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[ 第7話 ]

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2055年:A7M1
 
      
 午前1時。
 
 照明は落とされているが、常夜灯と部屋の中央の明かりで少しは見通しがきく。
 
 明かりの源はいくつもあるモニターだ。
 
 何かのグラフを表示しているもの。 規則的な図形を表示しているもの。
  とも
 コンソールにもグリーンやオレンジのランプが灯っている。
 
 その真ん中にガラス質で円筒形の装置が照らし出されている。
  クレードル
 これが調整槽と呼ばれているものだ。
 
 そして稼動している調整槽の両隣にも同じ装置がある。但しそれらはガラス質の部分がなく、未完成のようだ。
 
 −がらがらがら−
 
 入口の引き戸が開く。
 
 「う〜ん、日本のとびら。」
  やまのは
 なんて独りごとを言いながら、山端教授が入ってくる。
 
 まっすぐ中央の調整槽に歩き、モニターのひとつに目をやる。
 
 そこには99.83%と表示されている。いや、.84にかわる。
 
 「いよいよ明日か。」
 
 「そうね。」
 
 「わぁっ!」
 
 教授が盛大に驚く。
 
 慌てて振り返ると、奥さんが立っている。
 
 「おぉおまえ、いつからそこにいたんだ?」
 
 「最初からよ。あなたが入ってくる前から。」
 
 旦那の驚くさまを十分に堪能しながら落ち着いて言う。
 
 「いよいよ明日ね。」
 
 「ん、そうだな。」
 
 「覚えてる?結婚記念日?」
 
 「もちろん。 12月6日だ。」
 
 「わざと言ってるわね?
 
 「あ、いや、覚えてるよ。 3年前のことだろう?」
 
 この手の冗談はそろそろやめにした方がいいかなとか思いながら、旦那が話を進める。
 
 「あれが始まりなんだから、忘れるわけはないよ。」
 
 「ほんとでしょうね?」
 
 と睨みつける。
 
 旦那が両手を挙げてうんうんとうなずく。
 
 「まぁいいわ。」
 
 旦那の仕草に相好をくずす。もとより本気で怒っているわけではないようだ。
 
 「でも、なんだか想い出すわね。あれからのこと。」
 
 「調整に入るまでが大変だったな。
計画の立案・確立、人材の確保、ここも半分しか復旧してなかったしな。」
 
 「それに、資金と資材の調達もね。」
 アリーズ
 「そうだよ、A機構があれほど役にたたんとは。」
  こぶし
 旦那は拳さえ握ってみせた。
 
 「あぁそうだったわねぇ。 ま、それだけ時代が変わったってことよ。」
 
 奥さんが苦笑しながら言う。
 
 旧態依然としたA機構とは一悶着あったようだ。
 
 「しかしそう考えるとよく1年半で、できたもんだ。」
 
 「ホントにね。」
 わざ
 「これも人徳のなせる業だな。」
 
 そう言ってわははと笑う旦那を見ながら、奥さんがこめかみを押さえいた。
 
 
 
