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     けつ のこ
「囲師ニハ闕ヲ遺シ、

         なか
帰師ニハトドムル勿レ。

               
此レ衆ヲ用ウルノ法ナリ」



(孫子)




























The Theater


In case of Europe


第2部第2幕「舞踏会」















USS、「アラバマ」

合衆国本土東岸、ノーフォーク海軍基地

1942年9月14日、1200









「アラバマ」の艦長に着任してからのアスカは文字どおり休む暇もない状態だった。

ただでさえ異例の昇進を重ねて最新鋭の戦艦を預かるということで周りの見る目も厳しいものになりがちだ。

ただ、艦の習熟の方は問題ない。

前任の艦長が手抜きをしていなかったお陰でアスカは随分と楽が出来た。

とはいえ、

オアフ島からパナマを越えてここに至るまでに問題がでないはずがない。

「艦長、主機のバルブパッキンですが・・・・どうやら造船所にスカを掴まされたみたいですな。いくら修理しても油漏れがおさまりません」

「B砲塔左砲の俯仰機構が動かすたびに悲鳴を上げてます・・・・早急に交換しないと・・・・」

「水兵の誰某が窃盗をはたらきましたので艦内営倉にブチ込んでいます」

「艦長、主機不調の影響で速力が26.8ノットしか上がりません」

真珠湾出港からノーフォーク入港まで、一時が万事この有り様である。

疲れるなというのは無理な相談だろう。

だが、アスカは乗員の練度に不安はないと考えていた。

どちらかというと、艦自体の造りに問題があるような気がしていた。

「・・・・はあ・・・・さすがのアタシも疲れたわ・・・・ヘトヘトよ・・・・」

「アラバマ」の艦長室にて愚痴るアスカ。

「お疲れさまでした、艦長」

「ベッドフォード」からそのまま引っ張ってきたカヲルが慰めながら自らコーヒーをいれる。

「まあ、この苦労の替わりに・・・・もう口径の小ささでイラつくこともなければ、装甲の薄さを気にする必要もないからね・・・・何かが無くなれば、何かが良くなるモンよ」

「たしかにね・・・・「アヤセ」みたいな敵艦と魚雷もナシでやりあうのはごめんこうむりたいね」

「ふふ・・・正直ねえ・・・・・・・・あ、「アヤセ」で思い出したわ・・・・その後海軍情報部から連絡は?」

「ええ、いくつか来てるよ・・・・」

カヲルはかたわらのブリーフケースから書類を取り出す。

「日本からの中立国船に偽装した商船はみなハンブルグに入港してるみたいだね」

「ハンブルグ?」

「それと、ハンブルグのレジスタンスからの情報では、街中に日本人の姿を見掛けるようになったと・・・」

「・・・・なにかあるわね・・・・」

「うん、それは間違いないだろうね・・・・でも、問題はそこから先は情報部でも掴んでいないってことなんだ」

「・・・・・ハンブルグっていったら、ブローム・ウント・フォス社の造船所があったわよね・・・・」

「・・・・これが陸軍航空隊が撮影した最新の航空写真」

カヲルは2〜3枚の写真をアスカに差し出す。

「・・・・ふむ・・・・・船台に船はなし・・・・岸壁にもそれらしい影はなし・・・・」

「ブローム・ウント・フォスっていえば「ビスマルク」を建造したところだよね?・・・・技術的には大型艦の建造にもっとも適してるけど・・・・」

「・・・・その兆候はない、か・・・・」

「その通り」

「ドイツで他に大型艦が建造できそうな場所は?」

「うーん・・・・あとはキールか、ヴィルヘルムス・ハーフェンといったところかな?・・・・でも、キールは潜水艦の建造が主だし、ヴィルヘルムス・ハーフェンは損傷を受けた艦艇の受け入れで手一杯という報告が来てるよ」

