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「兵ハ多キヲ益トスルニ非ザル也

タダ猛進スルコト無ク

力ヲ併セテ敵ヲ計ラバ

以テ人ヲ取ルニ足ラン」




(孫子)





















The Theater

In case of PacificoceanBattlefield
(shinji&asuka)


第1部第2幕(終幕)「海の上の輪舞」










帝国軍艦「綾瀬」

ガダルカナル島、泊地

1942年8月9日0050









シンジはまだ艦橋の床に倒れ伏していた。

意識はいまだ朦朧としたままだ。

「う・・・・うぅ・・・・生きてるのか?・・・・・・・・・」

シンジが手摺につかまりようやくのことで立ち上がると、周りはあまりにも凄惨なものに姿を変えていた。

天井が無かった。

艦橋の上部が被弾によって吹き飛ばされてしまっていた。

そこからは射撃指揮所が見える。

見た限りでは射撃指揮所に大きな被害は無さそうだ。

シンジが立ち上がり、ふと前方を眺めると、徐々に迫ってくる島影があった。

「綾瀬」は操舵手のいない状態で、30ノットのスピードで迷走しているのだ。

シンジはあわてて舵につくと、至近に障害が無い事を確認して(駆逐隊は再装填を完了して「綾瀬」に続行していた)艦を回頭させた。それにしても操舵員はどこにいるのだ、と思った。

艦橋上部が吹き飛んだ事に気付いた副長    トウジは、側にいた中尉に状況を見に行かせた。中尉は途中で出会った応急班の下士官や兵を何名か捕まえ、自分に続くように命令した。

艦橋で彼が目撃したものは、敵弾によって屋根の吹き飛ばされたそこでただ一人舵輪を握る艦長の姿だった。

周りには人間や、人間の残骸が散乱している。

「艦長、艦長」

シンジが自分を呼ぶ声に気付いたのは、「綾瀬」を再び泊地への突撃針路に乗せたときだった。

「大丈夫ですか、艦長」

「ああ、大丈夫だ・・・・中尉、操舵を交替してくれ」

「はい、操舵交替します」

「針路はこのままだ」

「了解です」

そしてシンジは高声電話についていた下士官に顔を向ける。

「高声電話は使えるか?」

「はい。幸い壊れてはいないようです」

「よし・・・・貸してくれ」

シンジは下士官に近づき高声電話を受け取る。

「艦橋から後部艦橋・・・・艦長から副長、聞こえるか?」

そして、トウジの声が返ってくる。

《こちら後部艦橋、良好です・・・・艦長、ご無事ですか?・・・・》

トウジの声には安堵の色が強い。

「ああ・・・・僕はね・・・・でも艦橋は僕を除いて全滅だ・・・・」

《・・・・・・・・》

「それで、ただちに艦橋の指揮機能を復旧したい。何名か回せるか?」

《わかりました。すぐにそちらに何名か行かせます》

「たのむ。艦長以上・・・・艦橋から射撃指揮所、応答せよ」

今度はケンスケの声が入る。

《こちら射撃指揮所》

「こちら艦長・・・・砲術長、そちらの被害は?」

《被害は皆無なんですが・・・・・・・・・》

「?・・・他に何かあるのか?」

《主砲弾が足りません・・・・徹甲弾、榴弾ともに射耗しました。残弾は照明弾のみです》

「綾瀬」のもう一つの欠点、それは利点と表裏一体だった。

一昔前の機関砲のペースで射撃ができるということは、砲弾の消費も機関砲並みなのだ。

そして「綾瀬」は射撃効率を高めるため、砲の数を増やした。

そのため砲1基に対する保有弾数はやや少な目に設定されている。

それがここへ来て裏目に出ていた。

「・・・・・・わかった。砲には照明弾を装填しておいてくれ・・・・ただし、射撃は命あるまで待機だ」

《了解》

そして艦橋にはトウジが派遣した人員がつき始め、報告も次々と入ってきた。

「艦長、電探室より連絡!サヴォ島方向より接近する物体アリ!」

「見張所から艦長!方位060に敵駆逐艦!泊地に向かうようです!」

「通信室から艦長!駆逐隊から入電!『ワレ魚雷ノ再装填完了ス。以後ノ指示ヲ乞ウ』です!」

「くそっ!・・・・敵サンはまだやるつもりか?・・・・駆逐隊に返信!『了解。直チニ発射セヨ、発射ノ終了シタ艦カラ反転シ、コノ海域ヨリ離脱セヨ。離脱後ハ本隊ノ指揮下ニ入レ。援護ハ本艦ガ行ウ』以上だ」

