知る世界 「桂川日記」(16)「市女笠とファッション」

今回は京都の話を書こうというのですが、いささか時間を遡って、平安時代のお話しにしました。

写真は平安京を定めた時に、その起点としたところと言われている船岡山から京の町の広がりを写したものですが、この右手が右京、左手が左京で、この山の正面に平安宮・・・御所が造られたのです。現在は御所の位置も、大分左京に寄ってしまって、かつての姿を辿ることはできませんが、とにかく平安京は、この船岡山を背にして広がっていた訳です。

今回の話題は、どちらかというと、「楽しむ世界」で取り上げたほうがいいのかもしれませんが、最近は京都の町を和服で歩くということが、若い女性の間に広がっているということもあって 、平安京とファッションということで、お話ししたいと思っているのです。

古代のファッションで特出すべきことといえば、市女笠(いちめがさ)の流行ということが挙げられるかもしれません。

つまり市などで商いをする女の服飾品という訳です。

いつの時代でも、女性はファッションに敏感なものですが、現代などは、さまざまなファッションが生み出されていくし 、その数も考えられないほどでしょう。女性たちはそんな中からどれを選んだらいいのかと迷うことでしょう。

これは平安時代のことなのですが、都の東西に設けられた市を中心にして、平安の女性たちに大流行したのが市女笠というものでした。

これはもともと庶民の、大原あたりからやって来る花売りの被り物でしたが、これが流行するきっかけとなったのが、女性たちの新しいファッションへの関心の強さだったように思います。しかもあの頃、ファッションなどに気を配る余裕のある人々と言えば、高貴な貴族、上級の官人の家族にかぎられていたように思います。彼女たちが、この市で見かけた発見が流行のきっかけとなったと言えるでしょう。

市は一か月おきに、都の東西で開かれるようになっていましたが、そこでは庶民も、貴族も、同じように買い物をするようになっていたのですが、市というものはいつの時代でも楽しいもので、身分の上下は関係なく、男も女も、いそいそと出かけて行きました。買い物を楽しむものはもちろんですが、ただ冷やかしで店を見て歩くことも楽しいことだったに違いありまあせん。

こういう繁華街のような人が集まるようなところでは、昔も今も、同じようなもので、いつの間にかそこでは、賭けごとが行われるようになりました。こういうことは、身分の上下は関係ありません。ついついのめり込んでしまう輩が出てきます。その結果、勝負事には勝ち負けがつきもので、衣類、家屋敷、馬などを賭けて負けてしまった結果、散々な目にあう者がかなりいたということが書かれています。それに対して女性のほうは、そうした人の集まるところと言えば、買い物の他に、どうしても他の女性のことに興味が向かってしまいます。あちらの方、こちらの方の、誇らしげに着ていらっしゃる着物の比べ合いをするようなところがありました。少しでも他の方よりも美しく、目立つ存在でありたい。そんな気持ちが、いつもあったに違いありません。 その頃です。この市の賑わいに目をつけたのは、大原あたりの花売りたちです。「花はいらんかえ」などと呼びかけながら、やってきました。

その品が服飾品、市女笠というものでした。

平べったい大きなお椀を裏返したような形をした被り物ですが、その周囲に絹を垂れたりして使います。何とか他の方より目立ちたいと思っていた高貴な女性の中で、この市女笠に目をつけた者がいました。本来なら、このような庶民のものなどには、目もくれないであろう高貴な女性たちも、この雰囲気に新鮮な刺激を受けたのでしょう。やがて彼女たちも、勇気ある高貴な女性が、市女笠をかぶって現れるようになったのです。

ところでわたくしが奉職している京都嵯峨芸術大学は、桂川のほとりにあるのですが、平安時代あたりには、この桂川で捕れた鮎を売る桂女(かつらめ)という者がいたようで、昔々から、女性は花売り、薪売りをする大原女に負けない女性がかなりいたようです。女性はファッションをリードしながら、かなり時代の先頭に立って活動していたことが判りますね。

ファッションというものは、いつでも衝撃的なものだと思うのですが、きっとこの頃も、これまで花売りのような、あのころの世の中では身分的に低い人たちが被っていたものを、高貴な者が被るのですから、市に集まる者には衝撃的に映ったに違いありません。それがなかなか魅力的でもあったにちがいないのです。市女笠は、当時の女性たちにとっては、革命的なものだったのでしょう。たちまち女性たちの間に広がっていってしまったのでした。

いつの時代でもファッションというものは、こんな風にして生まれ、広がっていくものなのですね。そしていつの時代でも、ファッションに革命をもたらすのも、美に貪欲でありつづける女性たちだというお話でした☆

船岡山からの眺の写真