「・・・・情報部に調査の継続を依頼しておいて」

「了解」

「ウチは独立愚連隊だからね」

カヲルはそれを聞いて失笑を漏らす。

アスカ率いる「アラバマ」はどこの艦隊にも所属していない。

上へとたどっていくと、海軍作戦部長に突き当たる。

「アラバマ」は海軍省直轄なのだ。

こんなことは練習艦隊でもなければ本来あり得ない。

だが、日独の不気味な動きを受けて、太平洋・大西洋両艦隊が協議して、苦しい台所事情の中から「アラバマ」がひねり出された。

本来なら「アラバマ」を旗艦とした任務部隊を編成したいところだが、艦艇がまったく不足していた。

太平洋、大西洋問わず、護衛艦艇のやりくりには苦心しているのだ(これに加えて英国海軍への援助もある)。

そんなわけで、戦艦1隻の単独行動が現実のものになっている。

「まあ、悪くばかり考えないコトね・・・・上がいない、イコール気楽にやれるってことだしね」

「・・・・だけど・・・・聞いた?・・・・第21任務部隊の新指揮官の話・・・・」

「TF21?・・・・「ホーネット」と「ワスプ」が主力のところ?・・・・あ、戦艦もいたっけ?」

「・・・・そのTF21の指揮官が代わったんだよ・・・・誰だと思う?」

「???・・・・誰よ?」

「キール中将」

アスカは露骨に”ぐぇ!”という表情になる。

「・・・・本当の話?」

「掛け値なしに」

「・・・・はあ・・・・先が思いやられるわ・・・・でもまあ、TF21っていったら援ソ船団の護衛が任務でしょ?」

「それがね・・・・援ソ船団の方は太平洋から「サラトガ」を持ってきて「レンジャー」と組ませてTF51を新編してそっちが担当するらしいんだ・・・・」

「?・・・・じゃあTF21は?」

「大西洋全般での遊撃任務・・・・おそらくこっちの仕事にも口を出してくるね」

「・・・・・・まいったわね・・・・・まあ、本艦はTF21の指揮下ってわけじゃないから適当にあしらいましょ」

「だね」

「できる限りの事をやる。私達に出来るのはそれぐらいよ」

「アイ・サー・キャプテン」






















リューベック・グランドホテル

ドイツ第三帝国、リューベック

1942年9月6日、1300









シンジ達三人は、スウェーデンを出て、ドイツ海軍の魚雷艇にランデブーしてドイツ北部の港町リューベックに上陸した。

今は市内のホテルでベルリンへの足ができるのを待っている。

「シンジ・・・・話に聞いていたのとはエライ違いやな・・・・」

トウジが部屋の窓からリューベックの街並みを見渡しながらつぶやく。

「うん・・・・でも、しょうがないんじゃないかな?・・・・昼間は米軍の、夜間は英軍の爆撃をドイツ全土で受けているらしいから」

確かに、目に入る情景と言えば瓦礫の山ばかりだ。

実はシンジ達が上陸する2日前、大規模な爆撃を受けたばかりなのだ。

「列車は線路がズタズタに寸断されとるらしいし、道路は見ての通りや・・・・こんなんでワイらベルリンへ行けるんかいな?」

ここから見えるだけでも郊外へつづく幹線道路が根こそぎ掘り返されているのがわかる。

「まあ、こっちの海軍省(っていうのかどうかは知らないけどね)と連絡をとったら、すぐに迎えを回すって言ってたけどね」

「なら、それまでは骨休めやな」

トウジがそんな事を言ってベッドに体を投げ出すと、部屋の扉が開かれる。

入ってきたのは眼鏡をかけた少し痩せ気味の男。

「おう、ケンスケ、どないしたんや?」

「伝言さ。シンジ、お前に電話だって。フロントに来てくれってさ」

入ってきたケンスケは開口一番に言う。

