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                                さと
「愚者はおのれの経験に学び、賢者は他人の経験に覚る」



ビスマルク
(ドイツ第二帝国、宰相)
























The Theater


In case of Europe


第2部第6幕「三重奏」
























USS、「アラバマ」

パンテレリーア島北西48マイル

1942年10月22日、1500














合衆国の建造した60番目の戦艦、「サウス・ダコタ」級戦艦の4番艦、「アラバマ」

彼女は今、敵を目の前にしても戦えない状態だった。

「護衛部隊より至急電です!」ブリッジに電文を持った通信士が駆け込んでくる。

「読み上げて!」

アスカが間髪いれずに命ずる。

「ハッ!・・・・・『我、いたりあ水雷戦隊ト思ワレルれーだーえこーヲ確認。コレヨリ突撃シ輸送船団カラ敵艦隊ヲ引キ離サントス』

「・・・・・・・・・・・・・」

それを聞いて歯噛みをするアスカ。

「アラバマ」の周りにはやはりこの先の海域に進めない英海軍戦艦「マラヤ」と亡命フランス海軍戦艦「ストラスブール」が漂っている。

連合国海軍総司令部の方針が”主力艦を危険海域に近づけない”というものなので、かれら3隻はここで足止めされているのだ。

「・・・・・2隻の軽巡と5隻の駆逐艦対9隻の駆逐艦・・・・副長、どう思う?」

「・・・・純粋な水上戦の場合(今がまさにその状況ですが!)・・・・やはり我が方が不利でしょうね」

「そうよね・・・・軽とはいえ巡洋艦がいるのは大きいわ・・・・」

そしてアスカは大きく頭を振る。

「まったく!・・・これじゃ何の為にはるばる地中海まで来たのかわからないわね!」

そして状況がさらに悪化していることを示す報告がブリッジに上がる。

《レーダー室からブリッジ!・・・対空レーダーに反応!真方位010、距離45マイルに大規模な編隊です!》

「味方ってことは・・・・」

「ありえませんね」カヲルがあとを引き継ぐ。

アスカは電話員から艦内電話の受話器を受け取るとレーダー室に接続させる。

「こっちに向ってきてるの?」

「いえ、輸送船団の方向に向っているようです」

「・・・・ふん・・・・」アスカは艦内電話のセレクターを操作して機関室に繋げる。

「機関室?こちら艦長・・・・エンジン始動、大至急ね・・・・」

「か、艦長!?」カヲルが血相を変えている。

「気の使い過ぎよ、ナンバーワン・・・・臨戦態勢を整えておくだけよ」

「・・・・・・・・・・」

付き合いの長いカヲルはその裏を読み取る事が出来た。

いや、付き合いが長くなくても読み取れたかもしれない。




『この次に何か起きたら全速で突っ込むわよ!』



彼女の瞳はそうつぶやいているのだ。









30分後、「アラバマ」のエンジンの暖気も終わった頃、彼女にとって朗報とも言える報告が届く。

《通信室からブリッジ!護衛部隊から緊急電!「れーだーすこーぷニ大型艦ト思ワレルえこーを確認、至急救援ヲ請ウ」》

アスカは逡巡しなかった。







「最大戦速!!針路100!」






























イタリア海軍戦艦、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

パンテレリーア島の東30マイル

1942年10月22日、1500










護衛部隊の駆逐艦が見つけたレーダー映像、それはまさしく大型艦に他ならなかった。

イタリア海軍が誇るヴェテラン戦艦。

コンテ・デ・カブール級戦艦3番艦、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

かの天才発明家と同じ名を付けられたフネだ。

全長186メートル。

排水量28000トン弱。

兵装は32cm砲が10門、3連装砲が2基に連装砲が2基だ。

主砲の他にも12cm連装砲を6基、10cm連装高角砲4基を備えている。

速力は28ノット。

一昔前ならば高速戦艦と言われたであろう数字だ。



しかし・・・・・・



