読む世界 Faile(31)「伝説を楽しむ」

これまで、大変多くの土地へ取材に出向きました。そこで関係者に話を聞いたりもしました。そこの代表者にも会いましたし 、まったくそういった責任のある人だけではなく、その土地に長く生活する住民にも話を聞きました。しかし伝説と言われる話について取材する時は、どうもその場の権力者とか、博物館の館長などの責任者と言われる人々に取材すると、どうもきまりきった話しか聞くことが出来ません。むしろそこに長く住みついている、名もなき人々に取材することのほうが、如何に必要であるかを実感したことがありました。つまり伝説が今も語り継がれてきているということは、それだけ庶民の夢、憧れ、称賛という気持ちがなければ、あり得ないことです。

権力者によって作られ、残されてきた記録も大事ではあるのですが、こうした伝説という庶民の支持によって支えられ、残されてきた伝説も、絶対にないがしろには出来ないのではないかと思うのです。その一つが、法隆寺の釈迦三尊を作ったとも言われているにまつわる伝説です。

どうもこの人はシルクロードを辿ってやって来たのではないかと思われるのですが、一説ではトルコ人ではなかったかとも言われている謎めいた人物にまつわる伝説があるのです。

飛騨の白川郷から飛騨高山へ向かうの村に流れる月ヶ瀬川という小川の橋の上での、とという女性との出会いの伝説でした。

美しさに欠ける信夫は、祭りの夜だというのに、誘ってくれる人もなくて、小川に架かった橋の上から、川に映った月を眺めて泣いていたのですが、そこへ現れたのが、あたりでは見かけない異様な姿の若者でした。それが鞍作鳥でした。

二人はそこで恋を実らせたというのですが、この小さな村にある寺には、その信夫の墓も作られていましたが、取材に訪ねた時は夏でしたが、応接に現れた裸の住職は、総刺青でびっくりしてしまった思い出があります。

とにかく幾世代も語り継がれて来た伝説には、それなりにそれを語り継ぎたいという、その土地の人の思いというものが考えられます。

わたしはそういった伝説の残り方を、大事にしてきたほうなのですが、歴史家はほとんどそれらのことは無視してきましたし、現在も同じような状態がつづいています。確かに古文書とか古記録に残された資料に基づいて研究したり、楽しんだりするほうが、より現実的でいいのかもしれませんが、そのために、前述しましたような伝説的な話をまったく無視してしまうという風潮には、残念としか言いようがありません。

日本の古代のことですが、木曽の飛騨の英雄と語りつづけられている、という、二人の男性が背中合わせにくっついた・・・いわばベトナムのドクちゃんのような身障者だと思うのですが、生活に苦しむ農民たちのために、朝廷軍と戦ったという話が日本書紀にも書かれています。わたしは現地の飛騨にも行ってきましたが、土地の人は、その英雄が立て籠った崖の上の洞窟まで、まるで現実の話を教えてくれるようにして話してくれました。

秦の始皇帝から命じられて、不老不死の妙薬を求めて日本へやって来た、徐福の富士山麓や、和歌山あたりに残る伝説もありますし、現在も徐福神社がありますし、たびたび映画化される曲亭馬琴作「南総里見八犬伝」なども、わたしがその八人の姫君の一人の末裔と知り合いということもあって、あまり作り話の世界だといって無視してしまうこともできません。

もう少し、伝説の世界を楽しむような空気があってもいいのでは)ないでしょうか。現代には、あまりにも現実主義的な風潮がありすぎてしまったので、そういった楽しむ余裕を失ってしまっているように思えてなりませんが、どうでしょうか。

伝説を楽しめるような、気持の余裕が欲しいものですね☆

伝説を楽しむの写真