「ホント、参るよな・・・・シンジと違ってドイツ語なんかほとんど出来ないっていうのに・・・・」

「まあ大丈夫だよ。フネの乗員は全員日本人だしさ・・・・じゃ、ちょっと行ってくる」

シンジは二人を部屋に残し、フロントへ向う。








「すみません、303号室の者ですが」

流暢なドイツ語。

シンジは海軍大学時代にドイツに留学している。

その時に必死になって勉強したのだ。

まさかこんなカタチで役に立つとは思っていなかったが。

「ああ、お客様。ベルリンから長距離電話が入っております」

フロント係はそう言うと、奥にあるアンティークな電話を指し示す。

「ありがとう」

シンジは電話のところに行き、受話器を取り上げる。

「もしもし」

《もしもし、こちら海軍司令部です・・・・ただいま電話をおつなぎします》受話器からは交換手と思われる女性の声が聞こえる。

そして、わずかな雑音の後、野太い男性の声が聞こえてくる。

《イカリ大佐ですか?》

「ええ、そうです」

《慌ただしくて申し訳ありません。今からリューベックの飛行場に行っていただけますか?》

「今からですか!?」

《はい・・・・大変申し訳ありません・・・・総統が一刻も早くお会いしたいという事で・・・・》

「・・・・・・・・・」

《明日の夕刻には大佐の歓迎の為の舞踏会が催される予定になっています・・・・少なくともそれに間に合うように、との厳命で・・》

電話の向こうのドイツ人は、自分の責任ではないのに申し訳なさそうに言う。

「・・・・わかりました・・・・同行の二名を含めて早急にそちらに向います」

《お願いいたします・・・・では》

そして電話は切れる。

「ふう・・・・確かに慌ただしくなりそうだな・・・・」











そして三人はほどきかけた荷物を慌ててまとめると飛行場に向い、すでに待機していた輸送機に乗り込んでいた。

そして一路ベルリンへ・・・・

「しっかし・・・・なんや気にいらんのう・・・・」

トウジが何が気に入らないのか愚痴る。

「なにが?」

ケンスケがあまり身が入らないように聞く。

「・・・・昼夜を分かたずに爆撃されとるっちゅー事は、制空権が怪しくなっとる証拠やろが?・・・・そんな中を空路で運ばれるのはいい気はせんわ」

「なんだ・・・・それか・・・・窓の外を見ろよ」

ケンスケは親指で機体の窓を示す。

「外ってなんや・・・・・・うお!」

トウジが驚くのも無理はない。

輸送機の周りは戦闘機が飛びまわっていた。

トウジに見えるだけでも5〜6機はいる。

「わかった?・・・・これで心配なし、っていうわけじゃないけど、安心は出来るんじゃないかな?」

「ふん・・・・まあ、な」

二人がそんな事を言っている間、シンジはというと・・・・

「Zzzzzz・・・・・・」爆睡していた・・・・

エンジンの爆音と、レシプロ特有の振動の中でもびくともしない。

「・・・・はあ・・・・コイツ、ほんま大物やで」





















USS、「アラバマ」

北大西洋上、イギリス向け輸送船団、UG13

9月16日、1500








「アラバマ」にイギリスへの前進配備命令が下った。

敵が何かコトを起こしてもすぐに対応できるように、との海軍省の判断だ。

ただ、「アラバマ」1隻だけを独航させるのも非効率的なので、臨時にイギリスへ向う輸送船団の護衛を命じられていた。

ノーフォークから、カナダのハリファックスまで出向いて輸送船団に合流している。

しかし、この船団が攻撃される心配はあまりなかった。

心配するのはUボートぐらいで、その場合アスカと「アラバマ」に出番はない。