なにせ建造が第1次大戦中。

イタリア海軍一のヴェテランという事は、イタリア海軍一のポンコツかつロートルという事になる。

もちろん、老朽すると同時に近代化改装   それもかなり大規模なものを   を受けている。

しかし、海軍が大きな期待を込めて施したその改装は、注ぎ込んだ時間とリラの効果があったかどうかで意見が分かれている。

この”意見が割れている”というのはイタリア国内での話で、国外ではもっと正直な論調が大勢を占めていた。

イギリス海軍の艦艇建造関係者の言葉を借りれば、

「あんな古臭いオールドミス   彼女はその艦齢になっても戦闘を経験していなかった   に予算を使うなら同じだけ駆逐艦を造った方がマシだ!」ということになる。

だが・・・・

その艦のブリッジにある唯一の椅子・・・・つまり艦長用座席に座った男はタラントを出港して以来、どこか楽しそうだった。

「艦長、ドイツ空軍の攻撃が始まりました」

彼の傍らに近づいた航海長が電文を渡す。

「マルタからの迎撃は?」

「散発的です・・・・マルタの敵空軍は補給が滞っているのと士気の低下で稼働率が落ちているという報告があります」

「・・・・・航海長、ジョンブルをなめては痛い目を見る事になるよ・・・・連中はこちらに痛恨の一撃を与える機会を狙っているのかもしれない」

艦長は微笑みを崩さずにたしなめる。

「はい、軽率でした」

航海長も悪びれずに謝る。

彼は艦長に敬意を払っていた・・・・崇拝といってもいいかもしれない。

彼にはそうする理由があった。

艦長は元々大型艦乗りではなく、その経歴のほとんどを魚雷艇隊ですごしていた。

イタリア海軍は、兵の技量は訓練不足が重なりすぎて最悪のレベル、指揮官はどうしてと思うほど優柔不断な人材が集められたいびつな軍隊だった。

なまじ装備がなかなかの物を持っているだけにその差異はますます浮き彫りになっていた。

しかし、今「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の艦長を勤めている男は、イタリア海軍の指揮官○○○特に高級指揮官に絶対的に不足しているものを持っていた。




勇気だ。




そして上官にもあけすけに物事を言うこの男を海軍上層部は疎ましく思い、魚雷艇隊から追い出し、このポンコツを与えたという訳だ。

艦長自身はあまり不満には思っていない。

大型艦の艦長職には、魚雷艇隊の指揮官とはまた違った魅力がある。

そして老いたりとはいえ、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は戦艦であった。

今まで自分の隊が怖れつづけてきた快速の駆逐艦など、この老嬢でも簡単に揉み潰せる。

だが、彼がこのフネに着任した時は我が目を疑ったものだ。

思い出すと今でも艦長は苦笑してしまう。








魚雷艇隊の部下達に名残惜しげに送られてから3日、タラント軍港にたどり着いた彼が自分の指揮艦を見て唖然となったのも無理はない。


機銃の銃身に掛けられた洗濯物。


下着だけを残した格好で日焼けをしている水兵の一群。


祝日でも祭でもないのに艦上に張り巡らされている万国旗。


もちろん昼寝の時間はとうに過ぎている。

彼は艦に上がるなり下士官の一人をつかまえて「このなりはどういうことだ?」と問いただした。

最初、その下士官は彼の事を訝しげに眺めていたが、相手が士官だとわかると敬礼する。

「・・・・このフネは1年も前からこの状態ですよ」

「なんだと?」

「考えても見てくださいや・・・・動くための油はナシ・・・動くための許可はナシ・・・撃つための弾はナシ・・・こんな状況じゃあ誰だってこんな風になりますわな」

下士官の言葉を聞いて彼は天を振り仰いだ。

「このフネの弾薬庫は空っぽなのか?」

「いや、弾薬庫にはそれこそ床から天井まで目一杯詰まってます。主砲はもちろん、副砲や高角砲もね」

『だったらなぜ?』彼の考えが口をついて出る前に下士官は答えていた。

「技量を向上・・・とは言わないまでも維持させる為に砲撃訓練をしようにも発砲許可どころか訓練が可能な外海へ出る事すら許可されんのですよ・・・・これで士気が下がらなかったら、それこそ奇跡ですな!・・・・そして本艦には奇跡は起きなかった、そういうことです」

