知る世界 「桂川日記」(42)「京都の略図」

京都というところは、突然来た人には判り難いところですが、少し馴染むと、割りに判り易いところでもあります。

最近私はある程度場所を言って貰えれば、おおむねどのへんであることかと言うことが見当がつくようになりました。つまり線と横の線を覚えればいいわけです。つまり縦の線が大通りで、横の線は町の表示です。

一条から順に八条まで、北から南に向かって仕切られているのですが、これで京都のどのあたりかを見当をつけますが、ほぼ中心となっているのは、その中央あたりの三条、四条あたりで、このあたりには平安時代から貴族、皇族が多く住んでいました。つまり一等地であった訳です。このあたりには、高倉天皇邸の跡とか在原業平邸の跡とか、摂関政治の中心人物である三条の大臣の屋敷跡があったりといった状態で、如何に高級住宅地であったかが割ります。

これに大通りを東から烏丸通り、堀川通り、千本通り、西大路、という風に割って行くと、堀川通りに近いところで三条あたりに広大な範囲で存在していましたが、住みいいということから、貴族たちも次第に左京に寄って行って、現在のような状態になったのでした。とにかく三条河原町、四条瓦町あたりに住めるということは、大変な実力者であったことが判ります。

内裏という最高の場所は、千本通りと丸太通りの接点あたりに合った訳で、ここは別格の場です。

こんなことを考えながら歩いて見ると、なかなか興味深い所であるし、京都にも馴染めることになると思うのです。先ず京都に親しむには、地図の読み方を覚えることから始めたほうがいいのではないでしょうか☆

在原業平邸址の写真
東三条邸址の写真
高倉宮址の写真