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「汝、平和を欲すれば、戦争を理解せよ」



(B・H・リデル・ハート)
(英国の戦略家・戦史家)




























The Theater


In case of Europe


第2部第1幕「新たな舞台」






帝国軍艦「大和」

瀬戸内海、柱島泊地

1942年8月16日0900
















シンジは多忙だった。

「綾瀬」をラバウルから回航し、呉の海軍工廠にドック入りさせると、

『「綾瀬」の艦長職を解く。ただちに聯合艦隊司令部に出頭せよ』という辞令を受け取ったのだ。

ちなみに「綾瀬」は、基幹要員すべてが現在の職を解かれている。

聯合艦隊司令部も、「綾瀬」の修理が一朝一夕には出来ないと思っているのだ(事実である)。

ついでのようにシンジはもう1通の辞令を受け取っていた。

『任海軍大佐』

つまり昇進である。

この昇進については東京の海軍省で一悶着あったのだが、それはまた別の機会に。

そんなわけで、シンジは引き継ぎもそこそこに「綾瀬」を出ると、沖合に錨を沈める「大和」に通船で向かった。

「大和」は定期整備のために本土に戻っているのだ。

そして、前と同じように舷梯を上がり、今度は加持大佐に面会を求める。

これまた前と同じように部屋まで案内され、ノックする。

「誰だ?」

「碇です」さすがに”大佐”と言うのはためらわれる。

とうとう先輩の加持と並んでしまったのである(先任順位というものがまたあるが)。

「ん、入ってくれ」

「失礼します」部屋に入ると加持が机から立ち上がって迎えてくれた。

「よく戦ったな。噂はこっちにも入ってきてるぞ」

シンジはかすかに笑みを浮かべる。

「無我夢中ですよ・・・・戦っている間は」

「まあ、そんなもんだろ・・・・」加持も笑みで答える。

「それで、次の仕事はなんですか?『すみやかに聯合艦隊司令部に出頭せよ』なんて辞令にありましたけど・・・」

「そいつは俺が伝えることじゃない・・・・というより、知らんのだ。何もな」

「・・・・・・・・・・・」

「んじゃあ、行くか」

「え?・・・・どこへです?」

「オマエに命令を伝える人のところさ」

「・・・・・・・・まさか・・・・・」

「そう、そのまさか・・・・聯合艦隊司令長官だ」























合衆国太平洋艦隊司令部

ハワイ、オアフ島、真珠湾軍港

1942年8月16日0900










「アスカ・ラングレー少佐、入ります!」

いささか緊張したアスカの声が、年輩の男一人しかいない部屋に響く。

「よく来てくれた、少佐」

その部屋の中央にあるデスクで執務していたその男が立ち上がり、アスカに握手を求める。

「はっ」

アスカが緊張するのも無理はない。

アスカの目の前にいるのは、チェスター・W・ニミッツ大将。

太平洋艦隊司令長官だ。

「まあ、そう緊張しなくてもいい、リラックスしてくれ」

そう言うとニミッツはアスカに座るようすすめ、インターフォンを通してコーヒーを持ってこさせる。

「君の考えている事はわかるぞ?・・・・なぜ、任務部隊司令部ではなく、私が直接呼び出したか疑問に思っているな?」

「・・・・・・・・・・・」図星だった。

一介の少佐を呼び出してあれこれ指示するのはニミッツの仕事では本来無い。

コーヒーが運ばれ、二人ともそれをすする。

「さて・・・・ビジネスの話だ」

アスカも 顔を引き締める。

「ここのところ、日本海軍が妙におとなしい。いや、もちろん作戦艦艇は活発に活動している。もっと高度なレベルの話だ」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・トウキョウとベルリンの間で長い暗号電文が飛び交っているのだ・・・・そして、中立国船に偽装して、日本からドイツにかなりの商船が入っている・・・・」

