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[ 第6話 ]

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2052年:山端教授
 
      
 その日の夕食の時間。
わようせっちゅう 
 和洋折衷ながら多くの料理がならんでいる。湯飲みとグラスも。
 
 「どうしたんだ? 今日は御馳走だな。」
 
 「どうした?」
 
 奥さんが静かな声で言う。
 
 「つまり忘れてるわけね?」
 
 「あ、ちょっと待て、今おもいだす。」
 
 旦那が慌てて取り繕おうとする。
 
 ・・・10秒経過・・・
 
 ・・・20秒経過・・・
 
 ・・・30秒経過・・・
 
 で、真顔で答える。
 
 「なんだったかな?」
 
 奥さんが、ニコッとしたような顔を見せつつ、無言で料理をかたづけ始める。
 
 「あぁぁ、待って待って。」
 
 「まさか忘れてるなんて、夢にも思わなかったわ。」
 
 背を向けたまま、きつい口調で言う。
 
 「じゃぁ、これも夢かな?」
 
 奥さんの目の前に、一冊の古ぼけた本が現れる。
 
 「これ!」
 
 一瞬でそれが何か認めた奥さんが、旦那の手からもぎ取るように奪う。
 
 「まだあったなんて。」
 
 伸ばした両腕の先にしっかりと持って感慨深げに見つめる。
 
 旦那の方も満足げな表情だ。
 
 「ありがと、あなた!」
 
 振り向いて抱きつく。
 
 しかしすぐに離れる。
 
 「でも! 忘れてる振りするなんて、大人げないわよ。もう50過ぎなのに。」
 しじゅう
 「歳は関係ないと思うがなぁ。第一おまえだって40じゃないか。」
 
 「まだ39です。」
 
 「さぁ、食事にしようか。」
 
 話題を変えたい旦那に、呆れながらもつきあう。
 
 
 
 「さ、気をとり直して、結婚10周年記念よ。」
 
 心なしか『気をとり直して』が強調されている。
 
 「パーティができないのは残念だけど。」
 
 「去年のあれがなければなぁ。」
 
 「ほんとね。」
 
 ちょっとしんみり。
 
 二人とも、1年前の第二次転倒でなくしたものは少なくない。
 
 「でもね、みんなからカードがいっぱい来てるわ。」
 
 つとめて明るく言いながら、カードの束をテーブルに置く。
 
 それも10や20ではない。二人の人柄がしのばれるというものだ。
 
 そのひとつひとつを一緒に見ていく。
 
 「あ、あいつから来てるわ。」
 
 手にしたカードは、淡い青色で、オレンジの縁取りの中に手書きで、
 『先輩、おめでとうございます。』とある。
 
 「なんだからしくないわね。どんな顔して書いたんだか?」
 
 微笑んで言う。
 
 「彼には結婚を反対されたっけな。」
 
 「そういえばそうだったわね。でも今はいい理解者じゃない。」
 
 「10年も長いようで短いようで。」
 
 「ほんとね。いろんなことがあったわ。」
 
 そして、少し顔をくもらせる。
 
 「子供はできなかったけど・・・」
 
 「そうだな。それが残念といえば残念か。」
 
 そう言いながらも、奥さんの手を握って続ける。
 
 「だけど、私はおまえと居られて幸せだったよ。」
 
 「なに言ってるの、まだ10年じゃない。」
 
 そう言う奥さんの幸せそうだ。
 
 
 