下士官はそれだけ言うと口をつぐんだ。

彼はこの下士官がヴェテランであるのに気付いた。

階級章が曹長を示しているからだ。

どこの国の海軍も、下士官の人事は慎重を極めている。

彼らが艦隊の背骨だからだ。

口振りからしてフネの今の状況を良く思っていないがどうしようもないのだろう。

艦長として赴任してきた彼は己の城となるフネの艦橋構造物を見上げて、それから下士官に視線を戻した。

その瞳には不敵な光が湛えられていた。





「曹長、今日から忙しくなるぞ・・・・このフネは戦艦だということを皆に思い出させてやる」




確かにそれから今日までの間は”忙しい”状態だった。

渋る司令部を脅してなだめて許可を取りつけ、これでもかというほど訓練をおこなった。

怠惰な生活に慣れきってしまった部下達からは不平不満が聞こえたが、そんな時はこう怒鳴った。

「オマエ達はこのフネの1000分の1も無い小さな魚雷艇に全てを任せて寝ているつもりか!?」と。

効果は絶大だった。

艦長の勇気が乗員に伝染したかのように訓練に真剣に取り組み始め、それと共に技量もめざましく向上していった。

そして今ではイタリアの大型艦の中では随一の技量と士気を誇るようになった。

艦長には今ならタラントで腰を据えて動こうとしない最新鋭の「リットリオ」級と撃ち合っても負けない自信があった。










「航海長、あとどれくらいで連中を射程におさめられる?」

「あと1時間弱です」







イタリア海軍の今までの汚名を返上すべく、艦長と「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は一路敵に向う・・・・



























大日本帝国軍艦、「敷島」

シチリア島の東、メッシナ海峡

1942年10月22日、1500









イタリア半島の長靴とシチリア島に挟まれた狭い海峡。

連合軍の輸送船団にドイツ空軍やイタリア水雷戦隊が襲い掛かっている頃、「敷島」はそこを通過していた。

敵に見つからないように慎重に慎重を重ねてここまで来た。

本来はもう少し早く戦闘に加入する予定だったのだが、シンジがその方針を変更した。

「僕らの目的は敵艦とドンパチして損害を受けることじゃないんだ。「敷島」の標的はあくまで輸送船団だよ」

敵の主力艦が戦闘海域の手前で足踏みをしているとの偵察情報もシンジの判断を補強していた。

「副長、さっきの電探が捉えた大型艦らしい映像の正体、掴めたかい?」

艦橋で柔らかな印象のある地中海を見つめるシンジが振り返りもせずに背後のトウジにたずねる。

戦闘配置がかかっている今は、トウジは後部艦橋に詰めていなければならないのだが、シンジは今すぐ戦闘があるという状況ではないため、参謀経験もある彼を艦橋に置いている。

