知る世界 「旅雑記」(18)「講演旅行の収穫」

小説を書き、ベストセラーを送り出していると、あちこちから講演のお呼びがかかります。とにかくあちこちからお呼びがかかるので、原稿を執筆しながら、その合間を縫って出かけることになりますが、そんな時に地元の方から、思いがけないお話を聞くことがかなりあります。

そんな中の一つに、石川県金沢市の場合がありました。

ここはサイン会をやったのがきっかけで、何度も何度も出かけて行くことになったところで、わたしも大変好きな市ですが、書店でのサイン会はもちろんですが、高校、大学での市民講座、テレビ局の若者とのトーク番組の収録と、時には能登まで行って交流していました。ときには村を上げての大サイン会になってしまったことがありました。

何度話がきても、金沢が大変気に入っていたので、断るはずはありません。最後は家内も伴って能登まで行ったことがあります。この時、所謂書店でのサイン会は出版社から編集担当が付き添いましたが、それ以外に県から講演依頼があった時は、おおむね県の教育委員会の方が付き添って下さいました。

大体わたしは地方で講演をする時は、それと同時にそのあたりを探索して来るようにしていましたから、たとえ一日でも余計に予定を組んで、結構あちらこちらと出かけて行って、出来るかぎり資料を集めてきたものでした。編集担当に言わせると、わたしのように真剣に資料集めや取材をする作家は珍しいくらいで、ほとんどの作家はたまたまやってきたのだからと言って、近くの歓楽街で遊びまくっていくということでした。わたしは編集担当に遊びに行くことを許可して、一人で資料の整理をしていたりしていたことが多かったともいますが、金沢の場合は、上の写真のような石川県立歴史博物館や、右の写真のようにその一部に建てられている、地元金沢出身の作家である泉鏡花が書いた「滝の白糸」の記念碑を見たりして、とにかく時間を見つけてはあちこち出向いて行ったりしていたのです。

わたしは講演を依頼されると、その土地周辺のことを調べておいて、余暇に出かけて行くところを決めているのですが、時には思いがけないことで、これまでまったく巷間伝えられていないような、小説の素材となるような貴重なネタを提供してくれる方もありました。

何回か訪問して、その度に大成功するわたしのイベントを見ていた県庁の幹部の方が、何度目かの訪問の時に、ある情報をこっそりと耳打ちしてくれたのです。

或るトリッキーなお寺が観光客に大うけしていたのですが、それは表向き伝えられている歴史とは違う歴史があるということだったのでした。

残念ながらまだその貴重な情報を活かしておりませんので、その内容を書いてしまうことができませんが、実に興味深いはなしでした。

講演旅行というのは、招待して下さった地元の方もわたしを歓迎していることを伝えようとして、食事会などを盛大に用意して下さるのですが、大体こういう時に、お互い寛いでいることもあって、普段あまりできないようなことも口をついて出てくるのでしょう。

ひそかにわたしを喜ばせた情報も、こんな機会に判ったのです。

このあたりは、所謂寺町で、あたりには寺が集められていましたが、その中の中心にある寺が問題の寺で、県の幹部の方の説明によると、その近隣の寺の者が、集まって遊ぶところであったと言うのです。金沢には遊郭もあって、誘惑も多いところだったわけですが、僧籍にある者がそんなところでおおっぴらに遊ぶわけにもいかないところから、寺々が資金を出して建てた所謂自建の寺だというのです。さてそこでどんなことが行われていたかは触れることができませんが・・・。

とにかくその話を聞いた翌日、わたしは早速その寺へ行ってみました。

とにかく観光客で大変な賑わいで、予約をしないと拝観できないくらいなのです。ガイドがついて、寺だというのに、さまざまな仕掛けがあって、まるで忍者の寺ではないかと思わせるような印象をもちました。

藩主の前田家の菩提寺であり、或る時にはその出城としても使われていたということで、そのためにさまざまな仕掛けがあるのだというのが、ガイドの説明でした。

思わずわたしも納得してしまったほどでしたが、県の幹部がこっそりと教えてくれた史実とはあまりにも違うので、びっくりしたり、呆れたりしました。しかし本当のところは闇の中です。はたしてどちらがその寺の真実を伝えているのであろうか・・・。わたし自身確信がなく、そのためもあって、なかなか物語化する決心がつかないというのが真意というわけです。

真実がどうかは別として、実に興味深い話で、県の幹部から聞いた話も、充分説得力を持っていますし、実に興味深いものです。

こういった話が聞けるのも、講演旅行のお陰ですが、時にはその土地、その土地の人々の思い込みに過ぎないという話もありますから、あとで一応確認作業が必要になることがあります。そんなことがあっても、やはりそれぞれの土地で得る生な情報は、作家として大変大事なことだなと思うのでした☆



この原稿は、旧HPへ載せたものに、加筆、訂正したものです

忍者寺の写真