駆逐艦はその通信が届くと共に再び魚雷40本を泊地に向けて発射し、終わるとすぐに大きな回頭をして敵が接近してくるのとは反対側から離脱していく。

「駆逐艦「雪風」より入電!『貴艦ノ武運ヲ祈ル』です!」

シンジはそれを聞いて少し微笑む。

「返信しておいて。『らばうるマデノ道中ノ無事ヲ祈ル』とね」

「了解です」

「それから・・・・「鳥海」の水偵はまだ飛んでるのか?」

突入前に偵察に飛んだ「鳥海」搭載の水上偵察機のことだ

「確認します」

シンジはニヤリと笑うと、

「もし飛んでたら・・・・頼みがあると伝えてくれ」






















USS「ベッドフォード」

ガダルカナル島、泊地から3500メートル

8月9日、0050









「泊地が・・・・泊地が燃えています!!!!」

「ベッドフォード」のブリッジに響き渡ったその叫び声は、災厄の一日の中でも最悪のものだった。

海が燃えていた。

輸送船が何隻も転覆し、中には原形を留めていないフネもある。

撃破された油漕船から流れ出したガソリンに火が点き、海面を灼熱地獄に変えている。

「なんてこった・・・・・・・・」誰かがそう呟くのが聞こえる。

「レーダー室から艦長!艦首方向3000にレーダーエコーあり!反応は6個・・・・いや、その内5個は反転します!」

「見張所!見える?」アスカが声を張り上げて尋ねる。

「はい、確認しました!・・・・反転した5隻は駆逐艦です!もう1隻は級別不明の巡洋艦です・・・・その場に踏みとどまっています」

「了解!・・・・・・ふう、あの連中がこの災厄をもたらしたって訳ね」

「おそらくそうでしょうね・・・・真っ先に警戒線を突破して泊地を目指したんでしょう・・・・」

カヲルが意気消沈した様子で答える。

「襲撃するわよ・・・・・このまま帰したら合衆国海軍は世界中の笑い者よ!」

だがその時、足下から響いてくるエンジンの振動が急に小さくなった。スピードも見る間に落ちていく。

「今度はなによ!?」

「ダメコン班から艦長!第1機関室が完全に水没しました!現在は第1機関室を閉鎖してこれ以上の浸水を食い止めています」

スピーカーから応急班長の疲れ切った声が聞こえてくる。

「チッ!・・・こんな時に!・・・・」

アスカは吐き捨てると艦内電話をとる。

「艦橋から第2機関室、機関長いる?」

「こちら第2機関室、機関長です」

「第1が潰れたってのは聞いたわ・・・・第2だけでどれくらいまで速力は上げられそう?」

「出力は半分、しかも艦内各所に浸水してます・・・・振り絞って20ノットってトコでしょうか」

「敵が全速を出せたらアウトね・・・・了解、いつでもエンジン全開に出来るようにしておいて」

「了解です」

「艦長」

前方の敵艦を注視していたカヲルが声をかける。

「なに?」

「あのフネ、例の新型艦ですよ」

「え?あの噂の「アヤセ」?」

アスカが少々驚いている。

「ええ、偵察情報とも一致しています。なにより両用砲らしき砲塔をわんさか積んでますよ」

「正面切って戦える?」

「難しいですね・・・・向こうはコッチの3倍の砲力ですよ」

「ふう・・・・魚雷はナシ、速度はガタ落ち、あちこち損傷してる、敵は強力・・・・・・・・」

アスカの表情は心なしか微笑んでいるように見える。

「・・・・でも、やるしかないわね」

カヲルはそれに答えるように大きな笑みを浮かべて言う。

「その通りです。艦長」

「・・・・エンジン回せるだけ回して。ダメコン班は被弾に備えて」

「エンジン全開」

「・・・・じゃあ、射界をとらなきゃね・・・・面舵、全砲でアイツを捉えられるぐらいね」

「アイ・サー。面舵」

操舵員が舵を切ると、今までとは違い「ベッドフォード」はゆっくりと艦首を右に振る。

「征くわよ」アスカはそう言うと敵艦を睨み付けるようにする。

だが、見張員からの報告がまたも水を差す。




「敵艦発砲!!」





















帝国軍艦「鳥海」

ソロモン諸島、中央水路(ザ・スロット)