 翌日。
 
 幾人もが例のモニターを注視している。
 完  了
 その表示が99.99%から100.00%へ、そしてCOMPLETEの点滅にかわる。
 
 「よし。 これより覚醒作業に移行する。」
 
 教授が凛として指示を飛ばす。
 
 まず床のシャッターが開いて、濁ったマテリアルが排出される。
 
 それと同じ速度で上からほぼ透明な擬似羊水が注入される。
 
 そのため開発陣にとってもこの時初めて彼女の姿を見ることになる。
 
 「ほぅ」 「うわぁ」 「きれーぃ」
 
 辺りからは感嘆の声がいくつも聞こえる。
 
 確かにその姿は幻想的ですらある。
 
 そんな中で、教授と奥さんだけが目を丸くしている。
 
 彼女の顔がどこかで見たことがあるような気を起こさせるのに十分なほど似ているからだ。
 
 誰に? − 奥さんに。
 
 正確には奥さんの若い頃にだが、それは二人ともよく知っている。
 
 いや、そっくりなわけではないので、より正確には『感じ』がよく似ているのだ。
 
 「こ、これは、」
 
 教授がそこまで言ったところで、奥さんが睨みつける。
 
 「わ、わたしは知らんぞ!」
 
 伸ばした腕の先で手をぶんぶん振りながら否定する。
 
 その時だ。
 
 −ぱぱんぱんぱん−
 
 「な、な、」
 
 二人が驚いて首をすくめる。
 
 スタッフたちがクラッカーを鳴らしたのだ。
 
 「おめでとうございます、教授!」
 
 古株のスタッフが言う。
 
 「あっ さては、おまえたち!」
 
 「彼女は教授御夫妻の尽力がなければ生まれることはありませんでした。
いわばお二人の子供のようなものです。ですから...ええと、」
 
 二人に子供がないことはみんな知っている。
 
 「勝手にお二人のデータ使って申し訳ありませんでした。」
 
 スタッフ全員が頭を下げる。
 
 そう、知らなかったのはこの二人だけなのだ。
 
 「あ、あなた達ねぇ...」
 
 彼らとは昨日今日のつきあいではない。
 
 これが純粋に彼らの思いやりだということは二人にもよくわかる。
 
 奥さんも怒っていいんだか戸惑っていたが、決まったようだ。
 
 「ま、いいわ。ここまで来ちゃったんだし。」
 
 ようやく全員の顔がなごむ。
 
 しかし教授だけは知っていた、奥さんが結構喜んでいることを。そしてこう思うのだ。
 
 『ホントに怒ってたらこんなもんじゃ済まないもんな...』
 
 
  なご
 少し和んだ雰囲気で覚醒作業が進む。
 
 シリンダーが横倒しにされ、擬似羊水が1/3ほど抜かれる。
 
 それによりできた空気部分のガラス質が取り除かれる。
 
 そしてその状態で彼女にチューブが挿管され、肺と胃が洗浄される。
 
 この辺りは幻想的とは程遠いが、目覚めたとたん窒息させるわけにもいかない。
 
 しかしその作業を見ながら教授も、
 
 『この工程は何とかせにゃいかんな。うん。』
 
 などと思っている。
 
 
 それが終わると、いよいよ覚醒である。
 
 彼女に覚醒促進剤が投与される。
 
 拍動は既にあるのでこれが全身にいきわたるまで少し待つ。
 
 そして擬似羊水に浮かんだままの状態で槽全体に一瞬の高電圧がかけられる。
 
 「自発呼吸を確認。」
 
 状態をモニターしていたスタッフが報告する。
 
 続いて彼女が薄く眼を開ける。
 
 そのまま数秒。
  かたず
 みな固唾を飲んで見守っている。
 
 ! 眼を開けた。
 
 自ら身体を起こす。 −ザバッ−
 
 ここはどこ?というような顔をしている。
 
 教授が彼女の顔をのぞきこむ。
 
 「気分はどうかね?」
 
 数回眼をしばたたかせる。
 
 「! あ、はい。 大丈夫です。」
 
 教授を見てそう答える姿は可愛くさえある。
 
 それに教授でさえこんなシーンは二度目だ。
 
 若いスタッフの間には少しばかりの驚きと感嘆が走る。
 
 「ほら、あんたたちは向こうむいてなさい。」
 
 女性スタッフたちが男性陣をたしなめながらタオルとローブを持ってかけよる。
 
 男どもは言われるままに回れ右をする。結構純情かもしれない。
 
 「あなたもでしょ。」
 
 年甲斐もなく頬に朱を入れながら見ている教授に奥さんがキツく言う。
 
 −ジャバッ チャポン−
 
 −ササッ サッ シュッ−
 
 槽から出て身体を拭き、ローブを着る音を後ろに聞きながら男たちは身動きもしない。
 
 意識のある者の裸は、ないもののそれとは比べられないのだ。
 
 とはいえその姿はコケティッシュで笑えるものがある。
 
 で、2分。
 
 「はい、いいわよ。」
 
 との声で振り返る。
 
 そこにはローブを着て、手を前に組み、自分の脚で立っている彼女がいた。
 
 なぜかみんな言葉がない。
 
 そして視線の束に耐え切れないのか、彼女の方がきりだす。
 
 「あ、あの、」
 
 「あぁ、『はじめまして』かな。ええと、」
 
 我に返った教授が慌ててそこまで言うが、まだ名前を決めていないことに気づく。
 
 「まだ名前を決めてなかったな。何かいいのがないか?」
 
 みんな一斉に考え込む。
 
 唯一奥さんだけがこう思っていた。
 
 『当人を目の前にしてやることじゃないわよねぇ。』
 
 
 
 10分後。
 
 別室に移り、名前決定会議が行われている。
 
 その席の冒頭で教授がこう言い出した。
 
 「名前といえば、実はコード名を変えたいと思ってるんだがな。
時代の変わったいまでもAresのままというのもないだろう。」
 アリーズ
 「まぁ、僕たちはAresって言葉にそんな思い入れはありませんけど。」
 
