楽しむ世界 FaileFaile(53)「ひとくち古代史」(梅から桜)

右近の橘、左近の桜といわれて久しいことです。

最近、小説を書く準備があって、いろいろと資料調べをしていたのですが、これが決定的になったのは、嵯峨天皇がきっかけではなく、その子の仁明天皇の時であることがはっきりとしました。

仁明天皇の時に、それまで紫宸殿の前庭で育てられていたのは、中国で大事にされている梅だったのです。それが枯れてしまったので、桜に変えるという記録があり、この時を機会に、梅は桜に変わっていったようですね☆