8月9日、0055









《長官、「綾瀬」から入電です『前衛部隊ハ泊地ニ再度攻撃ヲ試ミル。攻撃後ハ駆逐隊ハ本隊ニ向ワセル』です》

通信室からの連絡が伝声管でゲンドウと冬月に伝えられる。

「鳥海」以下の第8艦隊本隊は撤収を完了し、既にラバウルへの帰路についていた。

これは逃げ出したのではなく、既定の作戦計画通りの行動だった。彼らの任務は陽動なのだ。

そしてその夜戦艦橋では、第8艦隊司令部のNO,1とNO,2の二人しかいなかった。

「シンジ君はまだやる気か・・・・」

冬月が呆れたように呟く。

「それがアイツの任務だ・・・・」

ゲンドウは顔色一つ変えずにのたまう。

「彼の事だ、駆逐隊が現場を離脱するまでは「綾瀬」の艦首を北に向ける事は無いだろうな」

「ああ・・・・」

「しかし・・・・このままうまくいけば、シンジ君はまた昇進だな」

「冬月・・・・今はやめろ・・・・」

「かまうまい・・・・今はここには我々しかいないのだからな」

「・・・・・・・・・」

「しかし、海軍史上最年少の大佐だぞ?・・・・まあ、中佐の時も最年少だったがな・・・・彼に回すポストがあるかな?」

「・・・・・・・・・」

「この戦闘で「綾瀬」も損傷しているだろう。その修復は簡単にはいくまい・・・・高度な技術を使いすぎているからな・・・・」

「・・・・・・・・・ポストはある・・・・・・・・」

「ほう・・・・あるのか?」

「もし、この戦いから生還できれば、アイツにはしばらく日本を離れさせる・・・・」

「日本を!?・・・・まさかお前、あの計画をシンジ君に託す気か?」

「適任だろう・・・・今の海軍の鉄砲屋でアイツほど実戦経験を積んだ人間はいないからな・・・・」

「なるほど・・・・それがお前の親心か?」冬月がからかい半分で聞く。

「・・・・・・・・・・・・」

「ふむ・・・・それもこれも、この戦いが終わってからか・・・」

「・・・その通りだ・・・」

そして二人がそんな会話をする間に伝令が駆けてくる。

「上空飛行中の水偵より連絡です!『前衛部隊ノ撤収ヲ容易ナラシム為、本機「綾瀬」ニ協力スル』以上です!」

「水偵?・・・・シンジ君は何をやらかすつもりだ?」

「わからん・・・・・・・・が」

「が?」

ゲンドウは冬月に向き直る。





「軍人が、やるべき事だ・・・・」






















帝国軍艦「綾瀬」

ガダルカナル島、泊地

8月9日、0055










「よし・・・・照尺が済み次第、打ち方はじめ」

シンジが命令する。

もちろん、ケンスケが間を空けるはずもない。

「綾瀬」は敵駆逐艦に向けて一斉に砲弾を吐き出し始める。

「照明弾、敵艦を照らします!!」

「綾瀬」の砲弾は敵に損害を与える替わりに周囲を真昼のように照らしだす。

「水偵より連絡!『敵艦確認シタ。コレヨリ突入スル』です!」

その報告と共に空から爆音が響いてくる。

「さて・・・・・・うまく引っ掛かってくれるかな?・・・・」

シンジは自分の策   というよりも詐欺に近いとシンジは思っている   がうまくいくかどうか、イマイチ自信が無かった。

だが、やるべき事はやっておかなくてはならない。

「最大戦速即時待機!・・・・逃げ出す準備だ!」

シンジの計画は、残った照明弾を撃って敵艦の位置を水偵にも確認させ、水偵を敵艦に突っ込ませる(攻撃させる訳ではない)。

水偵に気を取られればこっちのもの。何かの拍子で対空射撃までしてくれれば万々歳。

その間に魚雷の第2波が再び泊地に襲い掛かる・・・・

敵は混乱するだろう。

その間隙を利用して全速で逃げる。

・・・・確かに戦術というよりは寸借詐欺に近いかもしれない。

そして現状は海軍中佐にして詐欺師でもあるシンジの読み通りに展開している。

敵駆逐艦が上空に向けて発砲を開始したからだ。

「派手に撃ってるなあ・・・・」

シンジは内心でほくそえみながら呟く。

「魚雷の目標到達時間は?」

「あと10秒・・・9・・・8・・・7・・・6・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・じかーん!!」

