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![]() [ 第6話 ] |
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その日の夕食の時間。
「どうしたんだ? 今日は御馳走だな。」 「どうした?」 奥さんが静かな声で言う。 「つまり忘れてるわけね?」 「あ、ちょっと待て、今おもいだす。」 旦那が慌てて取り繕おうとする。 ・・・10秒経過・・・ ・・・20秒経過・・・ ・・・30秒経過・・・ で、真顔で答える。 「なんだったかな?」 奥さんが、ニコッとしたような顔を見せつつ 「あぁぁ、待って待って。」 「まさか忘れてるなんて、夢にも思わなかったわ。」 背を向けたまま、きつい口調で言う。 「じゃぁ、これも夢かな?」 奥さんの目の前に、一冊の古ぼけた本が現れる。 「これ!」 一瞬でそれが何か認めた奥さんが、旦那の手からもぎ取るように奪う。 「まだあったなんて。」 伸ばした両腕の先にしっかりと持って感慨深げに見つめる。 旦那の方も満足げな表情だ。 「ありがと、あなた!」 振り向いて抱きつく。 しかしすぐに離れる。 「でも! 忘れてる振りするなんて、大人げないわよ。もう50過ぎなのに。」
「まだ39です 「さぁ、食事にしようか 話題を変えたい旦那に、呆れながらもつきあう。 「さ、気をとり直して、結婚10周年記念よ。」 心なしか『気をとり直して』が強調されている。 「パーティができないのは残念だけど。」 「去年のあれがなければなぁ。」 「ほんとね。」 ちょっとしんみり。 二人とも、1年前の第二次転倒でなくしたものは少なくない。 「でもね、みんなからカードがいっぱい来てるわ。」 つとめて明るく言いながら、カードの束をテーブルに置く。 それも10や20ではない。二人の人柄がしのばれるというものだ。 そのひとつひとつを一緒に見ていく。 「あ、あいつから来てるわ。」 手にしたカードは、淡い青色で、オレンジの縁取りの中に手書きで、 『先輩、おめでとうございます。』とある。 「なんだからしくないわね。どんな顔して書いたんだか?」 微笑んで言う。 「彼には結婚を反対されたっけな。」 「そういえばそうだったわね。でも今はいい理解者じゃない。」 「10年も長いようで短いようで。」 「ほんとね。いろんなことがあったわ。」 そして、少し顔をくもらせる。 「子供はできなかったけど・・・」 「そうだな。それが残念といえば残念か。」 そう言いながらも、奥さんの手を握って続ける。 「だけど、私はおまえと居られて幸せだったよ。」 「なに言ってるの、まだ10年じゃない。」 そう言う奥さんの幸せそうだ。 しばらくして、旦那が何か思いきったように切り出す。 「なぁ、おまえ。」 「はい?」 少し間を置く。 「香織君のことを覚えてるかな?」 「ええ、もちろん。」 驚いたようだが、すぐに答える。 「もう・・・7年になるのか。」 「そうね。」
自嘲気味に笑う。 「ほんと、私の言うことにも耳をかしてくれなかったし。」 「そうだったかな?」
「そうだな、あんなことの後で、みんな焦ってばかりいたような気もする。」 あんなこととは社会の崩壊さえ危惧された、最初の転倒のことである。 「だが、この世の中もずいぶん穏やかになった。・・・人のココロもね。」 「!」 奥さんが何かに気づいたようだ。 「それでだな、あー、」 旦那が言いにくそうにしていると、奥さんが続きを言う。 「『もう一度やってみたいんだ。』?」 旦那もちょっと驚いたような顔を見せたが、奥さんのことはよくわかっている。 「そうなんだ。 今ならできると思う。」 「でも、最近は研究から遠ざかっていたじゃない。」
「まるで、ホントの子供たちね。」
『彼ら自身のため』に感情がこもっていた。
「そう、あの人なら人望もあるし、嬉しいかぎりじゃない。」
「ええ? 前は参加させてくれなかったのに。」 「だからあの時は、普通の状態じゃなかったんだよ。」 旦那もばつが悪そうだ。 「でも、私は何をすればいいの?」
「そんな大役を私に?」
「ま、しょってるわねぇ。」 一緒になって笑う。 「また携われるなんて嬉しいわ。なんだかわくわくしてきた。」 「そうだろう、わたしもだ。」 「あなた、久しぶりにアツくなってるわね?」 「そうか?」 そう言いながらも顔は笑っている。 「うまくいくわよね?」 「大丈夫、いい子に育つさ。絶対。」
「子供たちに。」
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−あとがき−
いやぁ、自分で読み返してもハズい部分がありますねぇ。 さて、この二人は2042年の暮れに結婚したんだけど、奥さんて誰なんでしょうね?(笑) あと、文中の初瀬野ってのはオーナーではなくて初瀬野教授です。 |
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