読む世界 Faile 10 「言霊考」

誰にも落ち着くところがあるものですが、あなたはどうでしょうか。

たとえ家族でも、いつもべったりといられては窮屈になるものです。一人で静かに、自分の世界に浸りきっていたいと思うことがあるのではありませんか。まして親友や、仕事仲間とはいっても、いつも一緒では鬱とおしくなってしまうでしょうし、まして特別の関係のない人とは、どんなに親しくても、べったりとしていられたら必ず息詰まってしまうでしょう。すべてのしがらみから離れて、たった一人になりたいと思う人は、かなりいらっしゃるのではないでしょうか。

マンションを買ったり、家を建てることになったりすると、お父さんが必ず希望するものが、書斎という空間なのだそうです 。

人の目から逃れる空間・・・たとえ家族といっても、常に監視される状態から逃れるには、書斎が一番なのかもしれません。最近はそんな部屋に籠って、趣味のプラモ作りに励んだり、童心に返って遊んでいたりする人がかなり多いと聞きますし、じっくりと美酒に酔っていたりする人もいるといいます。自分だけの空間を持つというのは、何方も共通の夢なのかも知れませんね。

ところでわたしの場合ですが、物書きを生業にしているので、昔から書斎は何とか無理をしても確保してきました。そこは仕事をする場ではあるのですが、誰にも邪魔されずに寛げる場でもあったのです。精神的に落ち着く空間でありながら、激しく、精神を集中させて、戦う場でもあるのです。わたしはそんなところが好きで、何時間そこにいつづけても飽きませんでしたし、今でもまったく同じ心境です。もう一つそこにいることが落ち着く理由があります。部屋の壁には、沢山の本が置かれていて、わたしはその本に囲まれて作業もするし、寛ぎもするのです。

しかし昨年家を建て替えましたので、書斎の雰囲気はすっかり変わってしまいました。書籍に囲まれて作業をするというのは 、旧宅の場合で、今回は書庫を別に作って、映像作品を置くところと分けましたので、ちょっと雰囲気が変わりましたが、やはり一番落ち着く場というと、書籍で埋まった書庫ということになるのです。

なぜでしょう。

多くの書籍に囲まれているからです。ということは、それらの書籍の著者の言霊が、ぎっしりと詰まっているからなのです。

多くの作家、学者、研究家、科学者、芸術家、漫画家、評論家、エッセイスト等、文筆にかかわる人々が、精魂こめて書いた著作物というものには、それらの著作物に思いを籠めているわけで、その作品にはそれぞれの著作者の言魂が、文字を通して篭められているはずです。

わたしが本に囲まれている中で作業をしている時、一番落ち着けるのはそのためであるような気がいたします。

超科学の時代に、「言霊」などと先祖がえりをしてしまいそうなことをいいますが、かつて中国を何度か取材旅行をした時に、流石に元祖言霊の国だなと思うことが、しばしばありました。町の大通りはもちろんのこと、脇の道にも威勢のいいスローガンが書かれた横断幕が吊るされていました。特に向上などのあるところには、横断幕だらけだし、その塀にも労働者に活を入れる言葉が大書きされていました。町の大通りの看板には、政治的な意味のある言葉が、イラストと共に描かれて掲げられていました。

どこへいっても、言葉、言葉、言葉でした。

その言葉に込められた勢いというものが、知らず知らず、それを見る、読む、人に伝わってくるような気がしたものでした。目に見えない言霊の威力というもので、民を引っ張っていこうという意図を実感したわけです。

言霊。

わたしが図書に囲まれながら作業をしたり、寛いだりすることを好むのは、その目に見えない沢山の言霊の重みによって、騒ぐ気持ちも落ち着き、時には激しく精神を掻き立ててくれることにもなるからなのでしょう。わたしは夏の保養中でも、しばしば軽井沢図書館へ出向いて、沢山の書籍に囲まれて過ごしました。さて、あなたが一番落ち着くところはどんなところでしょうか☆

拙宅の書庫の写真
軽井沢図書館の写真