もはや船団の態を成していない船舶の群れに、無数の水柱が立つ。

シンジはその瞬間、敵艦の対空射撃が散漫になったのを見逃さなかった。

「最大戦速!駆逐艦の脇をすり抜けて反対側からサヴォ島を回り込め!」

「了解!機関全速出しました!」

「よし!」

シンジは高声電話を取ると、射撃指揮所につなげる。

「指揮所!敵艦の艦橋あたりに撃ちまくれ!当たらなくてもいい、目くらましをかけろ!!」

《了解!》

「綾瀬」と「ベッドフォード」の距離は急速に狭まりつつあった。




このままいけば、両艦がすれ違うのはまもなくだろう。






















USS「ベッドフォード」

ガダルカナル島、泊地

8月9日、0055







「ちいっ!先手を取られた!」

だが、見張員の報告と視覚が認識した限りではアスカの考えを裏切った。
スターシェル
「星弾です!本艦を照射しています!!」

確かに星弾   照明弾だった。「ベッドフォード」の姿は闇から浮かび上がり10マイル先からでもはっきり見えるだろう。

「なに考えてんの!?」

アスカが戸惑うのも無理はない。
                                    ・・
夜間の射撃を容易にするためならわかる、だが敵は照明弾だけを雨霰と撃ちまくっている。

お陰で周りは昼のように明るい。

そしてアスカの疑問に対する回答が向こうからやってくる。
                 敵機
「レーダー室から艦長!ヴァンパイアー1、突っ込んできます!!」

それに対するアスカの反応は、シンジの予想通りの反応だった。

「この真夜中に正気!?・・・・全砲対空射撃!準備出来次第打ち方はじめ!!」

この判断には理由がある。

元々「ベッドフォード」を含むフレッチャー級の駆逐艦の第一の任務は艦隊の前面でのレーダーピケット艦としてのものだ。

それは全艦隊の目となり周囲を監視する重要な任務だが危険も多い。

艦隊で電波を出すのはピケット艦だけになるため、周りから袋叩きにあう可能性が高い。

そしてその相手は今まで航空機だった。

ゆえにフレッチャー級の艦長にまず叩き込まれるのは、航空機の恐怖なのだ。

だから、仮に「ベッドフォード」の艦長がアスカでなくても結果は同じだろう。

シンジが詐欺と感じたその手法は、この場に限っては最良の戦術だったのだ。

そして「ベッドフォード」は彼女の命令に従って照準を「アヤセ」から上空を我物顔で飛びまわる航空機に向けられ、発砲。

敵の最新鋭巡洋艦に負けず劣らずの速度で速射する。

「なに?・・・・攻撃してこないの?・・・・」

確かに、航空機は突っ込んでは来るが、攻撃はせずに「ベッドフォード」の砲撃をひらりひらりと躱している。

そして再び悪魔の瞬間がやってくる・・・・

「ベッドフォード」が艦首を泊地に向けたその時、アスカの目に映ったのは、見るも無残な姿になった船団に立つ無数の水柱。

「!!!!!」

そして少し遅れて轟音が響いてくる。

「・・・・・・・」アスカは呆然としていた。いや、アスカだけではない。カヲルも、ブリッジにいた誰もが同じ状態だった。

そしてそれがシンジに絶好のチャンスを与える。

いち早く常態に復帰したカヲルが見たものは、「ベッドフォード」の左舷側目指して突進する「アヤセ」。

カヲルは指揮系統を無視して叫ぶ。

「奴を逃がすな!撃て!!」

だが空を向いていた砲が、急に照準を変えられるものではない。

ましてや敵はかなりのスピードを出している。

それでもいくつかの砲が独立照準で狙いをつけて撃つが、相対速度が大きすぎ命中弾を与えられない。

それに対し敵の砲は、見事に管制された動きで「ベッドフォード」のあちこちに弾を当てていく。

敵の砲弾全てが照明弾だったのが不幸中の幸いだが。

そして2隻のフネは高速ですれ違う。

その距離は20メートルもない。

アスカは双眼鏡を構え、敵艦   「アヤセ」のブリッジに注目する。

向こうのブリッジでも、双眼鏡を構えた艦長らしき人物がこちらを見ている。が、

次の瞬間、その人物は双眼鏡を下ろし、見事な敬礼をする。

しかも笑っている!!