「・・・・・・・・」アスカは何も言わない。口を挟むべき所ではないとわかっているのだ。

「そして・・・・これが極めつけなのだが・・・・」

ニミッツはそう言うとデスクの引き出しから一束の書類を引っぱり出し、アスカに見せる。

アスカは息が止まるかと思った。

書類束の一番上には、忘れもしないあの男   ソロモンの戦場で敬礼してよこしたあの男の写真が添付されていたからだ。

「長官・・・・この男は?・・・・」アスカはかろうじてそう問い掛けるのが精一杯だった。

「情報部の話では、日本海軍の中堅の士官としては五指に入る男だそうだ・・・・君の「ベッドフォード」を吹き飛ばした「アヤセ」の艦長だった男だ」

「やっぱり、あのフネの・・・・え?・・・・?だった?」

「そう、過去形だ・・・・「アヤセ」はクレのドックに入渠しているのが確認されているが・・・・この男   イカリは姿をくらましている・・・・」

「・・・・・・・・・」

「不正確な情報なんだが・・・・奴はドイツへ向かったという噂もある・・・・シベリア経由でな」

「ドイツへ・・・・」

「そこで君にも大西洋に行ってもらう・・・・雪辱戦というわけだ」

「「ベッドフォード」も、ですか?」

「ムチャを言うな、「ベッドフォード」はここの工廠でしばらく修理しないと使い物にならん」

「そうですか・・・・」アスカはさすがに残念そうに言う。

「そう言うな。もっと強力なヤツを貸してやる」

「え?」

「ここの工廠で修理中だった戦艦を大西洋に回す。そいつの艦長をやってくれ」

「しかし!私は少佐ですよ!?」

アスカの問いに、ニミッツは事も無げに答える。

「じゃあ、今日付けで中佐、着任前日に大佐だ。気にするな、抜擢人事は我が海軍の得意とするところだ」

「ですが!」

「君には素質も、ソロモンで挙げた手柄もある。文句は言わせんよ」

「・・・・あれは負け戦です・・・・」

「だが、敵艦を沈めとるだろうが?・・・・こういう言い方は嫌いだが・・・・負け戦にこそ、英雄は必要なのだ」

アスカは覚悟を決めた。

「わかりました・・・・」

「よし、借りを返してこい・・・・とは言っても、ドイツの大型艦はほとんど音沙汰無しだ・・・・「ビスマルク」は沈没、「ティルピッツ」はノルウェーのフィヨルド、「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」はブレストに、それぞれ引っ込んだままだ・・・・我々が心配しすぎなのかもしれん」