「ああ、さっきの奴でっか?・・・・針路を逆にたどってみたらタラントに行き着きましたわ」

「タラント?・・・・イタリア海軍かい?」

「まあ、そーゆーことになるんでしょうなあ」

シンジもトウジも今一つ納得いかない。

イタリアの軍隊と言えば精強などという言葉からかけ離れたものだという偏見    事実にかなり近い偏見   を抱いていた。

「まあ、捉えた映像の速力から見てしばらくすれば戦闘海域に入る筈です。そうすりゃわかるでしょ」

「だね」

「んで、どないします?」

「うーん・・・・」

シンジはひとしきり考えてから口を開く。

「戦闘海域とマルタの中間地点に行こう」

「マルタの空軍の行動半径内でっせ!?」

「そこら辺じゃないと間に合わないよ・・・・全速で急行してもマルタに逃げ込まれちゃうよ」

「ふむ・・・・」

「ドイツ軍とイタリア軍が攻撃して擦り減った敵戦力に僕達が駄目押しをするんだ」

「いっちょハデにやりまっか!」

「まあ、ほどほどにね・・・・僕らの主目的はコイツをなるべく傷のない状態で本土へ回航することなんだから」

「わかってま」

 

 

 

 

 

 


 

 

 









 

 

イタリア海軍戦艦、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

パンテレリーア島至近海域

1942年10月22日、1600












「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は既に戦闘加入していた。

しかし、英国駆逐艦の必死の防戦により、輸送船団から引き離されつつあることに気づいていなかった。

無理もない。

イタリア海軍は1次大戦はもちろん、この大戦においても実戦経験が極端に少ない。

ドイツにおいて”現存艦隊主義”(Fleet In Being)という言葉が生まれたが、その言葉はイタリア海軍にこそ相応しいかもしれない。

イタリアの海軍力はレパント海戦以降、まともな勝利の経験が無いのだ。

そして、戦術というものは経験が無ければ進歩しない。

この場合、イタリア海軍(「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の他に軽快艦艇と魚雷艇隊がいた)は輸送船団こそ狙うべき目標だった。

しかし、現状はイギリス駆逐艦との正面切った戦闘を繰り広げている。

 

「駆逐艦2!本艦の右舷に回り込みます!」

見張員からの報告が入る。

「面舵!奴らを左舷副砲の射界にいれろ!」

艦長が少しいらだたしげに叫ぶ。

事実、彼は少々イラついていた。

「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は老いたりとはいえ、れっきとした戦艦だ。

10キロ単位での砲戦を主眼に建造されている。

しかし、現状は完全な近接戦闘。

敵駆逐艦の乗員が肉眼で確認できるほどの距離である。

「まったく!・・・」

艦長も、はじめは距離を取って遠距離から主砲で叩き潰そうとしたのだが、海域は既に敵味方入り乱れた乱戦に陥っており、主砲など撃とうものなら、味方の艦艇に当たりかねなかった。

「左舷2番副砲、被弾!」

「応急班をまわせ!」

戦艦といえども、副砲の防御力は大した物ではない。

しかし、彼らの努力はそれなりに効果をあげつつあった。

「艦長、敵艦隊が引きます」

確かに、残存する敵の駆逐艦は針路を来た方向にとりつつある。

『この場は勝ったのかな?』

だが、その考えばかりは甘かった。

 

 

「艦長!敵駆逐隊の後方に複数の船影が見えます!」

 

 

 

 

 

 


 

 









 

 

 

USS、「アラバマ」

パンテレリーア島至近海域

1942年10月22日、1600

 

 

 

 

 

