読む世界 Faile(24)「宇宙皇子効果」

昨今、若者が小説を読まないという嘆かわしい状態がつづいています。時代の流れが変わってきている証拠で、ほとんど彼らはコンピューターでのインターネットの方に虚身がいってしまっていて、活字の世界には馴染めないのかもしれません。

そうした状況は、実は今に始まったことではなく、80年代にもそんな風潮がありました。折しも第一期の漫才ブームが起こった頃のことで、お笑いブーム全盛の昨今の状況と似通う状態にあります。更に80年代と大きく違っているのは、コンピューターの普及ということばかりでなく、若者を引き付ける興味あるものが、次から次へと送り出されてくるので、とても活字の世界へ気持ちを向けることが、困難なこともあるでしょう。

しかし・・・。

私はそんな80年代に、「宇宙皇子」という作品を発表して、若い人に大きな読書ブームを引き起こしました。

若者が、本を読まない、読まないと批判が強かった時代ではありましたが、それでは彼らが飛びついて読みたくなるような本が提供されていたのかというと、ほとんどないといってよかったのではないでしょうか。しかも時代は変わろうとしていた頃でした。若者はたちは群がって新しい流れに乗ろうとしていたはずです。

ところがそうした彼らを批判する声は大きかったものの、そんな彼らを引き付けるものを押し出して、読書への関心を引き出す努力をしたというと、ほとんど皆無だったというしかありませんでした。

かつては純文学を読み耽っていた私は、たまたま映像の世界に身を置いていたことがあったことから、多少は若者たちの状況に関しては熟知していましたので、活字の世界にまったく欠けているものは何かを考えていた結果、かねてからいつか書こうと準備していた歴史を、素材にした作品を書いてみようと決心したのです。しかも若い人が一番苦手な古代史を背景にしてみようとしました。当時の若者の動向を考えると、まるでそれとは逆方向の、あまりにも意外な世界でしたが、それだけにその世界を魅力的な世界にして押し出さなくては、受け付けるわけがありません。そこでわたしは「宇宙皇子」というキャラクターを作り出したのです。そして更に、若者が親しみ易さを考慮して、イラストレーターにも工夫したのです。当時の出版界の常識では考えられないことを提供したことは間違いありません。業界の常識を覆してしまったことは間違いありません。「宇宙皇子」はほとんど発売と同時に、売り切れてしまう状況が何年もつづきました。おそらくそれまで活字の世界を守ってきた人々たちは、唖然、呆然といった状態だったに違いありません。納得できなかったに違いありませんでした。ただただ否定するばかりで、どうしてそんなことが起こるのかということには、まったく目を向けることがありませんでした。

しかしたしかにあの「宇宙皇子」によって、読書の習慣を持った若者は圧倒的に多かったのです。しかもそれによって古代史に馴染んだ彼らの中には、大学の歴史学科へ進学していく者がいました。読者からの手紙の中には、かなりそういったものがありました。

とにかく本を読まない若者たちに、活字となじむというきっかけを作ったことは間違いありません。今回の話は、そんな努力の結果が、昨年の徳島新聞に、読者の投稿と思われる記事が載っていたのです。その新聞の切り抜きを、親しい寺の大僧正が、わざわざ新年会の席へ持って来て下さいました。

それによると、投稿者は「宇宙皇子」を読むことで読書に興味を持つようになり、それ以後次々と違ったジャンルの作品も読破するようになっていったということが書かれていました。

如何に読書のきっかけ作りに、意味があったかという話です。 実に嬉しいことでした。あの作品を書いた時の私の思いが、実に20数年の時をへて、その結果が報告されたわけです。

若者の読書離れということで、盛んに非難の声は上がるのですが、出版界には、かつてのように読書の楽しみを引き出すような作品を送り出す努力をしているのだろうかと、問いただしてみたくなってしまいました。いろいろな世界から、これではどうだ、これではどうだと、興味深いものが次々と送り出されてくる時代だからこそ、そんな時代に向けた作品を生み出す努力をしないと、本当に若者から読書という習慣は、ますます遠ざかっていってしまうでしょう。

読書の習慣を失った結果、精神的な充実感を味わう機会も失われてしまうのです。

20数年前に、若者に挑戦した作品の効果が、確実に彼らに根を下ろしているということを証明する新聞の投稿記事によって知ることができたので、敢えて紹介することにいたしました。