なにせ戦艦なのだから。

「現在の速力で、クライド湾までどのくらい?」

ブリッジに立つアスカがかたわらにいるかなり年配の航海士にたずねる。

「そうですね・・・・概算ですが、約5日後です」

「はあ・・・・時間がかかるわね・・・・」

それを聞いた予備役応酬の航海士は軽く微笑む。

「艦長、そりゃ贅沢ってモンですよ・・・・なにせ開戦時には船団速力は10ノットがせいぜいでしたからね・・・・」

「・・・・ふむ・・・・18ノット出せる現在は恵まれてる、か・・・・でもねえ・・・・28ノット近く出せるフネを預かってるのにねえ・・・・」

「そういえば、現在建造中の新型戦艦は超高速戦艦になるらしいですな」

「ああ、「アイオワ」型のこと?・・・・そうらしいわね。なんでも設計では33ノットは狙ってるって話よ」

「33ノット!・・・・駆逐艦並みのスピードで突っ走る戦艦ですか!」

「究極の戦艦ってトコロかしらねえ?」

「アラバマ」は「サウス・ダコタ」級戦艦の4番艦として建造された。

基準排水量、約38000トン。

40.6cm砲三連装3基9門装備。

最大速力27.5ノット。

もちろん、装甲の厚さも口径の大きさに比例している。

指令塔の装甲厚は400ミリ。

日本が保有している「大和」級には及ばないものの、合衆国が現在運用できる戦艦としては最強のものだ。

乗員数1800名余り。

合衆国が自信を持って送り出す60番目の戦艦である。

「前の大戦で私が乗った戦艦といやあ21ノットがせいぜいでしたがねえ」

「時代は移り変わるのよ・・・・それで、航海計画は?」

「はい・・・・ヘブリティーズ諸島沖合までは船団に随伴。その後は船団を離れてスカパ・フロー泊地へ向います」

「グランド・フリートのお膝元ね」

「青息吐息のグランド・フリートですがね」

アスカの背後から声がかかる。

「副長?・・・・一応彼らとは一緒に戦っている間だからね?」

そこではカヲルが苦笑いを浮かべていた。

「わかっています」

「まあ、それならいいんだけれど・・・・」

「暗号電文ですよ、艦長」

カヲルが自分で持ってきた電文をかざす。

「なに?」

「そのグランド・フリートから出迎えが来るそうですよ」

「出迎え?・・・・何が来るの?」

「一応、歓迎の意なんでしょうね・・・・「アンソン」が来ます」

「・・・・いいのかしらねえ・・・・新型戦艦をこんなお迎えなんかに廻して・・・・」

「まあ、「アンソン」は就役したばかりの筈ですし、訓練を兼ねてというところでしょう」

「ふん・・・・」

「イギリスさんも戦艦戦力の増強に本腰を入れ始めたみたいですね」

「なにか情報でも入ったの?」

「ええ、ついさっき届いたホットニュースが。どうやらイギリスも「ライオン」級の建造スピードを早めるみたいですね」

「「ライオン」級の?」

「はい・・・・ネームシップの「ライオン」はあと2ヶ月で進水させるつもりらしいですよ」

「それはまた・・・・大突貫工事かしらね」

「24時間、3交代制でもキツいと思いますが・・・・元祖造船国の意地を見せてもらいましょう」

「そうね・・・・戦力が増えるのは悪い事じゃないしね」

「そうなると・・・・気になるのは敵の出方、ですか・・・・」

「それよ・・・・情報部から続報は?」

「いえ、今のところ何も・・・・」

「・・・・そう・・・・」

「まあ、ドイツの大型艦の内から1隻日本に供与するつもりなんじゃないですか?」

「それだけでも大変だけどね・・・・はっきり言えば、ドイツは陸軍や空軍は一流でも、海軍は二流よ・・・・でも艦艇は優秀。そしてその優秀な艦艇をもし日本人が操ったら?」