 若手スタッフが言う。
  エーセブン
 「私たちも A7 って言うのに慣れてるぐらいですね。」
 
 古株のスタッフまでそんなことを言う。
 
 「あれって軍神の名前だし、彼女には合わないわよね。」
 
 これは女性スタッフ。
 
 「じゃぁコード名の方も一緒に考えてくれ。」
 
 こうして会議が始まったのだが、Aresが簡単に捨てられたのは、
 
 前回の事件のことをみな知っていたからかもしれない。
 
 
 そしてこの後30分ほどいくつもの名前とそれに込める意味が提示されては消えていった。
 いわ 
 曰く、さき・きらら・まい・あや・まりえ・フレイア・シャラ・エリノア・メイ...
 
 
 ところでこの間、彼女は何をしていたかというと、何もしていない。
 
 少し離れたところで所在なげに椅子に座っているだけだ。
 
 しかし、話が進まなくなったのか、奥さんがテーブルを離れて彼女のところまで来る。
 
 「ごめんなさいね。退屈でしょ?」
 
 「はあ。 あ、いえ。」
 
 感情はあるが人格の確立していない彼女はまさしく子供のようなものかもしれない。
 
 「まぁ、あんまり緊張しないで、リラックスしててね。  『!』」
 
 何かひらめいたようだ。
 
 「ね、”Alpha”って知ってる?」
 
 彼女に問う。
 
 「はい。 ギリシャ語アルファベットの第1字です。『最初』を表す...
 
 「それだ!」
 
 彼女の言葉をさえぎって、耳ざとく聞いていた教授が大声で言う。
 
 「Alpha、最初を表す言葉でもある。」
 
 さっき彼女が言おうとしていたセリフだ。
 
 「新たな出発って意味も込められますね。」
 
 「A7にも矛盾しないし。」
 
 スタッフも感じるものがあったようだ。
 
 「いいな。うん。 みんなどうかな?」
 
  全員を見渡す。 みな肯定の眼をしている。
 アルファセブンモデルワン
 「よし、だ。」
 
 ところが。
 
 「私はこの子のにどうかと思って言ったんだけど?」
 
 ちょっと不機嫌そうに奥さんが言う。
 
 「それもいいじゃないか、名前としてもいい響きだ。」
 
 「どお?」
 
 彼女に確かめる。
 
 「Alpha、アルファ、あるふぁ...」
 
 つかみどころの無いモノを手にするかのように繰り返す。
 
 「それに、名前としての『Alpha』には、おまえなりの願いもあるんだろう?」
 
 教授が奥さんに言う。
 
 見透かされたような格好になった奥さんは言葉に詰まる。
 
 「ええと、」
 
 この場はごまかそうかと思ってふと横を見る。
  かたわ
 すると傍らに座る彼女がちょっと上目遣いに見つめているではないか。
 
 これで覚悟を決めた奥さんは照れくさそうに、しかしゆっくりと言う。
 
 「ええと、ま、あわてないで、おおらかに育ってくれればいいわ。」
 
 この奥さんにしては珍しいことである。
 
 言葉は少しぶっきらぼうだが、その場の全員には何だかあったかい気持ちが伝わった。
 
 当の彼女はというと、紅い頬に両手をあててうつむいてしまっている。
 
 みんなと彼女の反応を見て、一呼吸おいて奥さんが彼女に言う。
 
 「それでいいなら、ほら、挨拶しなさい。」
 
 すでに教育が始まっているらしい。
 
 彼女が慌てて立ち上がる。
 
 「ア、アルファです。 よろしくお願いします。」
 
 そう言って、ぺこりとおじぎする。
 
 それを見ながら奥さんは、
 
 『こんな大きな子がいるような歳になったわけね。ふふっ。』
 
 なんて思っていた。
 
 どうやらまんざらでもないようだ。
 
    
 

 
     −あとがき−
 
 M1 アルファー室長が生まれる時の話です。 なんだか詰め込みすぎた感もあるけど。
 
 山端夫妻は相変わらずだけど(笑)、アルファーの方は主たる人格が形成される前なので、結構子供子供してますね。
 
 それと、初瀬野アルファと区別するためにM1をアルファーと呼ぶけど、これは我々の便宜上のことであって、
 当人たちに名前を書けと言ったら二人とも「アルファ」または「Alpha」って書くんじゃないかな。
 だって長音付きだとバランス悪いもの。
 
 あと、二人のデータってのはDNAを直接使ったわけではありません。 念のため。
 
 アルファーは特定のオーナーがいなくて苗字が無いように思えるけど、この話では「山端」になるのかな。
 
    


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