「艦長!敵影確認しました!・・・・戦艦1、巡洋艦以下5〜6隻と・・・魚雷艇もいます!」

既にアラバマは戦闘準備を完了している。

あとは敵を射界に納めるだけだ。

しかし、先行しているのは亡命フランス戦艦「ストラスブール」

「アラバマ」よりも僅かに優速なため、少し突出した形だ。

そして後方にはやや遅れて「マラヤ」

旧式戦艦にとっては前を行く2隻についていくだけでも難事だ。

「敵戦艦の艦種はわかる?」アスカが見張員に聞き返す。

「えーと・・・あの古臭い型は・・・・わかりました!「コンテ・デ・カブール」クラスです!」

「???・・・・なんでそんなポンコツが出てくるのよ?・・「リットリオ」クラスはドコいったのよ?」

「さあ?」

肩をすくめるカヲル。

「これがイタリア海軍ということですかね?」

「んじゃあ、このあとは戦艦は逃げ出して、駆逐艦なんかが突っ込んでくるの?」

「じゃないですかね?」

「「ストラスブール」が砲撃を開始しました!」

前部に集中した8門の33サンチ砲が火を吹いている。

こういうときにはあのような主砲配置も使えるかな、アスカはそんなことを考えていた。

「ウチはどうします?」

カヲルがアスカのほうを振り向いてたずねる。

「輸送船団は無事なの?」

「ええ、なんとか脱出しつつあるようです」

「じゃあ、安心してあの連中を叩けるわね」

「では、」

「征きましょう」

イタリア戦艦の行動は彼らの考えをあらゆる意味で裏切った。

 

 

「敵戦艦発砲!!」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

イタリア戦艦、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

パンテレリーア島至近海域

1942年10月22日、1605

 

 

 

 

「初弾着弾まであと20秒!」

《次弾装填急げ! 》

艦長にはわかっていた。

現状であまり戦えないことを。

敵は戦艦級が3隻、こちらは1隻。

がっぷり四つに組んで戦ったら、本当に揉みつぶされてしまう。

「せめてもう1隻、戦艦があればまともな砲戦ができるんだが・・・・」

「艦長、そりゃ贅沢ってもんです」航海長がすこし笑いながら艦長をいさめる。

「まあな」

「で、どうします?」

「水雷戦隊は引き上げさせろ。彼らは十分に戦った」

「我々は?」

「次弾を撃ったら、尻尾を巻いて逃げるかな」

「わかりました」

《初弾弾着まで5・・・・4・・・・3・・・・2・・・・1・・・・0!》

すると、水平線上に細い、針のような水柱が幾本か立つ。

その他に発砲炎とは違うきらめきが見えた。

「まさか・・・・」航海長がうめく。

射撃指揮所からの報告がそのうめきを肯定する。

《初弾、敵戦艦を夾叉!初弾少なくとも1発命中!!》

ブリッジに大歓声が沸き起こる。

イタリア海軍では今まで初弾命中などというものは考えられなかったのだから無理もない。

だが、そう喜んでばかりもいられなかった。

《後方の敵戦艦、発砲しました!》

「砲術長、急げよ!この場には長くはいられんぞ!」

《了解!・・・・第2射撃ちます! 》

その声とともに10門の32サンチ砲が全力斉射を開始した。

 

 

 

 

 

 


 

 

 










 

 

USS、「アラバマ」

パンテレリーア島至近海域

1942年10月22日、1605

 

 

 

 