ニミッツはドイツ海軍の大型戦闘艦の現状を要約する。

「いえ、長官・・・・あの男が向うのです・・・・何かあります・・・・それがなにかはわかりませんが」

「ふむ・・・・油断大敵と言うしな・・・・それはそうと、随分とこの男・・・・イカリを買ってるじゃないか?ええ?」

「ち、長官!!」

「はは!かまわんさ、戦争といっても個人が憎み合うことはない。難しいがな・・・・だが、戦争が終わるまでは彼らは『敵』だ、それを忘れるな」

「無論です」

「まあ・・・・この戦争が我が軍の・・・・いや、我が国の勝利で終わる事は間違いない・・・・・・・・だが・・・・」

「だが?」

「・・・・それまでにどれくらいの時間が掛かるかわからん・・・・」

「・・・・時間が掛かってはいけないのですか?」

ニミッツは少し厳しい表情をすると、

「時間が掛かれば掛かるほど、失われる命は多くなる・・・・敵味方問わずに、な」

「確かに・・・・」アスカは少しうつむく。

「現に陸軍航空隊のルメーは、大都市に対する無差別爆撃こそが戦争終結への最短の道などとぬかしているが・・・・」

「民間人も、ですか・・・・」

「それが国家間の総力戦と言えばそれまでだが・・な、我々は軍人だ。何もかも吹き飛ばしてしまうのは土建屋の仕事だ・・・・」

「私が動く事が戦争の勝利・・・・いえ、終結への一助になれば・・・・」

「その気持ちを忘れないでくれ」

「アイ・サー」

話は決まった。

アスカは新しいフネと共に新しい舞台   大西洋へ赴くのだ・・・・






















総統官邸

ドイツ第三帝国、ベルリン

1941年6月10日











ドイツの首都、ベルリン。

戦いを失いつつあるこの国を指導する立場の人間たちがある建物に集っていた。

ここにはドイツの今を代表する男達がいた。

「余の海軍は無能ぞろいなのか!?」

名目は連絡会議だが、事実上総統の独演会だ。

「なぜだ!・・・なぜ「ビスマルク」は沈んだ!!!」

どうやら今度は海軍にその矛先が向けられたらしい。

海軍の代表、エーリッヒ・レーダー元帥がそれに対し口を開く。

「総統・・・・私は先日の会議で申し上げたはずです・・・・水上艦による通商破壊戦はもはや不可能になりつつある、と・・・・」

「そんな事を聞いているのではない!!・・・・なぜ沈んだかと言っているのだ!!」

第三帝国総統、アドルフ・ヒトラーは激昂する。

「・・・・まず、《ライン演習》は戦艦1隻、重巡洋艦1隻で開始しましたが・・・・戦力が少なすぎます。英国はこちらの動きに対応して最も強力な本国艦隊を常時待機させています・・・・まともにぶつかっては勝ち目はありません・・・・それでも「ビスマルク」とその乗員達は奮闘しました。デンマーク海峡で、あの「フッド」を一撃で屠っています」

「・・・・・・・・ならば、他の大型艦、「ティルピッツ」も同じ運命だと言いたいのか?」

レーダー元帥は、深いため息をついて答える。

「今のままの使い方なら、いずれそうなるでしょう」

「ではどうしろというのだ!?・・・・英国艦隊に正面からぶつけるか?」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・海軍の大型艦はすべて廃艦にしろ・・・・スクラップにしてUボートの資材にしろ・・・・」

「総統閣下・・・・それは無茶です。第一、敵は「ティルピッツ」に対応するために強力な艦隊を常に張り付けています・・・・「ティルピッツ」は動かない事で任務を果たしているのです。これは「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」も同じです」