 しばらくして、旦那が何か思いきったように切り出す。
 
 「なぁ、おまえ。」
 
 「はい?」
 
 少し間を置く。
 
 「香織君のことを覚えてるかな?」
 
 「ええ、もちろん。」
 
 驚いたようだが、すぐに答える。
 
 「もう・・・7年になるのか。」
 
 「そうね。」
 
 「あの時彼女の言っていたことがわかるのにずいぶんかかってしまったけど、今ではよくわかる。
実際、どうしてわからなかったのか、自分でも不思議なくらいだ。」
 
 自嘲気味に笑う。
 
 「ほんと、私の言うことにも耳をかしてくれなかったし。」
 
 「そうだったかな?」
 
 「そうよ、私と出会った頃のあなたとは比べられないくらいだったもの。
毎日何かに追われてるみたいで...」
 
 「そうだな、あんなことの後で、みんな焦ってばかりいたような気もする。」
 
 あんなこととは社会の崩壊さえ危惧された、最初の転倒のことである。
 
 「だが、この世の中もずいぶん穏やかになった。・・・人のココロもね。」
 
 「!」
 
 奥さんが何かに気づいたようだ。
 
 「それでだな、あー、」
 
 旦那が言いにくそうにしていると、奥さんが続きを言う。
 
 「『もう一度やってみたいんだ。』?」
 
 旦那もちょっと驚いたような顔を見せたが、奥さんのことはよくわかっている。
 
 「そうなんだ。 今ならできると思う。」
 
 「でも、最近は研究から遠ざかっていたじゃない。」
 
 「いやいいんだ。 基本的なところはほとんど変わらない。
あの時はやっぱり焦っていたんだろうな、最初から完成体を求めたのが間違いだったんだと思う。
私たちと暮らしていくあの子達は、与えられた知識だけじゃ成り立たないんだよ。
時間をかけて育てていかなくてはならなかったんだ。」
 
 「まるで、ホントの子供たちね。」
 
 「ああ。まぁ、赤ん坊からというわけにはいかないが、最低1年はそんな期間に充てたい。
彼ら自身のためだとも思うしね。
それがこの7年の結論だ。」
 
 『彼ら自身のため』に感情がこもっていた。
 
 「
 めど
アリーズ機構はもう機能していないが、資金の目処も立ってるんだ。
前の残りは手をつけてないし、これまでのつてもある。
それに、初瀬野はおまえも知ってるだろう? やつが理解してくれてね。」
 
 「そう、あの人なら人望もあるし、嬉しいかぎりじゃない。」
 
 「スタッフも昔の連中に声をかければ、すぐに集まるだろう。 みんな終わりにしたくないと思ってる。
それにな、今度はおまえにも加わって欲しいんだ。」
 
 「ええ? 前は参加させてくれなかったのに。」
 
 「だからあの時は、普通の状態じゃなかったんだよ。」
 
 旦那もばつが悪そうだ。
 
 「でも、私は何をすればいいの?」
 
 「さっき1年は教育するって言ったろう? そこだ。
今度のこの期間は人格形成にとても重要なものになるだろう。
カリキュラムの組み立てから、現場での指導まで。いわば責任者だな。」
 
 「そんな大役を私に?」
 
 「
 たずさ
医者であり、Aタイプの開発にも携わっていたおまえなら任せられる。
それに我が奥さんだしな。」
 
 「ま、しょってるわねぇ。」
 
 一緒になって笑う。
 
 「また携われるなんて嬉しいわ。なんだかわくわくしてきた。」
 
 「そうだろう、わたしもだ。」
 
 「あなた、久しぶりにアツくなってるわね?」
 
 「そうか?」
 
 そう言いながらも顔は笑っている。
 
 「うまくいくわよね?」
 
 「大丈夫、いい子に育つさ。絶対。」
 
 「じゃぁ、だ見ぬ子供たちに。」
 
 「子供たちに。」
 
 グラスを合わせる涼やかなが、二人と子供たちを祝福していた。
 
    
 

 
     −あとがき−
やまのは 
 山端教授によってA7開発が始動する時の話です。
 
 いやぁ、自分で読み返してもハズい部分がありますねぇ。
 
 さて、この二人は2042年の暮れに結婚したんだけど、奥さんて誰なんでしょうね?(笑)
 
 あと、文中の初瀬野ってのはオーナーではなくて初瀬野教授です。
 
    


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