「・・・・・・・・・」

「太平洋だけでも痛い目にあってるっていうのに・・・・でもね、大西洋くんだりまで恥をさらしに来たわけじゃないからね」

アスカはソロモンでの戦いの後、常に再戦の機会を望みつづけてきた。

そして、場所は違えどその望みがかなえられる。

どんな形になるかはまだ誰もわからないが・・・・・

「艦長、そろそろ変針点です」先程の航海士が大きな声を上げる。

「了解!・・・・副長、話はあとでね・・・・面舵!針路1−0−0まで!」

「面舵、針路1−0−0まで」

「アラバマ」は船体を左に傾斜させつつ頭を回す。




アスカと合衆国が誇る新鋭戦艦は、ゆっくりと、だが着実に舞台への階段を上がっていく・・・・・






















舞踏会会場

ドイツ第三帝国、ベルリン

9月7日、2100






ホテルのホールを丸ごと使ったパーティーは2時間が経過しようとしていた。

ホールの中央では、美男美女が晴れやかに踊り、

薄暗いテラスでは恋人達が愛を語らう。

戦火の下とはいえ、グロス・ベルリンは変わらないようだ。

だが、シンジにとっては拷問にも近い2時間だった。

元々こういう華やかな場所が苦手な上、次々と来るダンスの誘いを丁重に断るのも一苦労だった(ダンスが出来ないワケではない)。

シンジに注目が集まったのは訳がある。

舞踏会の名目が彼ら日本海軍士官の歓迎が主であったためでもあるのだが・・・・

なにせ、ここにいるドイツ人達にとってシンジは一種のカルチャーショックだった。

一般のドイツ人にとって、日本人とは頭髪を妙なかたちに結い、サムライ・ソードを腰に差し、ハラキリが得意な人種という凝り固まったイメージしか持ち合わせていなかった。

そんな中での海軍大佐、碇シンジの登場である。

どちらかというと線が細く、男性的な印象が薄いが、ドイツ海軍の士官達と話す時など、時折見せる厳しい表情は確かに海軍軍人・・・・”男”のものだった。

それに、シンジは醜男ではない。

いや、美形といっても間違いではあるまい。

舞踏会に出席していたある人間は、シンジを評して、

『東洋の貴公子』と言ったほどだ。

そんな彼は”サムライ”らしく、ダンスの誘いにも軽々しく乗らない。

この場に出席していた貴婦人達の間では、『誰が一番最初に踊るか?』という競争にまでなっていた。

シンジは少し疲れたようになりながら、誰もいないテラスに出る。

「はあ・・・・パーティーの類は苦手だな・・・・」月明かりの射すテラスでひとりグラスをかたむける。

「シンジ!ここにいたか!」

純白の制服を着込んだ海軍士官がこちらに来る。かたわらに女性を連れているようだ。

「ああ、クリューゲル大佐」シンジが振り返り、その士官の名を呼ぶ。

ヴァルター・フォン・クリューゲル海軍大佐。

シンジ達と、ドイツ海軍の連絡役をつとめている。

気さくな男で、人種の事、年齢の事など気にせずにシンジに付き合ってくれている。

いつのまにか”シンジ”と呼ぶようになったが、シンジ本人はまったく気にしていない。

なにせ、相手の方がはるかに年上なのだ。

「ああ、ホールに引っ張り出しに来たワケではないぞ?・・・・こちらの御婦人が是非お前と話したいとおっしゃってな」

そう言うとクリューゲルはかたわらの婦人を示す。

控えめな色使いのドレスを着た、髪をショートに切り揃えた妙齢の美女だ。

「はあ・・・・」

『ん?・・・・どこかで見たような気が・・・・気のせいかなあ?・・・・』

「そんな情けない顔をするな・・・・こちらはツェッペリン伯爵夫人だ」

貴婦人はシンジに向って優雅に一礼する。

シンジはそれに答えて敬礼する。

「大日本帝国海軍士官、碇シンジです・・・・はじめまして、伯爵夫人」

シンジはそう言いながらも何か奇異なものを感じていた。

なぜかというと・・・・目の前にいる貴婦人が、どこから見ても日本人にしか見えないのだ。

「惣流・キョウコ・ツェッペリンです・・・・はじめまして、大佐」

「さて、しばらく月を見ながら歓談してくれ」

見事なホストぶりを見せてテラスから去るクリューゲル。

だが、そこでただ引き下がる男でもなかった。