「「ストラスブール」被弾しました!」

見ると前部に集中している砲塔の一つがターレットから外れ、黒煙を吹き出している。

「・・・・なかなかやるじゃない」

確かに、見事というほかなかった。

主導権をとったのはこっちのはずなのに、始まってみれば「ストラスブール」は初弾で砲塔を叩き割られている。

「こっちの初弾は?」

それにはFCSについている砲術長がスピーカーで答えた。

《初弾弾着まで10秒・・・・5秒・・・・3・・・2・・・1・・・NOW!》

流麗なイタリア戦艦の周囲に水柱が立つ。

《初弾、夾叉しました!続けて撃ちます!》

「了解!」

アスカは少し気を楽にしていた。

初弾で夾叉できればあとはそう苦労はしないだろう、と。

轟音が聞こえてきたのはそんな時だった。

「「ストラスブール」が!!!」

見張員が悲鳴にも似た声をあげる。

いや、それは悲鳴だったかもしれない。

見ると、「ストラスブール」は既に右舷に傾いており、速力も落ちていた。

「何が起こったの!?」

「あのイタ公の砲撃です!艦長」

アスカは呆然とした思いでボロボロになったフランス戦艦を見つめた。

歴戦のアスカをしてそんな思いにさせるほどの早業だった。

そしてイタリア戦艦は、もうこれで十分、とでもいうかのように回れ右をして逃走に移っていた。

《第2射、Fire!》9門の火柱が「アラバマ」の舷側に立つ。

「これで止められなければアウトね」

今、敵艦は全速で逃走を図っている。

この第2射で足を鈍らせるぐらいないと、まず追いつけない。

速力が似たようなものだからだ。



しばらくして、イタリア戦艦の周りに水柱、そして閃光。

艦尾から煙が上がるが、速力は落ちない。

イタリア戦艦は逃走に成功しつつあった。

針路は北西。

シシリー島を時計回りにかわしてタラントに帰るつもりなのだろう。

軽快艦艇群や魚雷艇は既に姿が見えない。

 

「やられたわね・・・・」アスカが忌々しげにつぶやく。

そして「ストラスブール」に視線を移す。

浮いているのが不思議なくらい傾き、どす黒い煙を吹いている。

「ま、どうやら輸送船団は逃げられたみたいね」

彼女は疑っていなかった。

最重要の任務である船団護衛が成功することを。

 

しかし

 

最悪の出来事は最悪のタイミングを狙って発生する。

 

その経験則は地中海でも生きていた。

 

 

 

「輸送船団から至急電!「我、「びすまるく」くらすト思ワレル戦艦ノ襲撃ヲ受ケツツアリ。既ニ輸送船1隻撃沈サル。大至急救援サレタシ」」

 

 

 

 

 








 

 

彼らは来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 











 

 

 

大日本帝国軍艦、「敷島」

パンテレリーア島とマルタ島の中間地点

1942年10月22日、1645

 

 

 

 

 

 

 

「右舷の輸送船、沈みます!!」

見張員が指し示す方向では、船首部を42サンチ砲で吹き飛ばされた輸送船が急速に沈んでいた。

「次!」

《目標、010度の輸送船・・・・照準よし!》

「撃ち方はじめ」

《てぇ!》

ケンスケの号令とともに前部の第1、第2主砲塔からそれぞれ1発ずつ42サンチ榴弾が放たれる。

「敷島」が輸送船団に殴りかかって30分。

既に船団は壊滅状態だった(もっとも、総勢5隻で内1隻はドイツ空軍により沈められていた)。呆れるほどの早業である。

ちなみに高角砲には射撃をさせていない。

砲弾の不足がその理由だ。

《命中!》ケンスケが喜色もあらわに報告する。

2発の巨弾を食らった輸送船は大爆発を起こして火達磨になっていた。

「あと何隻だ!」

「2隻です!!」

見ると、1隻は北、1隻は南に脱出しようとしている。

シンジはちょっとの間考えると、

「面舵!針路090!」

「宜候!」操舵員は答えると、ぐるりと舵輪を回す。

「針路090、定針しました!」

「砲術!第1、第2で北方の目標、第3、第4で南方の目標を狙え!」

《了解!・・・砲撃準備!》

ケンスケのその声に答え、艦橋から見える前部2基の砲塔はゆっくりと北方   左へ指向する。

ここからでは見えないが、後方の主砲群は南を狙っているはずだ。

「照尺出来次第撃ち方はじめ!」

シンジが怒鳴る。

《了解!撃ちます!》

そして、発砲。

8門すべてを用いた全力射撃だ。

距離はそう開いていないのですぐに着弾する。

《命中!》

2隻の輸送船はともに船体中央部を吹き飛ばされてのた打ち回っていた。

『これならもうすぐ沈むな』

電探室からの報告が彼の耳に入ったのはそんなときだ。

《電探室から艦長・・・真方位300度、距離25海里!影像の大きさから見て戦艦級です!》

「じゃあ逃げようか」

シンジは事も無げにいう。

「針路はこのまま!最大戦速!」

 

 

ここでシンジにちょっとしたイタズラ心が沸き起こった・・・・・・

 

 

「通信室!これから言うことを発信して、平文でいいから・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 












 

USS、「アラバマ」

パンテレリーア島とマルタ島の中間地点

1942年10月22日、1725

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

ブリッジにいる誰もが口を開くことすらできなかった。

目の前にあるのは”ハープーン”船団の最後の希望だった輸送船の残骸だった。

ちなみにここには「アラバマ」しかいない。

「マラヤ」は「ストラスブール」に援助を与えるため残った.

