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[ 第8話 ]

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2056年:一人暮らし
 
      
 ヴェンッヴェーン ザシャッ
 
 抑え気味の音をたてて、黒いツナギを乗せたバイクが止まる。
 
 ボディラインから言って間違いなく女性だ。
 
 ヘルメットを取る。
 
 長い黒髪が流れ落ち...落ちないな。決して短いわけではない髪を後ろに流してまとめてある。
 
 サングラスを取る。その顔は...なんだ、けっこう年配だな。
 
 「さっきから横でうるさいわよ。」
 
 「いや、今日はナレーターをしようかと思ったんだが。」
 
 「歩いて帰りたいのね?」
 
 実はサイドカーで、横には旦那が窮屈そうに座っている。
 
 そして忙しく首を横に振りながら思っていた。
 
 『...この性格いくつになったら治るんだろう。』
 
 奥さんがこんな態度をとるのは旦那に対してのみだいうことにまだ気づいていないようだ。
 
 
 「さ、降りたおりた。」
 
 バイクを降りた二人は、目の前の二階建ての洋館を仰ぎ見る。
 
 古ぼけてはいるが陰気さはなく、壁をうツタなどもいい感じだ。
ひとつき 
 「一月は会わない約束だったけど、ちゃんとやってるかしら。」
 
 「いまさら心配してもしかたなかろう。なに、あの子なら大丈夫さ。」
  あるじ
 この洋館は老齢の主が家族を亡くしてから部屋を貸し与えるようになり、下宿屋のようになっている。
 A7M1あるじ
 そして一月前からはアルファ、主の研究と称する道楽の手伝いをしながらここで暮らしている。
 
 そう、ちょうど一月前から。
        
 
 研究所。一ヶ月と少し前。
 
 オープンリールの映写機がカラカラと空回りしてフィルムが終わったことを告げる。
 
 そして薄暗い中でフィルムをリバースさせながら奥さんが言う。
 
 「はい、おわり。 これでカリキュラムはすべて消化したわ。」
 
 しかしアルファは聞いちゃいない。
 
 スクリーン代わりの白壁をぼーっと見ている。
 
 その姿とフィルム缶のラベルを交互に見て奥さんは内心穏やかでなかった。
 
 『コレはまだ早かったかも。』
 
 
 ちょっと渋い顔をした奥さんがカウンセリングルームに入ってくる。
 
 「おぅ、終わったのか?」
 
 「うん、ようやくね。」
 
 「まぁ予定を多少オーバーしたが、仕方あるまい。それだけの成果があればいいさ。」
 
 「じゃぁ今まで見てきてどう?アルファは。」
 
 「いいよ。うん。わずか一年だがよく経験を自分のものにしてる。あれなら何でもこなせそうだ。」
 
 勢いよくそこまで言うが、ここで声のトーンを落とす。
 
 「ま、ひとつだけ気になることがあることはある。
おまえに対してだけだが、甘えるところがありゃせんか?」
 
 「あ、やっぱりそう思う?」
 
 「少しだけだがな。」
 
 特別な人にだけ態度が違ってしまうのは奥さんの影響かもしれない。
 
 「あたしもそんな気はしてたんだけど、”甘えられる”のも慣れてなくて。」
 
 バツが悪そうに続ける。
 
 「それに、少しは嬉しかったこともホントかな。」
 
 苦笑しながら教授が腕組みをして、真顔になる。
 
 「それじゃあ最初から計画していたことだがちょうどいいかも知れん。第二次フィールドテストに移そう。」
 
 「え、ええ、そうね。」
 
 奥さんがちょっと寂しそうな顔を見せた。
 
 
 第二次フィールドテストとは。
 
 その日の終わりに詳細な内容がアルファに伝えられる。
 いわ 
 曰く、向こう一年間、研究所を離れ一般社会に出ること。その間は一人暮らしをすること。
 電話は可、ただし極力避けること。日記をつけること。毎月、自分と周囲に関するレポートを提出すること。等々。
 