アスカにはその瞬間わかった。

この一連の行動が、自分を引っかけるためのものだったという事が。

アスカが反応する間もなく、「アヤセ」は「ベッドフォード」を通り過ぎて後方へ消える。

「艦長!追撃しましょう!!」カヲルが勢い込んでアスカに具申する。

「無駄ね・・・・アッチのスピード見たでしょ?・・・・片肺の本艦じゃ追いつけないわよ・・・・」

「・・・・・・・・」

カヲルもわかってはいるのだが、納得しきれない。

「まったく・・・・見事にはめられたわね・・・・」

「はめられた??」カヲルは顔に疑問符を浮かべている。

「・・・・わからない?・・・・なぜ「アヤセ」が星弾しか撃たなかったか・・・・なぜ敵の飛行機は攻撃しなかったのか・・・・」

「・・・・・・・・・・まさか!?」カヲルはようやく気付いたようだ。

「そう、そのまさかよ・・・・「アヤセ」の艦長はこっちがどんなアクションを起こすか読み切った上であの行動に出たのよ・・・・」

「そんな事が・・・・」

「まあ、にわかには信じられないけどね・・・・おそらく敵は弾が切れていたんでしょうね・・・・それを誤魔化すための策ってトコかしら?」

「・・・・完敗、ですか・・・・」

「ええ、そうね・・・・完敗よね・・・・でも、このままじゃ済まさないわ・・・・絶対に」

「また、戻ってきますか?・・・・」

「それはわからないけどね・・・・さあ、泊地に行って溺者救助にあたりましょう」

「アイ・サー」

「できれば工作艦が生き残ってくれてるといいんだけど・・・・ウチも状態としては決して良くはないからね」

「了解」

「エンジン半速。針路そのまま」

「アイ。機関半速、針路そのまま」

紅蓮の炎に包まれる泊地を眺めながらアスカが思うのはカヲルとは違っていた。

なぜか憎しみは沸いてこないのだ。

うまく出し抜かれた、という思いの方が強く、爽快な思いさえある。

微笑みながら敬礼する、あの男の顔を見たからだろうか?

アスカは、なぜ自分がこんなとりとめもない事を考えているのかわからなかった。

彼女は気付いていないが、これは彼女が初めて抱く、異性への興味だった・・・・







今の彼女には知る由も無い事だが、この1週間後、思いもよらない転属命令を受け取る事になる。



次の戦場は、欧州。



ヒトラーの誇る『大ヨーロッパ要塞』である・・・・・・・・






















帝国軍艦「綾瀬」

ソロモン諸島、中央水路(ザ・スロット)