「ふん・・・・・・ではこうしよう、現在ある大型艦はそのままでいい・・・・しかし建造中の大型艦は中止だ」

ヒトラーはこれが譲歩の限界だ、という感じで言う。

「・・・・しかし、H級の1番艦は工事の進捗率は90%を越えています。これを解体するのはあまりにも無駄が多すぎます・・・・そこで、海軍から提案が一つあります」

「?・・・・提案とは?」

「こちらの書類をご覧ください」

そう言ってレーダーはペーパーを渡す。

「・・・・・・・・」それをざっと読むヒトラー。

「海軍としては、これが最良の解決策と考えております・・・・無論、実現するためには外務省の協力が不可欠ですが」

「・・・・・・・・・・よし、わかった・・・・リッペントロップ!」

「はっ!」第三帝国外相、リッペントロップは間髪入れずに答える。

「海軍に協力してやれ・・・・この案が素晴らしいのは、我が国の損害がゼロになるということだ」

「ヤー・フューラー」

























日本大使館

スウェーデン、ストックホルム

1942年9月3日












シンジは白夜とバイキングの国、スウェーデンに来ていた。

極東を出発して列車を乗り継ぎ、モスクワから空路、中立国であるこの国にたどり着いた。

ドイツはバルト海を挟んで目と鼻の先だ。

ここからはドイツ海軍が迎えに来ることになっている。もっともスウェーデンの領海には入れないが。

「ふう・・・・やっとここまで来たね・・・・」

シンジはそのスウェーデンの日本大使館を仮の宿にしていた。

「まったくや!・・・・列車の旅っちゅーのは性に合わんわ・・・・ケツが痛いわ・・・・」

トウジがぼやく。

「まあ、いいじゃない。大陸横断なんてなかなか出来ないよ?」

「まあ、な・・・・どうせなら平和な時に来たかったワ」

「・・・・・・・」

「んで、こっからはあないな苦労せんでええんやな?」

「うん。スウェーデンの領海の外までSボート(魚雷艇)が迎えに来てくれるみたいだね」

「さよか・・・・」

シンジは少し考える。

『よくよく考えたら・・・・えらいこと引き受けちゃったな・・・・』








「ドイツへ行って欲しい」

「はあ・・・・」

「大和」の長官室で、挨拶もそこそこに切り出されてシンジはそう返すしかなかった。

「なぜ、この戦況下でドイツへ?と思っているだろう?」

聯合艦隊司令長官、山本五十六大将。

帝国海軍実戦部隊のトップである。

この部屋には山本とシンジしかいない。

「正直に言わせていただければ、その通りです」

「ふむ・・・・大佐、今の我が国の建艦状況を知っているか?」

「いえ・・・・」

山本は懐から紙巻を取り出して火をつける。

「我が国の今の状況では新造・・・・特に大型艦の新造は難しい。損害を受けた艦艇の修理で手一杯だ」

「・・・・・・・・・・」

「だが敵はそれこそ毎日のように新しいフネが造船所から出てきている・・・・ならばこちらもそれに対応せねばなるまい」

「それで、ドイツですか・・・・」

「そうだ。向こうから現在建造中のフネを売却したいと言ってきている・・・・」

「それを回航してこい、と?」

「それだけではない・・・・向こうは売却の条件として2,3の作戦に参加する事を提示している」

シンジはそれを聞いて少しため息をつく。

「では私に欧州で戦えと?」

「その通りだ・・・・だが、勘違いするなよ?大目的はそのフネを日本まで持ってくる事だ」

「乗員は?」

「もうほとんどの乗員はドイツに入っている。後は基幹要員だけだ・・・・フネの代金も支払い済みだしな」

山本はそう言うと少し笑う。

「わかりました・・・・ちょっとドイツまで行ってきて、フネを1隻買ってくればいいんですね?」

まるで近所の八百屋に買い物に行くような口調でシンジは言う。

彼なりに腹をくくったのだろう。

「そうだ・・・・艦の首脳部の人事は一任する。なんだったら「綾瀬」の連中をそのまま連れていってもいいぞ・・・・とは言ってもあとは副長と砲術長だけだったかな?決まっていないのは」

シンジは立ち上がり山本に向けて敬礼する。

「ではこれよりGFの命令により、ドイツへ赴きます」

「うむ。武運を祈る」







「シンジ!なにぼーっとしとんのや」

「え?・・いや、なんでもないよ」

「さよか。なんや考え事しとると思ったんやが」

「ん・・・・・・そういえばケンスケは?姿見ないけどなにやってるの?」

「港を手当たり次第あたって領海外まで出てくれる船を探しとるわ」

シンジは「綾瀬」の時と同じメンバーで指揮を執るつもりだった。そのためにトウジとケンスケを連れてきたのだ。

「3日後には迎えが来るから、それまでにはなんとかしないとね」

「しっかし・・・・ワシらどないなフネに乗らされるんやろうな?」

「・・・・ま、向こうに着いてからのお楽しみだね・・・・じゃあ、ケンスケを手伝いに行こうか?」

「そやな・・・・アイツばっかりに働かしたら後で何言われるかわからんからのう」

そう言うと、二人は身支度を整え、部屋を出た。

あと3日の間に連絡船を見つけなければ、ここまでの苦労が水泡に帰すのだから・・・・









こうして新たな舞台は整った・・・・










男優と女優は、再び共演する・・・・










この、血塗られた”戦場”という名の舞台に・・・・










この現実を神が見たら何と言うだろう?・・・・










失笑をもらすだろうか?










それとも、二人の主演俳優に祝福をもたらすかもしれない・・・・










だが、この世には神だけがいるわけではない・・・・










神がいれば、おそらく悪魔もいるだろう・・・・










もし仮に、悪魔も祝福したら?










今度は観客である我々が失笑する番であろう・・・・















第二幕、上演開始はもうまもなく・・・・









第2幕へ・・・・

あ・と・が・き

みなさんこんにちは。

P−31です。

さて、第2幕開始でございます。

欧州の戦場に立つシンジとアスカ。

二人の運命やいかに!?(笑)

次回、

第2部、第2幕

「舞踏会」

お楽しみに。





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