 さらに最初の一ヶ月は帰宅不可とすることが奥さんによって付け加えられた。
 
 そして、教授が(基本的に拒否はできないのだが)当人の意志を確認する。
 
 「どうかな?」
 
 応えるまでに一瞬の間があく。
 
 「あ〜、えっと、やっぱりそうなんですね。
トータルプランに第二次フィールドテストってあるから何だろうって思ってたんですよ。」
 
 ホントはもう少し感情的になりたいのを抑えて話している感じだ。
 
 「でも、必要なことですもんね? やります。 はい。」
 
 明らかにいつもとは違う応え方だ。
 
 しかし教授は一抹の不安を感じながらも実行を決定した。
 
 
 職場と住居探しには少しかかったが、初瀬野教授が知人を紹介してくれた。
  ひいらぎ
 それがあの洋館の主人であり同教授の恩師でもある。 名を柊という。
 
 もうとっくに引退しているが、今でも個人的な研究を続けていて助手を探していることと、  
 自宅を下宿として貸してもいるらしいことが伝えられると、すぐに第一候補になった。
 
 職場と離れたアパートの方がよいのでは、といった意見もあったが、  
 御近所づきあいの活発なこの時代では大差ないとされ、そのまま採択される。
 
 もともと予定していたことでもあり、その他のことは順調に進んだ。
 
 
 そして、いよいよ明日という日の夕食。
 
 「この料理、アルファが作ったのか?」
 
 その声には恐怖が含まれている。
 
 無理もない。
 
 半年前の結婚記念日に作ってくれた料理は、控えめに言ってひどかった。
 
 教授が知識だけじゃいかんと改めて確信し、調理実習がカリキュラムに組み込まれたくらいだ。
 
 「だーいじょうぶよ、私が保証するわ。」
 
 奥さんが太鼓判を押す。
 
 「そ、そうか。」
 
 あまり疑うのも悪いと思ったか、一応了解する。
 
 で、グラタンと思われる料理をひとさじ口に運ぶ。
 
 アルファはじっと見つめるだけで言葉が出ない。
 
 代わって奥さんが問う。
 
 「どう?」
 
 「...うまい。」
 
 信じられないという顔をしながらそれだけ言うが、それはそれで失礼というもの。
 
 でもそんなことは気にもとめずに素直に喜ぶアルファ。
 
 「わっ」
 
 小さくそう言って奥さんを見ると、彼女もウィンクで返す。
 
 ところが教授がまた余計なことを言う。
 
 「うん、これなら毎日食ってもいいなぁ。」
 
 誉め言葉のつもりなんだろうが明日が別れという日に言うことではない。
 
 場がとしてしまう前に奥さんがフォローする。
 
 「たまには作りに来てくれってことよ。」
 
 「うん。何がいいか考えておいてね。」
 けなげ
 アルファが健気にもそう言ってくれたので、この後の食事はいつも通り暖かくすごすことができた。
 
 しかし。
 
 その夜。
 
 窓際のベッドに半身を起こしたままのアルファを月明かりが照らしている。
 
 正面を向いて、何を思っているのか。
 
 ! 上を向いた。
 こぼ
 しかし零れる涙をとめることはできなかったようだ。
 たび
 生まれてからずっと初めてのことばかりでその度に不安を感じてきたが、そこにはいつも奥さんがいた。
 