8月9日、0130







シンジは戦闘後のこまごまとした仕事を終え、艦長室に引き上げていた。

本当はラバウルに入港するまで艦橋を離れたくなかったのだが、

「艦長が疲れとったらイザってー時にワシらが困ります」というトウジの言葉を受けて、休むことにしたのだ。

しかし、そう言ったトウジも今ここにいるのだから困ったものなのだが。

ここは彼ら二人しかいない。ケンスケは主砲や射撃指揮装置の整備に掛かり切りになっている。

「さて、あとはラバウルまで一直線でんな」

トウジが心底安堵したように呟く。

「だめだよ、油断は。潜水艦がどこにいるかわからないからね・・・・対潜警戒は厳密にしてるんだろうね?」

返すシンジは諭すように答える。

「わかっとります。油断はしとりまへん。対潜警戒は今のところ万全です」

「そう・・・・ならいいけど・・・・」

そう言うシンジだが、顔色はどこか冴えない。

「?・・・・艦長、なんぞ心配事でも?」

「うん・・・・最終的な被害集計をさっき見てね・・・・いちいちこんな事で気に病んでたら海軍士官としては失格だとはおもうんだけど・・・・ね」

「綾瀬」では今回の戦闘で

戦死者12名

負傷35名

の損害を出している(艦自体の損害は「小破」程度)。

1回の戦闘での死傷者としては少ない部類に入る。

一艦を率いる艦長としては誇れる数字である。

だが、シンジはその死傷者を”数字”で考える事が出来ないのだ。

良くも悪くもシンジらしい。

「・・・・シンジ・・・・ワシら970名の乗員はオマエに命預けとんのや。死んだ連中かてオマエを恨むような事はあらへん。これは絶対や」

トウジは海兵生徒だった頃を思い出しながら言う。

実際、その人柄ゆえか、シンジは指揮下の将兵から絶大な信頼を寄せられている。

「・・・・・・・・・・・・・・」

「靖国に行く時も誇らしげに行くやろ・・・・『ワシはこれだけ戦った』ゆうてな」

トウジにはわかっていた。こう言ってもシンジがそう楽観的な気分にはなれないだろうと。

だが彼は副長だ。

フネ(これにはフネを操る”人間”の状態も含まれる)を最善の状態に保つのは彼の仕事なのだ。

そしてそんなトウジの心遣いに気付かぬシンジではない。

「ありがとう・・・・トウジ。少しは楽になったよ」

「さよか・・・・」

シンジは表情を明るくして話す。

「そうだ・・・・トウジ、最後に敵の駆逐艦とすれ違ったの覚えてる?」

「ああ・・・・ごっつう荒っぽい操艦するもんやから、向こうもびびってたなあ」

「双眼鏡で向こうの艦橋を覗いたんだけどね・・・・」

「?」

「艦橋に女性がいたよ。しかも軍服を着てた」

「おなごぉ!?・・・・敵サンは何考えとんのや?・・・・」

日本海軍では女性を艦艇に乗り組ませてはいない。

それどころか女性の兵員さえいない。

だから女性が艦艇に乗っているというのはかなり奇異に感じるのだ。

「さあ?・・・・そういえばあっちの士官学校は何年か前に女子学生を受け入れるかもって話は聞いたけどね」

「はあ・・・・おなごに戦争任すようになったら終いやで。ホンマ」

シンジはそれを聞くとくすくす笑う。

「まあ、本当のところはわからないけどね・・・・けど、髪が長くて美人だったなあ・・・・」

「ホンマか!?」

「うん。だって目と鼻の先を通ったんだよ?」

「ふん・・・・いくら美人でもドンパチやるようなおなごや。性格はごっつ悪いに決まっとる!」

もしアスカがこの場にいたら、激怒していただろう。

「しっかし・・・・シンジがそないな事言うとはのお・・・・そろそろ色気づいてきたか?」

「色気って・・・・」

さすがにシンジは苦笑している。

関西人のからかい魂に火をつけてしまったようだ。

「まあ、シンジに嫁さんが出来たら祝ったるわ」

「・・・・・・その時は頼むよ・・・・・まあ、戦争が終わったらね」

「・・・・・・とりあえず、この場のいくさは終了でんな」

「そうだね・・・・フネはしばらくドック入りだろうけどね」

「時間、かかりそうでんなあ・・・・」

修理に必要な時間、という意味だ。

「・・・・だろうね。小破だけど、このフネを直せるのは本土の工廠ぐらいしかないしね・・・・」

「ワシらは次、どこ行かされるんでしょうなあ・・・・」

「・・・・わからないけど・・・・どこに行っても戦場は戦場だからね」

「海を押し渡って、ドイツの救援でも行きまっか!」

「ヨーロッパかあ・・・・留学してから行ってないから行きたいね」

もちろん二人はふざけて言い合っている。

この戦況でヨーロッパに行くなど冗談でしか言えない。







しかし、神ならぬ身の二人にはわかるまいが、帰投して1週間後に下された命令はシンジ達を驚愕させるのに充分だった。



彼らの次の戦場も、欧州。



徐々に戦況の悪化するドイツがその舞台である。











一つの舞台での公演が終わった。






男優と女優は、初めて自分の共演者とまみえた。






そして、運命の糸は二人の為に新たな舞台を用意する。






血と硝煙に彩られた劇場は、まだ開幕したばかり・・・・・・・・



第2部へ・・・



あとがき


どーも。P−31です。

いかがでしたでしょうか?第1部終幕。

この馬鹿はまだ続けるつもりらしいです(笑)

欧州編(仮称)では、今までよりも派手なドンパチになる予定です(あくまで予定)。

さて・・・・その欧州編に入る前に、1本短編を入れてお茶を濁そうかなーと考えています。

乞うご期待(爆)。



それでは、次の短編でお会いしませう。







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