去り際にシンジに耳打ちする。

「伯爵夫人は未亡人だ・・・・親密になっても文句は来ないぞ?」

「!!・・・・クリューゲルさん!!」

顔を真っ赤にするシンジ。

「ははは!冗談だよ!」クリューゲルは最後に大きく笑うと、そのままホールへ歩いていった。

「あら、どんな冗談ですの?」伯爵夫人は微笑む。

「え!・・い、いや、何でもないです!」かなり慌てているシンジ。

「ふふふ・・・・」あくまで上品な笑いの婦人。

「伯爵夫人・・・・」

「お待ち下さいな。堅苦しいのは抜きにいたしましょう・・・・「キョウコ」とお呼びになって下さい」

「は・・・・申し訳ありません・・・・では、私の方も「シンジ」で・・・・」

「ふふふふ・・・・シンジさんはこうしていると軍人さんには見えませんね?」

「はあ・・・・よく言われます・・・・ところで・・・・えーと・・・キョウコ・・さん、お聞きしたいことが」

「なんでしょう?」

「あ、いや・・・・不躾な事かもしれませんが・・・・日本人の血を引いていますか?」

「あら、わたくし日本人ですわよ?」

「・・・・・・・・はあ?」ちょっと間の抜けた声を出すシンジ。

「生まれは京都ですのよ」

「はあ・・・・」

「それで、最初はアメリカに移民しまして・・・・」

「アメリカに、ですか」

「ええ、そこで結婚して子供も産まれたんですが・・・・」

キョウコはうつむいて少し愁いを帯びた表情になる。

「・・・・・・・・」

「アメリカは反日感情が強くなって居ずらくなって・・・・おまけに離婚されてしまいました」

「・・・・・・・」

「子供だけは連れていきたかったんですが・・・・裁判所の命令で引き離されて・・・・そしてこのドイツに流れた、というわけです」

波瀾万丈、というだけでは足りない。シンジはそう思った。

『子供と引き離されたときは辛かっただろうに・・・・』いまだ独身のシンジでもそのくらいはわかる。

「では、お子さんはまだアメリカですか?」

「ええ、その筈です・・・・手紙を出しても返事が返ってきませんし・・・・国がこんな事になってからは手紙も出せません」

「そうですか・・・・」

「今頃は・・・そう、シンジさんと同じくらいの年頃かしら?」

キョウコはうつむいた顔を上げて微笑む。

「さあ!辛気くさい話はここまで!・・・・踊りませんか?」

「あ、いや・・・・ダンスはあまり・・・・」

「私がリードしますわ!・・・・ほら!行きましょう!」

キョウコはシンジの手を取ってホールへと引っ張っていく。

「うわ!・・・・キョウコさん!そんなに引っ張らなくても!」

「だーめ!離したら逃げるつもりでしょう?」

二人が連れ立ってホールに戻ると、場がわずかにどよめく。





シンジは知る由もないことだが・・・・





彼女   惣流・キョウコ・ツェッペリンこそ、シンジの共演女優の母親である・・・・











第3幕へ・・・

あ・と・が・き

みなさんこんにちは。

P−31です。

第2幕をお届けします。

前回に引き続き、ドンパチがまったくありません。

私の方は楽しんで書いてますが(笑)。

さて、冒頭の孫子の一文ですが、わかりやすく訳しますと・・・・

『決死の覚悟を決めている敵に対しては、あまり激しく攻撃するな』というような意味になります。

日本のことわざで言えば『窮鼠、猫を噛む』といったところでしょうか?(日本のことわざなのか?)




さて、ここでひとつお断りしなければなりません・・・・

なぜか?

私、「惣流・キョウコ・ツェッペリン」という名前がポンと浮かんできてつけちゃいましたが、どこでこの名前を見たのか思い出せません。

「オレが最初(ではなくても構いませんが)に思いついたんだ!」という方はメールを下さい。

使っておいて今更ですが、使用許可をお願いしたいと思っております。




次回はいよいよ、シンジ達が乗るフネが姿を見せます(ひょっとしたらまたドンパチ無しかも・・・)。

第3幕、「軍艦」

お楽しみに。








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