「・・・・溺者救助、急いでね」

「アイ・サー」

それだけいうと、アスカはカヲルを側に呼ぶ。

「船団からの最後の通信、覚えてる?」

「ええ」

「どう思う?」

「どう思うって・・・・軍艦なんか見慣れない商船乗組員の目撃ですからねぇ・・・・なんせ「ティルピッツ」は北にいることが確認されてるんですから」

「うん・・・・そうなんだけどね・・・・」

そういわれてもアスカは納得いかない。

「ま、おおかたイタリア戦艦のどれかを見間違えたんじゃないですかね?」

「・・・・・」

「どっちにしろ、マルタの状況がさらに際どくなったってのは確かですね」

「そっちの情報はなにか入ってるの?」

「ええ、ドイツがマルタ島攻略のために降下猟兵部隊を再編成してるという噂ですよ」

「降下猟兵?」

ドイツの兵科に疎いアスカが聞き返す。

「わが陸軍でいうところの空挺部隊ですよ・・・・クレタを奪取したのもその連中です」

「精鋭ってわけね」

「まちがいなく」

「マルタはそれに耐えられるの?」

カヲルは少し考える。

「ムリ、ですね・・・」

「驚きはしないけどね・・」

アスカはブリッジの天井を仰ぎ見る。

「今回はマルタに1キロの物資も、1リットルの油も運び込めなかった・・・・大失敗ね」

「・・・・・・」

通信士がブリッジに飛び込んできたのはその時だった。

「艦長!」

「?・・なに?」

「クソッたれな電文が入っております!」

アスカとカヲルは顔を見合わせる。

そしてカヲルが電文を受け取って読む。

すると、彼の表情が見る間に怒りで歪んでくる。

「副長、読み上げてちょうだい」

「・・・・・・・」

反応は無い。

「ナンバーワン!」

「は、はい!・・・・申し訳ありません・・・・」

「どうしたの、貴方らしくないわよ?」

「・・・・読みます」

カヲルは一息つくと電文を声に出して読み上げた。

 

 

「宛、連合国海軍部隊」

 

 

 

「本文、   ”我ラハ止メラレジ”

 

 

 

 

その、人を食ったような文章にもアスカは怒りは沸いてこなかった。

うまく出し抜かれた、そんな思いのほうが強い。

そしてそんな思いを抱くのは、ソロモン以来2度目だ。

彼女自身も気づいている。

「発信元は?」

「はい・・・・」

「なに?書いてないの?」

「いえ、書いてあります」

 

 

「H、M、I、J、S(His Majesty Imperial Japanese Ship)・・・・」

 

 

 

「「シキシマ」・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シキシマ」・・・・「敷島」

それが世界最大にして最強の戦艦たる彼女の名である。 

 

 

 

 


第7幕へ・・・


あ・と・が・き

みなさんこんにちは。

P−31です。

第6幕をお届けします。

やっと少しはドンパチ小説(笑)らしくなってきたでしょうか?

今回は文中で海図(らしきもの)を挿入してみましたがいかがなもんでしょうか?

評判がよろしいようでしたら、もっと詳細な海戦図とでもいえるようなものを添付したいなあ、と思っております。

さて、次回もマルタへの輸送船団が舞台です。

”ハープーン”が失敗し、いよいよ進退きわまった連合国と、ここで畳み掛けたい枢軸国の戦いです。

 

次回、The Theter第7幕

 

「有能な俳優、無能なる演出家」

 

お楽しみに。

 

 

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