代表として取り上げたいのは、柔道の柔ちゃんでした。

「田村でも金。谷でも金。ママでも金」

これはあまりにも有名なキャッチコピーになってしまいました。 柔ちゃんまでがそれを使うものですから、嫌でも世間に広がっていきました。

自ら宣言をすることで、気力を高めるには大変いいことだとは思うのですが、しかしあまりあのようなことを声高に宣言しすぎると、結果が伴わなかった時にどうなるか判りません。 現実的に北京オリンピックでは、その結果が伴わない場合に当たってしまいました。

キャッチコピーだけが踊っていたことを考えると、ああとでも言わなくてはなかった状態であったことを思うと、気の毒にさえ思えます。

実は、あのちょっと前から、柔ちゃんに関しては、キャッチコピーとは違った印象を、受けつづけていたのです。もちろん野球の谷選手と結婚してからなのですが、やがてお子さんが出来てからの彼女には、これまでの精悍な、戦う戦士という印象が消え失せて行ってしまったのではないでしょうか。

私にはそう思えてならなくなりました。

北京オリンピックになってからは、更にその印象が強くなっていました。

彼女が「金」を取ると宣言する度に、言わなければいいのにと、気の毒にさえ思えて来ていたのです。あのとでも、彼女は、お子さんを連れて来ていたほどで、すでに戦いに赴く戦士の姿ではなくなっていたということなのです。彼女は優しいママの買うになっていました。

「田村で金。谷になっても金。ママになっても金」

そう叫ぶ度に、気の毒なっていました。

もう彼女は生まれたばかりのお子さんを持つ、優しいママであって、戦う戦士の厳しさを失っていました。

無理やり戦の場に駆り出されていくようで、気の毒で仕方がありません。

金メダルを取った者は、確かにそれなりに精悍さを発散していました。恐らく何年も前の柔ちゃんは、身がまえただけでも戦意をみなぎらせていたものです。優しくなってしまっては、駄目なのです

確かにあの頃の谷亮子さんには、優しさ・・・お母さんとしての優しさがにじみ出ていました。戦う戦士の顔つきにはなっていませんでした。

オリンピックを見つめながら、戦うということがどんなことなのかということを、つくづく考えさせられました。その象徴的なそんざいが、谷亮子さんであったのです。

さて、あなたはどんな思いで、オリンピックを観戦したのでしょうか☆