 だからこれまでのことを思い出すほどに、よけい今感じている不安は大きくなる。
 
 まだ一年しか生きていない彼女を押しつぶしそうなほどに。
 
 そして涙がもうひとすじ流れたとき。
 
 ノックの音。
 
 急いで涙をふいて応える。
 
 「はい!」
 
 涙声にならなかったのを少し安心すると、
 
 ドアが開いて奥さんが顔をのぞかせる。
 
 「いいかしら?」
 
 無言でうなずく。
 
 音も立てずに歩いてきた奥さんがベッドの端に腰掛ける。
 
 そして優しく言う。
 
 「眠れないのね。」
 
 「えへへ。ちょっと。」
 
 努めて明るく言うがあまり成功していない。
 
 だが奥さんも敢えて明るく言う。
 
 「向こうの御主人はとってもいい方だそうよ。
それに住人が五人もいてにぎやかだって。」
 
 「うん。」
 
 目を合わせずにうなずく。
 
 彼女の不安は寂しさだけではない。
 
 それは奥さんにもよくわかった。
 
 「ねぇアルファ、明日から何がしたい?」
 
 「え? 柊さんをお手伝いするって...」
 
 「一日中やってるわけじゃないでしょ、それにお休みだってもらえるわ。」
 
 「あっ」
 
 初めて気がついたようだ。
 
 「でも、したいことって...」
 
 自身に言うようにして眼を閉じる。
 
 今日までのことが頭の中を駆けめぐる。
 
 もうさっきの不安は感じない。
 
 この一年、様々なことを自分で経験して、よく見ておくことの大切さを事あるごとに学んできた。
 
 それに、見知らぬ世界を体験することの楽しさも。
 
 だから。
 
 「あたし、いろんなとこを見てまわりたいな。」
 
 眼を閉じたまま言う。自然と口をついた感じだ。
 
 「うん、いいじゃないの。」
 
 奥さんが静かに言うと、アルファも眼を開ける。
 
 その眼は”ホント?”と問いたげだ。
 
 微笑んでそれにうなずいた奥さんは言葉を続ける。
 
 「一月したら会いに行くから、あなただけの世界を聞かせてちょうだい。 ね?」
 
 「はい!」
 
 明日からの暮らしに見つけた希望が笑顔と元気をもどしてくれたようだ。
 
 「よし!」
 
 奥さんも同じくらいの笑顔でおどける。
 
 そして、
 
 「あなたにはこれをあげるわ。」
 
 そう言って、自分の首からペンダントを外す。
 
 「それ、」
 
 アルファが何か言いかけるが、そのまま彼女にかけてやる。
 
 「これって、ママがいつもしてるのでしょ? いいの?」
 
 「ええ。 私もあなたがいないと寂しいもの。
一緒に連れてってくれるとうれしいわ。」
 
 その口調には”ホント”が感じられた。
 
 「ありがと、大事にするね。」
 
 そう言って抱きつく。
 しば
 そのまま暫し
 
 そして。
 
 「さ、もうおやすみなさい。」
 
 「ん。」
 
 そう言って横になる。
 
 しかし、布団を整えてドアに歩き始めた奥さんを呼び止める。
 
 「ねぇ、」
 
 「なに?」
 
 「...んん、なんでもない。」
 
 「早く寝なさいよ。」
 
 微笑んでそう言った奥さんを通してドアが閉まる。
 
 『明日はどんな日になるのかな。』
 
 眼を閉じたアルファはそんなふうに思いながら眠りに就いた。
 
 閉められたばかりのドアには、後ろ手に寄りかかった奥さんがまだいた。
 
 「たった一ヶ月じゃない...」
 
 誰にともなくそうつぶやきながら。
        
 
 洋館。二階の一番奥の部屋。
 
 いきなりドアが開いてアルファが飛び出してくる。
 
 「あの音!」
 
 窓越しに玄関の方を見ると、二人が洋館を見上げている。
 
 「やっぱり!」
 
 窓の鍵に手をのばすがやめる。
 
 かわりに廊下をダッシュ。
 
 階段を駆け降りる。
 
 正面の飾り扉を勢いよく開けて、そのまま二人に飛びつく。
 
 驚く二人の顔。
 
 すごく嬉しそうなアルファの顔。
 
 そして。
 
 その胸元にはあのペンダントが輝いていた。
 
    
 

 
     −あとがき−
 
 ラストはエンディングテーマの前奏が流れてて、飛びつくところで止め絵になって本奏、
 
 クレジットが終わってから画面戻ってペンダントのカットっていうふうに見て下さい。(笑)
 
 実年1歳のアルファー室長の、一人暮らしにまつわるお話です。少しは成長していますよね。
 
 そして、親離れも子離れもいつかはやってくるものです。
 
 でも教育っていったい何教えてたんでしょうねぇ。
 
 構想としてはやっぱり人間社会で暮らす上で知っておいた方がいい知識と、知識だけでは十分ではないことの実体験を基本としたものかな。
 
 あ、室長の下宿してる館と住人はまた出てきます。(ホントか?)
 
    


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